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多言語観察|この1か月で見えてきた、「観察」という旅のかたち / Multilingual Observation|One Month in: The Shape of This Journey of Observation

1ヶ月間、毎日「多言語観察」してきた。「観察」を通して見えてきたのは、それぞれの言語の言葉の奥にある “人の思い”。「学ぶ」のではなく、「観察する」。そんな日々の小さな発見を、節目に当たる今日、振り返ります。


多言語を「学ぶ」のではなく、「観察する」。
この1ヶ月間、観察する中で気づいたことをnoteで毎日、少しずつシェアしてきた。

似ているけれど、意味が違う言葉」から始まり、途中、風邪をひいて声を失ったことをきっかけに、「身体の言葉」、「こころの言葉」、「関係性の言葉」、「うち と そとの言葉」、そして「他者の言葉」までを1ヶ月間で見てきた。

言葉は、人の思いを映す。
人の思いは、言葉の数だけ、少しずつ違っていた。

そもそも観察って、何かを難しく分析することじゃない。「あれ?これってちょっと面白いぞ」って感じる瞬間を、そのまま拾い上げていくこと。

言語の場合、いつもの言葉を、別の言語の言葉で捉えようとすると、うまく表現できないことに気づく。似た意味なのに、なんだかしっくりこない。
でも、その “しっくりこなさ” の中にこそ、発見がある。
そして、言葉と言葉のあいだにある、この"ズレ"を丁寧に見直していくと、自分がこれまで、いつも同じ視点から見ていたことに気づく。
「あれ?こっちから見たら、全然違う」
本当に、そんな瞬間だらけ。笑
でも、そのたびに、まだ知らない景色が、そっと顔をのぞかせる。言語を通じて、いつもの日常の中に沢山の ”再発見” がある。

「多言語観察」は、難しいものじゃない。私たち日本語話者は特に、外国語をカタカナで表現できてしまうから、実は日常のあちこちに、たくさんの言語が既に溶け込んでいることに気づきにくい。たとえば、カフェの外国語のメニュー、出先で見かけた看板、ニュースで耳にしたひとこと。
身近なモノやコトから、いつでも誰でも始められるのが、多言語観察。日本語以外の言語の言葉を見つめていたはずが、日本語への感度も上がっていく、おまけ付き。

多言語観察を通して、気づけば、毎日が、ほんの少しずつ “再発見” で満ちていく。私にとって、この1ヶ月間は、まさにそうだった。

これからも、言葉を通した、日常の中の小さな “再発見” を重ねていきたい。
多言語観察は、まだまだ続きます。これからも、ぜひご一緒に。


※ 1ヶ月後、投稿開始からちょうど2ヶ月経った時点での振り返りはこちら


※ 多言語観察 目次↓

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