《平成異聞、短編ミステリー④》《青春鉄ちゃん就活学生奮闘記》 『点々と線々 ~青春の旅立ちと謎の暗号~』【2025年フル改訂版】 歳池若夫・作
《平成異聞……それ、御内密に。》シリーズ④ 《2025年フル改訂版》
《作品内容》
平成円熟期の時代、まだ時刻表誌面に、北陸「本線」という日本海縦貫大幹線路線名が記載されていた頃のお話。
石川県JR金沢駅を早朝に発つ列車で関西にある会社の面接に向かう「僕」は、現在就活活動真っただ中にいる地元の大学四年生。
期待と不安で胸が張り裂けんばかりになってる僕が、タキシードボディも鮮やかな大阪行き俊足特急電車の車内で遭遇し、視てしまったものは……
《 ↓ これより本編になります》
(序)
203X年、北陸新幹線の福井県敦賀から先の関西圏延伸ルートが開業し、とりあえず社会交通インフラ且つ日本経済にとって大いなる前進(一部の地域では後退!?)を遂げたとのことであります。
濃ゆい乗り鉄にして、三十代後半になっていまだ独身貴族なんか続けてる「私」は、早速、処女童貞(?)列車初乗りに出掛けることにしました。
延伸開通区間の関西圏における暫定(??)始発終着駅になったJR西日本の某駅に行くと、構内コンコースや駅前広場は物凄い混雑。地元の人々や鉄道ファンが大集結してます。紅白の幕や幟や音楽隊やらが繰り出されて、盛大なお祭り状態であります。
(うんうん。地元の地で暮らす人だけでなく、全国津々浦々の鉄道利用者の皆さん、まずは待望の北陸新幹線関西地区延伸開業おめでとうと言っておくか。でも、永く乗り鉄や新幹線フリークをやってる自分としては、少しというよりかなり複雑な気分だな。なんせ、延伸工事開始直前で、延伸ルートの変更大逆転があって……)
(おっとっと。それ以上はおクチ巾着をキュッにしなきゃ。ま、余計な事は言わぬが花ってことだ……)
(今回は、延伸開業一番列車初乗りを兼ねて、久しぶりに故郷金沢に里帰りしてみようかな。京都にある我が勤め先は仕事がきっちきちに詰まってるし、金沢の実家では長居しないですぐトンボがえりすればいいし。今回の北陸新幹線関西延伸のおかげで、石川県出身の自分としては、京都から日帰り帰省だって楽々OKになったわけだから……)
(ただねぇ……実家に帰れば帰ったで、父や母や親戚の人たちがギャーギャーうるさいだろうしな。例によって、あの人たちはろくでもないお見合い話ばかり持って来るんだよ。二十一世紀も三分の一近くを過ぎたってのに、田舎の風習は平成より前の昭和のまんまだ……)
(ま、そんな事より、今日からは、かろうじて残っていた北陸・湖西線の在来線特急列車が全部廃止されちまったんだっけ。あぁ、残念無念。かのJR西日本が誇る特急車輛の胸のすく加速感と乗り心地の良さときたら、我がテッちゃん備忘録にしっかり記録してあるのに……そうだ、在来線特急電車といえば、忘れようったって忘れられない記憶が、自分にはあったっけ……)
あれこれ喉奥で独り言ちる、社会人15年めで早くもお腹ぽっこり中年男になってしまった私には、胸奥深く仕舞い込んだ青春備忘録に、次のような密かな余話が記されてあったのでした……
(起)
東の方が明るくなったのにまだ幾つか星が残ってる空の下、前傾姿勢で歩きながら三十秒おきに腕時計を見ている「僕」は、これから人生の大きな試練を迎える平成二十九年(2017年度)就活大学四年生。
いつもだったらフトンの中で夢うつつ、人気ゲームキャラたちと仲良く遊んでるはずなのに、今この時間、早朝出勤サラリーマンみたいに目を擦りつつ、慣れない革靴履いた足をしゃかしゃか動かしている。
広大なJR西日本金沢駅ビル内にある「あんと百番街」は、夜が完了してないこんな時間では、ほとんどの店がシャッターを閉めたままだった。
――はぁぁ……腹が減っては戦に行けないってのにぃ——
灯りが消えた駅弁売り場前で溜息ついた僕は、隣で営業していた構内コンビニで菓子パンと缶コーヒーを買うことにした。愛用のリュック・カバンに放り込み、えいやっと肩に引っ掛けた。そうして、大切な一日がスタートしたばかりの改札口へ向かった。
茜色の東光が斜めに差し込む北陸本線上り2番線ホーム。
早くも旅人たちが長蛇の列をなしている。ほとんどがダークスーツにネクタイを締めたビジネスパーソンズ。かくいう僕自身だって、皆さんとほぼ同じ格好してるのだけど。
――ぐぅ。やっちまったかぁ。ハレの日に着るせっかくのスーツ、昨日、竪町の安売り紳士服屋で慌てて買うんじゃなかった。やっぱ、インドア系文化趣味とアウトドア系鉄道趣味を併せ持つ男は、余裕もってLサイズ選べばよかったのか――
ぐだぐだ自嘲と自虐を口奥でつぶやいているうち、ホームスピーカーから列車入線のアナウンスがあり、ダークスーツ姿が動き始める。
そして、右手東金沢方面から、タキシードボディも鮮やかな特急電車がゆっくりホームに入って来た。
プシューッとドアが開き、スーツの裾とネクタイ群がわさわさ揺れながら車内に呑まれて行く。僕が乗車したのは前寄り6号車指定席、進行方向左側の窓際席だ。
やがて、北陸小京都金沢ならではの琴の音がホームに流れ、大阪行き特急『サンダーバード2号』は、北陸一番の大都市にある始発駅を発車した。
上り線の高架(実は、北陸本線って、関西に向かう西行きが上り、東京に近い東方向行きが下りになるんだョ)に出ると、いきなり真横から眩しい光が僕の目を射た。
おお、それは、初陣に出る地元の若武者を叱咤激励すべく、遥か白山連峰の稜線から頭を出した太陽が放った気合いの一発であった。
そう。超売り手市場といったってまだまだ狭き門であるゲーム業界を志す僕は、生まれ育った故郷の街を出立し、これから関西方面に向かう。京都に本社がある某有名メーカーから役員面接試験の通知書を貰った僕は、似合わない紫紺色のネクタイ締めて、いざ都に向けてエイエイ・オーなのでござ候。
JR西日本が誇る683系俊足特急電車は、朝焼けに染まった加賀平野を野獣のように激走する。列車名「サンダーバード」とは、西洋の伝説に出て来る想像上架空の神の鳥を意味してるけど、日本語に直訳すれば何てことはない、まさに北陸地方の高峰に棲息する高名な「雷鳥」になるってわけ。
――そうは言ったって、僕の父親や母親や叔父叔母世代の人たちに言わせれば、ちょいと違うみたいだけどな――
――つまり、古い昭和時代に生まれた人間の場合は、子供の頃にテレビで夢中になって観たらしい大英帝国製SF人形劇ドラマを真っ先に思い浮かべるんだってさ——
そんな古いTVドラマを生放送では観ていない平成生まれが乗っている6号車車内は、ざっと見、三分の一くらい席が埋まっていた。
特急『サンダーバード2号』は、始発金沢から近畿地方に向かう早朝速達列車に設定されている。隣県にある北陸新幹線の新高岡や富山や新黒部宇奈月温泉方面からの列車接続は無い。つまり、ダイヤ上、石川県内と福井県内から関西や西日本に向かう人を運ぶ最速特急ってことになっている。
朝がやたら早いためか乗客はコックリコックリ船漕ぐ姿が多いけど、中には、書類をめくったりモバイルPCで仕事する人も散見する。
特に、僕の隣に座ってる乗客、通路側の指定席5Cに座った四十代半ばくらいの女性は、座席テーブルを下ろして熱心に小型12.5インチのDellを操作していた。
女性は、渋い上下黒檀色のパンツスーツ姿。
スーツの下には、寒色系のシックなワーク・ブラウスを着こなしている。痩せぎすなくせに、第一第二ボタンを外してあまり豪華とは言えない胸元を誇らしげに露出している。背筋をピンと伸ばし、見えないバリアーを周囲に張り巡らしてて、まさに男勝りバリバリのエグゼクティブ・ビジネスウーマンって感じ。
でも、それにしちゃ表情が暗い。それなりに美形なのにほとんどノーメイク。せっかくのロングストレートの黒髪もキューティクルが足り無いらしくボソボソパサパサだ。これじゃ、まるで中世の魔女か三流のオンナ殺し屋みたいだと、僕は失礼ながら酷評してしまった。
――だけど、隣にいらっしゃるこのブラッキーなおば……いや、お姉さん、地味に見えてもキャラは光ってるな。目力が半端ないし——
――まさかだけど、このヒト、やばいヒト?? うはぁ。ジロジロ見ないようにしなきゃな。触らぬ死神女に祟りなし、ってか——
それはさておき。
都会へ向かう早朝特急列車って、鉄道旅につきもののざわめきというものがほとんど無い。耳に届くのは、小さなイビキと軽いコホンという咳払いぐらい。それ以外、人の発する音声が聞こえない。落ち着いた良識社会人たちを乗せた優等列車。まさにビジネスパーソンだけを輸送する交通機関といった車内環境だ。
――うむむぅ。平成の世も、あと七年くらい経ったら北陸新幹線が金沢より先の福井県敦賀まで延伸開業することになっている。その時には、在来線最速クラスの特急『サンダーバード』も『しらさぎ』も、敦賀⇔大阪、敦賀⇔米原・名古屋間を結ぶ『新幹線リレー号』に格落ちしちゃうってわけだ——
――僕の大好きな683系ハイスペック車輛に我が故郷の金沢から乗れるのも、今のうちだけかぁ——
歴史ある日本海側縦貫大幹線北陸本線に想いを馳せる僕は、カメラを持って全国の電車や機関車やDC車両を追いかける「撮り鉄」ではなく、どっちかというと「乗り鉄」旅情派だ。
さてさて、そうこうしてるうち、デッキドアがプシュンと開いて、カレチ――乗客扱い専務車掌が現れた。ベテラン鉄道員らしき彼は、丁寧に制帽を脱いで、深くお辞儀して手馴れた仕草で車内検札を始めた。
僕はスーツポケットから切符を取り出した。今回の往復交通費は、本日面接に行く会社の全額負担だ。ありがたいことに、先方の総務部が切符を用意して、地方に在住する貧乏学生に送ってくれたのだった。
カレチさんに乗車指定席券を差し出す時、僕の視線は隣に座った霊の……もとい例の死神女史の顔の上を横切った。化粧気がまるでないエグゼクティブ・ビューティは歯牙にもかけず、腕を組んでDellノートの画面を睨みつけている。
その時、僕は見てしまった。
ホントに悪気はなかったんだけど、目が引き寄せられたといった感じで、彼女のパソコン画面を覗き見してしまったのである。
陰気な中世の魔女は、誰かとメールのやりとりをしていたらしい。12.5インチモニター画面上に大きなフォントで表記されてたのは、なんと、次のような文言だった。
《・ーー、・ーー・、・ーーー、ーーーー、・ー・ー、・ーーー・》
(承①)
JR北陸本線金沢発大阪行き上り特急『サンダーバード2号』は、石川県と福井県の県境を越え、雪解け水をあちこちに湛えた越前平野を一気に駆け抜ける。JR西日本自慢のこの683系交直両用特急電車には、目を見張る加速性能と快適な設備がある。
しかし、平穏で平和であるはずの車内には、いつの間にかキナ臭い空気が漂い始めていた。
——な、な、な、何? これって、明らかに日本語じゃない。英語でも中国語でもないし、韓国語……それとも、タイ語? まさかベトナム語か――
――またはインドのヒンディー? 中東のアラビア語? もしやペルシャって――
――うーん。ヘブライ語でもなさそうだし、ロシア語でもキリル文字でもないだろうしな。まさか古代ギリシャってことは――
――いやいや、どの国の言語でもないはず。こんな変てこりんなスペルは見た事無いぞ——
僕の不遜なナナメ視線をものともせず、黒衣装を纏った痩身女史は、どんと来やがれとばかりに腕を組んで、テーブル上のDellノート液晶画面を睨みつけている。
やがて、謎多き女傑は、トイレにでも行くのか立ち上がった。
無用心にも自分のパソコンをテーブル上に置き去りにして、車内通路をぺったんこ靴をズラズラ音立てて行ってしまう。
窓際5D席に座る僕は、何気ないふりしながらついつい忍者視線を隣席に向けてしまった。他人の電子メールを覗き見するのはイケない事と判っているものの、パンパンに膨れ上がった好奇心と探究心はどうにも制御できない。
――むむむぅ、この画面にあるメール文章って、中点の『・』と全角マイナス『―』の記号だけで構成されてる……ってことは、もしかしたら——
思い付いたひとつの仮説を証明するため、僕は急いでポケットからスマホを取りだした。そして、或るフレーズをググった。
――ビンゴぉぉぉ! ――
僕の推察はドンピシャだった。
ずばり、これは『モールス信号』だ。点と線――短符と長符の組み合わせで言語を置換する古風な通信手法。
その通信符号を、本来使うべき電気通信や音の伝達や光明滅に置換せず、そのまんま文字列で表現したものに違いない。
――ううぅうーむむ、む。悪い事と判っちゃぁいるんだけど……ちょいとだけ解読してみようかな。それぇっ——
僕は自分のスマホ画面を捲った。
モールス信号には国際符号と日本符号の二つがある。PC画面にある謎メール文章最初の《・--》は、国際符号では「W」になり、日本符号では「ヤ」になった。
――とりあえず、初めは国際符号で文章化してみるか。それえぇえっ——
すると、暗号文は《W、P、J、該当なし、該当なし、該当なし》と読み取れた。これだとまるで意味をなさない。
次に、日本符号の方で試みる。
すると、
「・ーー」=「ヤ」、「・ーー・」=「ツ」、「・ーーー」=「ヲ」、「ーーーー」=「コ」、「・ー・ー」=「ロ」、「・ーーー・」=「セ」
≒《ヤ、ツ、ヲ、コ、ロ、セ》
(承②)
――『奴を殺せ』!? だってぇッッ――
僕の下半身は、座席から10センチとはいわないまでも5センチは浮いてしまったみたいだ。
宙に浮いた尻が着座した時、隣席の主が戻って来た。
――うっ! ヤ、ヤバっ——
暗黒のシリアルキラー女史は相変わらず気難しい顔をしている。今や、全身に怒気妖気殺気みたいなオーラを纏っている。
着席するやいなや、彼女は脇目も振らずキーボードを打ち始めた。ダダダダダッと機関銃のごとき轟音を立てて。さらにメール発信ボタンをグーパンチでバンと押すと、無言で立ち上がった。
小さなポシェットを引っ掴み、駆け足で通路を進みデッキドアに向かう。
――うひゃ。恐っっ。だ、だけど——
僕はそーっと自席の四方を見回した。
ラッキーというか気まぐれ天使がくれたチャンスというか、僕の前も後ろも今は空席だ。通路を隔てた向い側5B席にはスーツ姿した老紳士が一人いるけど、今はリクライニングシートを倒して大口開けて爆睡中。ならば、今からの僕の行動を見咎められる心配は無い。
僕は意を決し、隣席テーブル上に残ったモバイルパソコンに顔を寄せた。
画面上には、隣席の主である女死神殺し屋が打った、相手への返信メールらしきものが残っている。
その文面は、次のような内容だった。
《湖・陸/阪→km/59.4、(ョ)、215.4、(テ)、82.8、66.0、(ク)、263.9、(ン)、75.6、172.0》
(承③)
『――皆様、本日はご乗車まことにありがとうございます。この列車は、北陸線敦賀から湖西線近江今津と堅田を経由する大阪行き上り特急サンダーバード2号です。ただ今、福井駅を定時で発車しました。次の停車駅は、たけふ、武生です』
朝靄に沈む南北陸地方の県庁所在地駅を時間きっちりに発車した俊足特急車内には、普段と変わらぬ静寂が満ちている。
しかし、我が6号車車内には、異様に張り詰めた空気と底知れぬ陰謀の影が……
――な、な、何ってこった。さらにまた変てこりんなナゾナゾが出て来たじゃないか――
僕は鼻の穴をおっ拡げ、二つある肺臓に酸素をいっぱい送り込んだ。ヘモグロビン供給をMAXまで上げ、我が自慢の灰色脳細胞を活性化させる。
――今度出て来た暗号文は、やたら長くて目がチカチカするぞ——
僕は、新たな謎文章の最初の部分《湖・陸/阪》という文言の意味を考えた。《阪》は「大阪」を意味する符牒であろうとはすぐ解ったのだけど。
――あ、待てよ。もしかして? ――
僕の偉大なる脳味噌はキラリンと閃いてしまった。頭上の荷物棚から愛用のリュックバッグを降ろし、中からJR大判時刻表を取り出した。
僕が繙いたのは、下り「湖西線・北陸本線」のページだ。
起点の大阪から京都・近江今津経由で敦賀・福井・金沢まで、さらに金沢から先の区間、北陸新幹線開通の交換条件として第3セクター化された旧JR路線区間「IRいしかわ鉄道」と「あいの風とやま鉄道」の、富山駅までの路線ダイヤが載っている。
僕は、ページ左にある駅名表示のさらに左横を見た。そこには「大阪からの営業キロ」という但し書きと、小数点付き数字が縦に列記されている。つまり、もしかしたらだけど、暗号文中の《阪→km》に続く数字は、大阪からの営業キロ地点にあたる実在する駅を指定しているのでは?
——たぶん、おそらく……まぁ何はともあれ検証してみよう。よしっ。スリー、ツー、ワン、Thunderbirds are go――
スバリ! 当たりだったァ。
案の定、最初の数字《59.4》は、実際の時刻表ページで《比叡山坂本》駅の営業キロ数に合致した。
次の(ョ)というカタカナ小文字は意味が解らないので後回しにするとして、次の《215.5》キロ地点駅を見つけると、福井駅の先《牛ノ谷》が指定された。
続くカタカナ(テ)はやはり飛ばし、《82.8》を探せば、少々戻って湖西線の《北小松》が浮上。
さらに《66.0》は同じ湖西線《堅田》がビンゴ。
カタカナ(ク)はスルーして、《263.9》は金沢の隣にある《西金沢》をゲット。
(ン)はすっ飛ばし、《75.6》で湖西線《志賀》が見つかり、最後の《172.0》は福井県のド真ん中にある《武生》に着地した。
僕は、これら駅名をカタカナ読みにして、文字の頭をひとつひとつ拾った。暗号文の順番通りに並べ、スルーした(ョ)と(テ)と(ク)と(ン)を途中に挿入してみる。
《比叡山坂本》―ヒ、ョ、《牛ノ谷》―ウ、テ、《北小松》―キ、⦅堅田》―カ、ク、《西金沢》―ニ、ン、《志賀》―シ、《武生》―タ
≒《ヒ、ョ、ウ、テ、キ、カ、ク、ニ、ン、シ、タ》!
(承④)
——げげぇ……『標的確認した』、だってぇええ――
僕は思わず声を出しそうになり、下顎を手で押さえてしまった。全身がさぁーあっっと鳥肌立つのが自分でも分かった。
と、突然耳を襲ったのは、ドドーンという衝撃音。
――ひゃあああ! じゅ、銃声っ!? ――
いや、違った。何てことない。列車が北陸路の要衝北陸トンネルに突入したのだった。総延長14キロ弱もある有名な長大鉄道トンネル。ものすごい轟音と圧縮された空気が車内を突き抜ける。
そんな中、例の黒装束を纏った鬼女が自席に舞い戻って来た。
彼女は、シートに腰を下ろす時に長い黒髪をかき上げて、いきなりこっちを向いた。僕の目を真正面から射抜いた。
――ひ、ひゃぃ——
鋭い視線を受けて僕はのけぞってしまい、窓外の闇に顔を背ける。
北陸トンネルの黒い壁は、窓ガラス一面を鏡に変え、若さと勢いで突っ走る未熟者の姿をくっきり映し出した。
女は何も言わず、軽く咳払いして自分のPCキーボードに指を置いた。僕の脳裏には、彼女がどこか闇社会からやって来た極悪犯罪人に映った。
——くぅう。こ、このブラックファッションド・ウーマンは、ただモンじゃないぞ——
――彼女って、どこかの某国から来たテ、テロリストなんじゃ!?——
確信に近い言葉を口の中で咀嚼する僕。平凡な日常を過ごして来た一人の地方大学生が、とんでもない場所でとんでもない時に、とんでもない事件に巻き込まれてしまった……

やがて、特急列車を押し包む轟音がキイを高くして行った。
同時に車内放送が流れ、間もなく列車が敦賀に到着する旨を告げた。北陸トンネルの長くて重苦しい闇が、ようやく終わる。
——そ、そんで、つ、次はどうなるんだ? PCを覗き見した事バレちゃったみたいだし。僕は? この後どうなる――
喉奥を引き攣らせる気弱な就活大学生の横で、異国から来たテロリスト女が再々度席を立った。
今回もノートパソコンは置き去りにして行く。しかも、画面上には、彼女が残した次のようなメッセージが新たに載っているっ!!
《4002М、JR-B14→JR-B25》
僕は狼狽えながらも、必死に大脳小脳前葉頭から三半規管までフルスロットルで動かした。
文頭にある《4002М》は、今僕が乗車しているこの『サンダーバード2号』の列車番号だ。乗り鉄を自認する者ならば、時刻表を括るまでもなくすぐ解る。
だが、それに続く謎の記号と数字の意味は???
——あぅうう。ますますややこしいモンが出て来ちゃった——
――でも……でもでも、何もしないで指を咥えてるだけだったら、僕はこの世界から消されてしまうかもしれない。闇の社会で蠢く連中の手で——
その通り。知らなくてよかった世界にうっかりでも立ち入ってしまった者は、始末されるのが裏社会の掟であるだろうだから……
(承⑤)
青春の熱き思いと陰謀の臭いを車内に充満させ、金沢発大阪行き俊足列車は、北陸地方最南部の鉄路を駆けて行く。
山峡に覗く蒼空から降り注ぐ陽光が、アルミ合金製タキシードボディに映える。敦賀駅を定時に発車した列車は、数分も立たぬうち、疋田の県境峠越えに差し掛かった。
4002Мの列車番号が付いた『サンダーバード2号』は、上り列車専用の360度山越えループ線をぐるり一周し、やがて、北陸地方と近畿圏の境界域である深坂トンネルに突入した。
怪鳥の雄叫びのごときモーター音を聞きながら、僕は必死にスマホを操作した。
必ず見つけられるはずだ。我が灰色の脳細胞をもってすれば必ず……
「あ、あった! 見っけ、見っけぇええ!!」
それまで喉奥で続けていたオタッキー独言はやめ、僕は自分自身の生の声を大きく口に出した。
検索して発見したのは、昨年七月に国内鉄道会社各社がインバウンド対策として導入を決定した「駅番号」「駅ナンバー」だ。
それは、日本国内を旅行する外国人のために、駅ホーム駅名表の端に記された案内記号。《JR-B》はJR西日本・湖西線を意味していて、続く二ケタ数字は線区内の駅を指定する。
したがって《JR-B14》は《近江今津》、《JR-B25》ならば《堅田》になるはずだ。そして、近江今津も堅田も、今乗車している『サンダーバード2号』がこれから停まるJR湖西線の駅だッ。
「ビンゴビンゴ、ビンゴォォ。やったやった。僕は、最後の暗号文を解いたぞ!」
「つまり、あのテロリスト女は、列車が近江今津駅を出て堅田駅に到着するまでの間に、車内で誰かを殺すつもりだッ!!」
白無垢のハイスピード特急、二十一世紀の鉄路を飛翔する『雷鳥』号は、既に北陸本線近江塩津の分離ポイントを渡って、琵琶湖西岸に向かってまっしぐら。
行く手左には、大海原のごとき琵琶湖の湖面がチラチラ見えて来た。
直流1500V区間対応になった9両編成683系電車は、高規格の高架線JR湖西線を、持てる力をフルに発揮して突っ走る。近江今津に到着するまで、もう時間がない。
「くっ、ダメだッ。110番なんかしてたら間に合わないぞ。くそっ」
あの冷酷無比な死神テロリストは、小さなポシェットを手にしていたはず。中には、たぶん拳銃かナイフを隠してあるに違いない。
「でも……でも、身を縮めて素知らぬ顔なんか出来ない。僕は、小市民の弱虫でいるわけにはいかない」
沸々と湧き上がる正義感と勇気で全身が燃え上がり、僕は席を立った。
「行くぞ。行ってやる。僕は立ち向かう。戦う。戦ってやるっっ! 逃げてたまるか。負けるもんか! それに、僕が大好きな鉄道車輛を、悲惨なテロ現場にしてたまるかぁぁあ‼」
知らず足先が動いていた。僕は車内通路を疾風のように駆け抜けた。最後尾グリーン車デッキに一気に辿り着く。
いくつかの人影を見た。
黒いパンツスーツ姿した例の殺し屋の女が、同じような黒服姿した男数人と揉み合っている。男性が一人床に尻もちをついていて、鬼女の鋭い爪を首に突き立てられている。
「おいっ、あんたたちッ。やめろ。やめるんだッッ!」
僕は叫んだ。自分でも驚くくらい強い大きな声が出た。
闇社会に棲まう女死神が振り向いた。狂暴な目が僕を睨みつける。
(転)
でも、狂暴な醜い顔は、次の瞬間、満面の笑みに替わった。
「スト~ップ! ここまでやね。は~い、みんな離れて。ゲームオーバーやでぇ」
野太いアルトの声が、僕の耳、鼓膜の奥まで届く。
――え? な、何? 何が起きた?? ――
僕の目と手と足と、灰色の細胞が詰まった脳味噌は、一瞬で機能停止。
同時に、グリーン車デッキにいた黒服男たちも動きを止めた。
眼前に凛として立つ黒ずくめ女性は、うふふと笑って長い髪を手でかき上げた。
「あは。大したもんやわぁ。ここのラストシーンまで来ゃはったんは、貴君を入れてこれまでほんの数人しかおらへん。はい。うん。もちろん合格よ。ね……社長、そうでっしゃろ?」
今まで自分が首を絞め上げていた相手に太声をぶつける。
床にへたり込んでいた男性は、苦笑いして立ち上がった。
「やれやれ。参った参った。いつも言ってるが、キミはもう少し手加減してくれたまえよ。小生はただのアマチュアであるからして。出演料も危険手当も労災保険も貰えない身なんだからな」
――え……え? な、何ぬねの、のぉ?? ――
僕は、驚いたのなんのって……
だって、よく見りゃ、そのスーツ姿男性は、さっきまで僕がいた6号車の通路反対側5B席で、くたびれて爆睡していた老紳士じゃないか。
「あらま。失礼しました。そら、社長は~ん、堪忍どすぇ~」
「むぅ。部長女史、無駄口はそれくらいにしとき。まぁしかし……いやはやなんとも、今回立ち会った面接学生君の類まれな好奇心と冒険心は特筆に価するな。それと、思い込みも人一倍か……想像力と論理的解析力は平均点以上のようだが……」
「わぉ。社長ぉ、それって、久しぶりの高得点ですや~ん」
「うむ。いくらか減点もあったが、まずは及第点ということでいいだろう。何より、今のご時世、正義感と勇気に満ち溢れた若者は、何ものにも代えがたい。小生は、そう信じてやまない」
スーツに付いた埃を払いながら滔々と語る老紳士の顔をあらためて見た僕は、
――はれ! なんれ? どうしれ!? しょうなるにょう?? ——
痺れた舌が口の中で絡まってしまった。
僕はすぐ思い出したのだ。事前に大学の就職指導課から貰っていた就活用パンフレットを。
分厚い企業情報資料のお目当てページの中に写真で出てた顔が、今目の前にいる人物の顔――と、まったく同じじゃないか!!
つ、つまり、なんという事! 僕がこれから訪問する京都の有名ゲームメーカー会社――そこの『代表取締役社長』さんが、リアルのライブで、今、僕の目の前にいるッッ!!!
何も言葉が出せなくなり、下顎だららーんになってしまった僕に、死神テロリスト改め有能エグゼクティブ・ビューティに変身した痩身女性が、さっきまでとまるっきり違う表情を向けた。
「びっくりしちゃった? あはっ、堪忍したってぇ。つまり、そゆことなんよぉ。実は、現在のここまでの展開がぜぇーんぶ、弊社の『役員面接』やったって事。わざわざ朝早く起きて金沢駅で特急電車に乗らはった貴君は、『サンダーバード2号』の6号車指定席5D席に座った瞬間から、世界に誇るエンターテインメント・クリエイティブ企業社員としての適性を、弊社面接担当取締役一同にチェックされとったわけね」
そして、ノーメイクの美魔女は、手に持ったポシェットから名刺入れを取り出し、一枚抜いて僕に差し出した。
名刺の字面には、『取締役 人事部長』なんて肩書きがあったりして……
「はぃい~~。そんじゃ、お疲れ様どしたぁ。これをもって、弊社の来年度新卒入社予定者採用役員面接試験は終了します。なお、今回は最終決定権を持つ社長の面接も兼ねてましたんで……ちゅうわけで、口頭通知ではありますが、貴君は入社「内定」になりましたぁ。後日、弊社総務部より貴君のご自宅に内定通知書を郵送します。今後の予定として、六月に健康診断を受けてもらって、来春卒業まではしっかり勉学に励んでくださいね。なお、ゲームなんかやり過ぎて、単位落として留年なんかしはったら許しまへんぇ」
頭から爪先まで黒ずくめのやり手人事部長女傑は、満面の笑みの中に邪気を織り交ぜながら言い放つ。
「それとね、めでたく弊社正社員にならはったら、他人のパソコン画面は勝手に覗いたりせぇへんように。弊社の社風は自由闊達で何でもオープンで有名やけど、社会一般常識やルールは守らなあきまへんで」
艶然と厳然と顔を崩し、妖しい堕天使ウィンクを僕に投げて寄越すのだった。
(結)
……思い返すに、その時の私は、きっと世界一マヌケな男の顔をしていたに違いありません。でも、勇気も血気も邪気も暢気も人一倍盛んだった当時二十三歳の青二才は、
――たははっ、見事にやられちまったにゃぁ——
泣き笑いしそうになって、照れ隠しで口の中をごにょごにょ。
――ううん。ちとばかしやり過ぎだと思うけども……でも、個人的には、めっちゃ楽しませていただきましたよぉ、んぉおう——
世に数多ある就活マニュアルなど、何の役にも立たない人生一発勝負。
あれよあれよと勝ち抜いてしまった若かりし当時の私は、こんなオモロいおっちゃんやおばちゃんの下で働くのも悪くないなと、正直に思ったのでした……
――了
平成二十九年(2017年)に聞いた?という風説
ⒸToshiike wakao 2025
(この作品は、最初から最後まで完全フィクションの小説です。読んで本気にしちゃイケませんよ)
●歳池若夫・作 《平成異聞……それ、御内密に。》シリーズ。平成時代に聞いたとされる風説!?をまとめた、ミステリー・アラカルト短編集。
⇒ シリーズ第①話 『狛 刀〝シロイカタナ〟』
バイクアクション・本格ミステリー。東京奥多摩の山村で起きた自動車密室殺人事件の謎を解く、異色白バイ警官安楽椅子名探偵譚。
⇒ シリーズ第②話 『助手席に、いるっ!』
カー・ホラーミステリー。ハイスペック・フルタイム4WDスポーツ車を駆使し、日本横断違法脱法キャノンボールレースに挑戦した走り屋小僧が体験した、恐ろしい怪異の世界。
⇒ シリーズ第③話 『ハマノマサゴハツキ(ク)ルトモ……』
平成円熟期のゴルフ場を舞台にした、二十一世紀の義賊を気取る怪盗が活躍?する悪漢小説??
⇒ シリーズ第④話 『点々と線々 ~青春の旅立ちと謎の暗号~』
鉄道暗号ミステリー。まだ時刻表に北陸「本線」の表記があった平成時代、慣れないリクルートスーツを着て、金沢を早朝に発つ特急電車で就活面接先の京都へ向かう乗りテツ大学生が車内で遭遇してしまった「テロ事件」?
⇒ シリーズ第⑤話 『砂丘、遥かに——』
ひと筆書きの片道切符を握り締め、京都・丹後但馬地方・鳥取砂丘を往く失恋自殺願望青年の――切なくて遣る瀬無い、鉄道旅ミステリー。
⇒ シリーズ第⑥話 『a fantastic voyage 而立の航海』
平成元年、四駆ヤドカリ仕様トラックに乗って自分探しの旅に出た三十男が、南九州、熊本、西九州&日本海山陰石見地方で大冒険? 前半は物見遊山のスチャラカ旅日記風だったものが、後半になって雲行きが怪しくなって……ラスト9行に至っては、いきなり視界が単色に反転する衝撃怒涛のロードドライブ・ミステリー。
⇒ シリーズ第⑦話 『山梔子dollと旅する男』(最新投稿)
木枯らしが舞う冬の或る寒い夜、東京は上野駅不忍口ガード下で——
ギターケースと重い旅行カバンを両手に下げてタクシーを降りた疲れ顔の若者は、帰宅客や酔客で混み合うコンコースを足早に突っ切る。改札口を抜けて、構内奥にある場末感漂う地平ホーム13番線へ急いだ。
今宵、大都会からこそこそ逃げ出していく哀しい旅人の宿は、北へ向かう古臭い寝台特急列車。
深夜、狭くて固いB寝台席ベッドで、寒さと振動と他の乗客の大鼾で眠れなくなった若者は、気晴らしで煙草でも吸おうとデッキの洗面所スペースに向かった……と、そこで、怪しく不思議な「父娘」に出会う。
父親は、やたら慇懃無礼で、笑うせぇるすまん顔をした小太り坊主頭男。糊のきいた着古しワイシャツを着こなし、細いサスペンダーでズボンを吊り上げている。そして、傍らにいる娘の方はというと、女子高校生らしき制服を着て、瞳がきらきら輝く絶世の〝美少女〟……なのか!?
古き良き、悪しき妖しき平成官能ロマン。令和の今では乗ることも叶わぬ夜行寝台列車内で起きた、めくるめくスリラー・ナイト。
★別のシリーズ作品。「カラス&マーロウ」シリーズ。
迷?推理を開陳する男川正朗とカラスのおっちゃんの凸凹コンビが活躍するドタバタ探偵譚。
⇒『19th holeナインティーンス・ホール』(全3部構成)
推理小説のジャンルではあまり例が無い「ゴルフ・ミステリー」中編。(全3部構成) 一応、フー・ダニットとダイイングメッセージを扱ったオーソドックススタイルの名探偵トリック暴き本格ミステリー小説です。
⇒ 『京都発鳥取・倉吉行き、振り子式DC特急『スーパーはくと』殺人事件』
鉄道トラベル・ミステリー。業界人仲良しゴルフを兼ねた山陰への慰安旅行に出掛けるカラスのおっちゃんと賑やかなお仲間たち。スポーツカーみたいにカッコいい特急列車『因幡の白兎号』の車内で発生した陰湿な毒殺事件。超特殊な凶器と、犯人の意外な動機とは?
⇒『左翼外野席』
後楽園の東京ドームで行われた伝統の一戦。熱狂的虎党であるカラスのおっちゃんに連れられてレフトスタンドの特等席に座る羽目になった隠れ巨党派の男川正朗。二人の前席には、何やら妖しげな老カップルがいて……白熱の試合が続く中で発生した猛虎軍団の外国人監督の不審死事件。プロ野球と本格ミステリーを愛する男川正朗は、必死に謎を解こうとするが……
⇒『岩槻IC北方15キロの地点』(前編&後編)
埼玉県東部を縦に貫く東北自動車道。その下り車線上で発生した走行車狙撃殺害事件。走行車の後方で警戒護衛に就いていたヘタレ私立探偵は、事件の経緯を小説にして文芸SNSに投稿するが、独自の推理考察や真相については、すべて読者諸兄姉に丸投げしてしまい……
