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神黄泉薫るパターン認識の旅:オルタナ・ファンカブル現代音楽編(1.2万文字)

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高々薫るパターン認識の旅:オルタナ・ファンカブル現代音楽編

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【注釈】本稿は、筆者個人による調査・読解・考察をもとに構成されたものであり、筆者は本稿で扱う分野における専門家ではありません。内容の作成にあっては、公開されている資料の参照や、近年一般化しているAIを用いた情報収集・整理・ファクトチェックを活用していますが、それらはあくまで理解を助ける補助的な手段であり、記載内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではありません。本稿には、事実として確認可能な情報の紹介に加え、比喩的表現、仮説的な推論、個人的な解釈・読み替えが含まれています。これらは特定の立場や結論を断定する意図によるものではなく、読者に思考の材料を提供することを目的としています。最終的な判断や解釈については、必ず一次資料や他の視点も参照したうえで、読者自身で行ってください。また、本稿では、アルバムについて、その核心的な内容に深く触れています。もし作品を未体験の方で、先入観なく享受されたい場合は、必ず先に作品そのものに触れてから、本稿をお読みください。

Ⅰ. 異質な知覚とパターン認識

1. はじめに

以前、私は自分が世間一般とは異なる「変わり者」であり、そのために生きづらさを感じているというテーマで記事を書きました。本稿はその続編にあたります。前回の記事では、その特性ゆえに、異なる物事の間に存在する共通の「パターン」が見えることがある、と述べました。

例えば、音楽を聴いていて「A、B、A、B、C」という構成に触れたとき、全く同じ構造が小説のプロットや絵画の構図にも存在することに気づく、といった具合です。今回は、そのパターン認識の具体的な一例を、音楽の歴史の中から紹介したいと思います。ただし、これはあくまで私の主観的な洞察であり、学術的な定説ではありません。一個人の空想の旅路として、お付き合いいただければ幸いです。

2. オルタナティブ・ファンクの潮流

今回提示したいパターンとは、1970年代から80年代にかけて、特定の音楽ジャンルで同時多発的に起こったある変容のことです。

プログレッシヴ・ロックやフリージャズといった、瞑想的・哲学的な志向を持つ音楽は、本来、静的な鑑賞を前提としていました。しかしこの時期、それらの知的な音楽が、アフリカにルーツを持つパーカッシブなビート、すなわちファンクやディスコといったダンス・ミュージックの肉体性と融合を始めたのです。難解な不協和音や複雑な理論が、躍動的なリズムの上で展開される。この「踊れる現代音楽」とも言うべき流れは、私には明確な一つのパターンとして映りました。

この潮流は、音楽家フランク・ザッパの文脈において「バイオニック・ファンク」という言葉で表現され、ザッパ自身もこの概念を自作で展開しました。バイオニックとは、サイボーグや人造器官を持つ人間、つまり超人的な能力を指します。当時放送されていたTVドラマ『バイオニック・ジェミー』のニュアンスも含むこの名称は、超人的な精度と複雑さを持つファンク、という印象を与えました。それはブルースロックの土台に、現代音楽の複雑な拍子やクラシカルな楽器を混ぜ込み、さらにディスコのカルチャーを取り込んでポップな側面を獲得していった現象を指します。

だから、次に示す様々なジャンル、様々なバックボーンをもつ音楽たちは、私にとっては「高度な知性と最新のテクノロジーを駆使して、肉体を強制的に躍動させるリズム構造を再構築した」という、同一のパターンに見えたという実例として、紹介します。

Ⅱ. サウンドエフェクトとリズム構造の再構築

既存の規範を乗り越え、テクノロジーと格闘しながら新しいリズムを生み出した音楽家たちの軌跡は、音が空間を切り裂き、左右に駆け巡る「パンニング(音像定位)」の進化そのものでした。年代順に一項目ずつ、丁寧に紐解いていきましょう。

(1) 1966年:ザ・ビートルズ
代表アルバム:『Revolver』
代表曲:「Tomorrow Never Knows」
現代音楽のすべての扉を開いた一曲です。ジョン・レノンは「100人の僧侶がお経を唱えているような音」を求め、録音テープの切り貼りや逆再生といった、当時としては異例の「機械的操作」を導入しました。人間には演奏不可能なループ・リズムをスタジオで作るという行為は、創造者がテクノロジーを手足として使い始めた記念すべき瞬間です。この作品では、音が右から左へ、脳を直接かき回すように移動するパンニングの手法が導入されており、音楽を「演奏」から「空間設計」へと変貌させました。

(2) 1970年:マイルス・デイヴィス
代表アルバム:『Bitches Brew』
代表曲:「Pharaoh's Dance」
ジャズの帝王は、既存のジャズの規範を自ら破り捨てました。楽器を電気的に増幅させ、ロックやファンクの荒々しい鼓動をジャズに接合。混沌としたマグマのようなサウンドは、当時の評論家から異端の烙印を押されるほど過激でしたが、それこそが新しいジャンルの誕生でした。エディターのテオ・マセロは録音テープを物理的に切り貼りし、再構築しました。マイルスのトランペットがディレイによって左右を激しく往復するパンニングの音像は、もはや即興演奏を超えた「情報の嵐」でした。
【相関関係】 この「マイルスの実験場」には、後の音楽史を支配する若き創造者たちが集っていました。ジョン・マクラフリン、チック・コリア、ジョー・ザヴィヌル、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、トニー・ウィリアムス、そしてビリー・コブハム。彼らはここから巣立ち、それぞれの領域でこの革命をさらに推し進めることになります。

(3) 1972年:リターン・トゥ・フォーエヴァー
代表アルバム:『Return to Forever』
代表曲:「Crystal Silence」
マイルスの元を去ったチック・コリア率いるこのグループは、エレクトリック・ピアノの透明感あふれる音像によって、都会の夜を舞うような洗練された響きを生みました。代表曲として挙げた「Crystal Silence」は、厳密にはチック・コリアとヴィブラフォン奏者ゲイリー・バートンのデュオ作品として名高いですが、このアルバムに収録されたバージョンは、バンドが志向する都会的で知的なリズム、後に「アーバン・ファンク」と呼ばれるスタイルの雛形を示しています。

(4) 1972年:スティーヴィー・ワンダー & ジェフ・ベック
代表アルバム:『Talking Book』
代表曲:「Superstition(迷信)」
盲目の天才スティーヴィーは、シンセサイザーという最新鋭の「機械」を、まるで自分の神経の一部のように操りました。一人ですべての楽器を多重録音するその姿は、周囲の期待や定型を拒絶し、自分一人の内なる宇宙を機械を通じて出力する「創造者」の孤独な戦いそのものでした。
【因果関係】 このアルバムの録音に参加したギタリスト、ジェフ・ベックに対し、スティーヴィーは「Superstition」を提供すると約束していました。しかし、あまりの出来の良さにスティーヴィー自身のバージョンが先行リリースされ、世界的大ヒットを記録。この「裏切り」にも似た失意が、ベックをギター一本で歌を凌駕する境地へと追い込み、後の金字塔『Blow by Blow』を生む原動力となったのです。

(5) 1973年:マハヴィシュヌ・オーケストラ
代表アルバム:『Birds of Fire(火の鳥)』
代表曲:表題曲「Birds of Fire」
マイルス・バンド出身のジョン・マクラフリン率いるこの集団には、同じくマイルスの薫陶を受けたヤン・ハマー(キーボード)とビリー・コブハム(ドラム)が在籍していました。彼らは到底人間業とは思えない超高速の変拍子を叩き出しました。手塚治虫が描く宇宙の真理を音楽で表現するような、神々しくも冷徹な精緻さ。肉体と知性が機械レベルの精度で同期した、バイオニックな衝撃です。

(6) 1973年:ビリー・コブハム
代表アルバム:『Spectrum』
代表曲:「Stratus」
マハヴィシュヌ・オーケストラでその名を轟かせたビリー・コブハムが、満を持して発表したリーダー作です。このアルバムで聴けるドラミングは、まるでプログラムされた精密機械です。揺らぎを排した硬質な16ビート。この「感情を剥ぎ取ったようなビート」こそが、後のヒップホップにおけるサンプリング文化、すなわち「既存の音を分解して再構築する」という発想の種となりました。

(7) 1973年:ハービー・ハンコック
代表アルバム:『Head Hunters』
代表曲:「Chameleon」
ジャズ・ピアニストだったハービーが、重厚なアナログシンセの咆哮を取り入れました。カメレオンのように姿を変えるベースラインと、地を這うようなファンク・グルーヴ。音楽が「知性」と「野生」を同時並行で処理するフェーズに入ったことを象徴しています。

(8) 1975年:デヴィッド・ボウイ
代表アルバム:『Young Americans』
代表曲:「Fame」
ロックの貴公子ボウイが、黒人音楽であるソウルを「白人の視点」で冷徹に分解し、再構築しました。ジョン・レノンと共作したこの曲は、本場の熱狂とは一線を画す、どこか人工的で洗練された「プラスティック・ソウル」という新しい概念を提示しました。このサウンドを支えたのは、後にボウイのライブでキング・クリムゾンの「Cat Food」におけるキース・ティペットばりの前衛的なピアノを披露するマイク・ガーソンや、ジャズ界のスター、デヴィッド・サンボーンといった異能のプレイヤーたちでした。

(9) 1975年:ジェフ・ベック
代表アルバム:『Blow by Blow』
代表曲:「You Know What I Mean」
ロック・ギターの概念を覆したインストゥルメンタル(歌なし)の傑作です。スティーヴィー・ワンダーの影響を色濃く受けた16ビートの上で、ギターがまるで人間の声のように、あるいは精密な機械のように歌い、躍動します。「歌のない音楽でも踊れる」という革命をロック界にもたらしました。

(10) 1976年:ジェネシス & ブランドX
代表アルバム:ジェネシス『A Trick of the Tail』/ブランドX『Unorthodox Behaviour』
【共通項:フィル・コリンズ】 この年、ドラマーのフィル・コリンズは二つの全く異なる頂点を極めます。ジェネシスではピーター・ガブリエル脱退の危機を乗り越え、自らボーカルを取り、プログレをポップスの領域へと高次元で融合させました。その裏で参加したブランドXでは、超絶技巧集団の一員として、複雑怪奇な変拍子を肉体的な快感へと変える、最も攻撃的でバイオニックなドラミングを披露しています。この二つのバンドは、フィル・コリンズという「機械のように正確な創造者」を共通項として結ばれています。ブランドXには、ジャコ・パストリアスと双璧をなすフレットレス・ベースの達人にして異才、パーシー・ジョーンズがおり、彼の異次元のベースラインがバンドの個性を決定づけていました。

(11) 1976年:ウェザー・リポート
代表アルバム:『Black Market』
代表曲:「Barbary Coast」
マイルス・バンドの卒業生であるジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーターが率いるこのバンドに、伝説のベーシスト、ジャコ・パストリアスが初参加。それまでの「リズムを刻む」だけのベースの役割を終わらせ、まるでフルートのように歌い、打楽器のように跳ねるベースを実現しました。多国籍なグルーヴがテクノロジーと共鳴した、新しい世界の胎動です。

(12) 1977年:スティーリー・ダン
代表アルバム:『Aja(彩)』
代表曲:「Peg」
ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーによる、完璧主義の極致です。一流の奏者を何人も呼び、納得がいくまで何百回もテイクを重ね、人間特有の「ズレ」を完全に排除しました。その結果生まれたのは、あまりにも美しく、冷たい「無菌状態のファンク」でした。この鉄壁のサウンドを守護していたのが、ドラムのスティーヴ・ガッドとベースのチャック・レイニーという、音楽史に名を刻む不動のリズムセクションでした。

(13) 1977年:トーキング・ヘッズ
代表アルバム:『Talking Heads: 77』
代表曲:「Psycho Killer」
リーダーのデヴィッド・バーンは、教育されたミュージシャンとは正反対の、神経質でぎこちないパフォーマンスを見せました。しかし、その「違和感」こそが武器でした。パンクの初期衝動が、理知的な構造と出会ったことで、全く新しい焦燥感が誕生しました。

(14) 1978年:スタンリー・クラーク
代表アルバム:『Modern Man』
代表曲:「Rock 'n' Roll Jelly」
リターン・トゥ・フォーエヴァーのもう一人の天才、ベーシストのスタンリー・クラークによるソロ作品。ジャズ・フュージョンの枠を超え、ハードロックのダイナミズムとファンクの肉体性を融合させたこの曲は、彼の超絶技巧と遊び心が見事に結実しています。ジェフ・ベックもこの曲をカバーしており、二人の天才が同じ楽曲をどう解釈したかを聴き比べるのも一興です。

(15) 1978年:U.K.
代表アルバム:『U.K.(憂国の四士)』
代表曲:「In the Dead of Night」
このバンドは、誰も制御できなかったギター界のペガサス、アラン・ホールズワースを擁していました。エディ・ヴァン・ヘイレンをして「何をやっているのか全くコピーできない」「何も盗むことができない」と言わしめ、そのサックスのような流麗なレガート奏法から「ギターをギターとして弾いていない」と評された彼は、まさに楽器の限界を超越した存在でした。フランク・ザッパ門下生であるエディ・ジョブソン(キーボード、ヴァイオリン)とテリー・ボジオ(ドラム)との合流は、テクニカルな音楽の新たな地平を切り開きました。

(16) 1978年:YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)
代表アルバム:『Yellow Magic Orchestra』
代表曲:「Computer Game / Firecracker」
細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一。日本の才能が、コンピューターに演奏をゆだねることで、「西洋から見た東洋」というエキゾチズムを逆説的に描き出しました。機械が無機質に刻むリズムが、かえって人間の肉体的な欲望をあぶり出すという、高度に知的なゲームです。

(17) 1979年:ニューヨーク・ゴング
代表アルバム:『About Time』
代表曲:「Strong Woman」
ヒッピー的な精神性を持つ「ゴング」が、NYの荒んだパンク・シーンと接触しました。ベーシストのビル・ラズウェルが持ち込んだ破壊的な重低音が、従来の浮遊感を地面に叩きつけます。この曲で聴けるソリッドなグルーヴは、プログレの残骸が都会の泥を被って力強いファンクへと再生した瞬間を象徴しています。

(18) 1979年:トニー・ウィリアムス
代表アルバム:『The Joy of Flying』
代表曲:「Morgan's Motion」
10代でマイルスに認められた天才トニー。彼は自身のバンド「ライフタイム」でジャズとロックを衝突させましたが、ここではさらに進化しています。最新のテクノロジーを従え、機械よりも正確で、機械よりも爆発的なドラミングを見せつける。まさに「創造者」が機械を屈服させた証です。左右から襲いかかるシンバルの暴力的なパンニングは、肉体がテクノロジーを屈服させた瞬間を鮮烈に刻んでいます。

(19) 1980年:クイーン
代表アルバム:『The Game』
代表曲:「Another One Bites the Dust(地獄へ道づれ)」
ロックの王者クイーンが、ディスコ・ファンクのシック(Chic)にインスパイアされた一曲です。派手な装飾を削ぎ落とし、ベースとドラムのリフレインだけで聴かせるミニマルな構成。ロックが「ダンスミュージック」の機能性を完全に取り込んだ記念碑的作品です。

(20) 1980年:ジェネシス
代表アルバム:『Duke』
代表曲:「Turn It On Again」
ドラムマシンの一定のリズムに合わせて、人間が複雑な13拍子を演奏するという、倒錯した試みです。80年代を席巻する「人工的な巨大サウンド」の出発点となった、ゲートリバーブの初期衝動がここに記録されています。

(21) 1980年:ピーター・ガブリエル
代表アルバム:『Peter Gabriel III (Melt)』
代表曲:「Intruder」
このアルバムで、80年代の音楽シーンを定義づけるサウンドが誕生しました。一般に「ゲートリバーブ」あるいは「ゲーテッド・ドラム」と呼ばれる、残響が不自然に断ち切れるパワフルなドラムサウンドです。エンジニアのヒュー・パジャムが偶然発見し、ドラマーのフィル・コリンズが叩き出したこの音響は、本曲で初めて採用されました。このアルバムは、後にダンサブルなキング・クリムゾンを模索していたロバート・フリップがプロデュースに関わり、彼の片腕となるベーシスト、トニー・レヴィンが発掘された場所でもありました。

(22) 1980年:トーキング・ヘッズ
代表アルバム:『Remain in Light』
代表曲:「Born Under Punches」
アフリカのリズムを、プロデューサーのブライアン・イーノと共にコンピューターで解析し、幾層にも重ね合わせました。このアルバムには、後にデヴィッド・ボウイのライブでロバート・フリップのパートを受け持つことになる、もう一人のザッパ・チルドレン、エイドリアン・ブリューがフィーチャーされています。情報の洪水のなかで、人間がトランス状態に陥る。知性と呪術がテクノロジーで結ばれた、このスタイルの最高傑作の一つです。

(23) 1980年:ジェントル・ジャイアント
代表アルバム:『Civilian』
代表曲:「Convenience (Clean and Easy)」
プログレ界屈指の技巧派が、その複雑な頭脳をすべて「最短距離のファンク・ビート」に注ぎ込みました。ラストアルバムとなる本作での変貌は、知性が最後に行き着くのは、力強くタイトな「本質のリズム」であることを示しています。

(24) 1980年:板倉文(チャクラ)
代表アルバム:『CHAKRA』
代表曲:「福の種」
日本の音楽家・板倉文が提示した、独自のハイブリッド・ポップスです。わらべ歌のような旋律と、ニューウェイヴ的な硬質なビート。西洋の模倣ではない、日本人の脳だけが生み出せる奇跡的なリズムの編み物です。

(25) 1981年:菊地雅章(Poo)
代表アルバム:『Susto(ススト)』
代表曲:「Circle/Line」
日本のジャズ界が産み落とした、世界最高峰のテクノロジカル・ファンク。マイルス・デイヴィスが切り開いた電気的混沌に対する、日本からの鮮烈なアンサーソングであり、パンニングの巧みさにおいてまさしく本塁打級の傑作です。反復される電子音のレイヤーと、人間の揺らぎを排したようなビート。このアルバムは、あまりにも進歩しすぎた知性の記録です。

(26) 1981年:マサカー(Massacre)
代表アルバム:『Killing Time』
代表曲:「Legs」
ビル・ラズウェル、フレッド・フリス、フレッド・マーによるこのユニットは、NYのポストパンク/アヴァンギャルド・シーンが生んだ最も先鋭的なバンドの一つです。ファンクの肉体性を持ちながら、フリージャズの即興性とパンクの攻撃性が衝突するそのサウンドは、まさに「音の殺戮」。このアルバムタイトルは、後に日本の異能集団にインスピレーションを与えることになります。

(27) 1981年:フランク・ザッパ
代表アルバム:『You Are What You Is』
代表曲:表題曲「You Are What You Is」
「お前は、お前が演じているものそのものだ」と歌うザッパ。超絶的に複雑なアンサンブルを、あえて大衆的なファンクやポップの皮を被せて提供する皮肉。テクノロジーが進化する時代に対し、知的な狂気をもって挑んだ彼の集大成です。

(28) 1981年:マテリアル
代表アルバム:『Memory Serves』
代表曲:「Memory Serves」
ビル・ラズウェル率いるこの集団は、パンク、ファンク、フリージャズを一つの鍋で煮込みました。それぞれのジャンルの「型」を壊し、それらを無慈悲に繋ぎ合わせることで生まれる新しい摩擦。情報過多な時代のサウンドを先取りしていました。

(29) 1981年:キング・クリムゾン
代表アルバム:『Discipline』
代表曲:「Elephant Talk」
元ザッパのエイドリアン・ブリューと、ピーター・ガブリエルの下で発掘されたトニー・レヴィンを迎え、全く新しいバンドとして再始動。規律(ディシプリン)というタイトルが示す通り、数学的な正確さで編まれたギター・アンサンブルです。その上で、象の鳴き声のようなノイズが叫ぶ。知性と野性がファンクのビートの上で火花を散らしています。一説によると、ロバート・フリップはビル・ラズウェルにも参加を打診したものの断られたと言われており、もし実現していれば全く異なるクリムゾンが誕生していたかもしれません。

(30) 1982年:アンブロージア
代表アルバム:『Road Island』
代表曲:「Kamikaze」
もともと洗練されたAORを作っていた技巧派たちが、ニューウェイヴの衝撃にさらされて作った、荒々しくも精密なファンク。その性急なビートとサウンドは、世界を席巻していたポリスの「ロクサーヌ」に対する、アメリカ西海岸からの痛烈なアンサーソングとも受け取れます。

(31) 1983年:ハービー・ハンコック
代表アルバム:『Future Shock』
代表曲:「Rockit」
ヒップホップの「スクラッチ」を全世界に知らしめ、創造の定義を「演奏」から「編集」へと大きくシフトさせた歴史的転換点。この革命的なサウンドをプロデュースしたのは、他ならぬビル・ラズウェルでした。

(32) 1983年:ゴールデン・パロミノス
代表アルバム:『The Golden Palominos』
代表曲:「(Kind of) True」
ドラマーのアントン・フィアを中心に、ビル・ラズウェル、フレッド・フリス、ジョン・ゾーン、アート・リンゼイといったNYアンダーグラウンドの鬼才たちが集結したプロジェクト。ファンクの骨格を持ちながら、その上にノイズ、フリージャズ、アヴァンギャルドが自由に飛び交うサウンドは、この潮流の一つの到達点を示しています。

(33) 1983年:アート・オブ・ノイズ
代表アルバム:『Into Battle』
代表曲:「Beat Box」
「ラジオ・スターの悲劇」で知られるトレヴァー・ホーンが、イエスへの参加という「影武者」的な活動の裏で、その本領を最大限に発揮したプロデュース・ユニット。サンプラー「Fairlight CMI」を駆使し、オーケストラの衝撃音(オーケストラ・ヒット)やあらゆる騒音を楽器に変え、幾何学的なリズムを構築しました。彼は後にプロパガンダやフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドも手掛け、80年代の英国ポップシーンを定義づけた、まさに「イギリスの小室哲哉」とも言うべき存在です。

(34) 1983年:イエス
代表アルバム:『90125』
代表曲:「Owner of a Lonely Heart(ロンリー・ハート)」
プログレの巨人が、鬼才トレヴァー・ホーンの手によってデジタル・ファンクの象徴へと生まれ変わりました。アート・オブ・ノイズで培われたサンプリング技術、特にオーケストラ・ヒットやボイス・スクラッチといった手法が、全米No.1ヒットという形でポップスの頂点を極めた瞬間です。

(35) 1983年:ポリス
代表アルバム:『Synchronicity』
代表曲:「Synchronicity II」
世界的な成功を収めたポリスが、その頂点で生み出した知的なロック・アルバムです。スチュワート・コープランドの複雑でポリリズミックなドラムパターンと、アンディ・サマーズの空間的なギターサウンド、そしてスティングの文学的な歌詞が、シーケンサーやシンセサイザーの導入によって、よりタイトで構築的な次元へと昇華されました。レゲエやパンクの要素を保ちつつ、80年代的なデジタルサウンドと融合した好例です。

(36) 1984年:ヤン・ハマー
代表アルバム:TVシリーズ『Miami Vice Theme』
代表曲:表題曲「Miami Vice Theme」
ジャズ・ピアニストだった彼が、全編シンセサイザーとサンプラーだけで制作したドラマ音楽。冷徹なまでの正確さと、80年代的なギラついた疾走感。テクノロジーへの絶対的な信頼が結実した、サウンドのアイコンです。彼はジェフ・ベックの唯一無二の盟友として知られ、アルバム『Wired』では火花を散らす共演を果たしました。ライブでは、ヤン・ハマーがキーボードでベックのギターフレーズを模倣し、ベックがギターでハマーのキーボードフレーズに応えるという、まさにコールアンドレスポンスの応酬が繰り広げられました。

(37) 1984年:スティーヴ・ヴァイ
代表アルバム:『Flex-Able』
代表曲:「The Little Green Men」
フランク・ザッパ・バンドの「採譜係」という超人的な役割を経て、ギタリストとして独立したスティーヴ・ヴァイのデビュー作。師であるザッパ譲りの複雑な楽曲構成とユーモアのセンスが爆発しています。特に「The Little Green Men」では、早回しの奇妙なヴォーカルと変拍子が、目まぐるしく左右に飛び交う混沌としたパンニングの中で展開されます。これはまさに、ザッパ・チルドレンからの師へのアンサーソングとも言える、遊び心に満ちた実験的な一曲です。

(38) 1984年:トーキング・ヘッズ
代表アルバム:映画『Stop Making Sense』
代表曲:「Once in a Lifetime」
同名のライブ映画におけるクライマックスです。巨大すぎるスーツを身に纏い、自ら「情報の波」に呑み込まれるようなダンスを見せるデヴィッド・バーン。それは訓練された舞踏ではなく、内なる知性が肉体を制御しきれずに暴走した末の、「爆発」そのものでした。枠からはみ出した創造者たちが、世界を自らのリズムで塗り替えた勝利の宣言です。

(39) 1986年:キリング・タイム
代表アルバム:『Bob』
代表曲:「Bob」
日本のテクニカル・ファンクの最終回答の一つです。板倉文による、緻密すぎて息が止まるようなアンサンブル。しかしそこには不思議な熱量とユーモアが宿っています。創造者が自らの頭で考え抜き、磨き上げた知覚が、完璧な形で結晶化した、日本が世界に誇るべき一枚です。
【バンド名の由来】 バンド名を「キリング・タイム」とした由来の一つに、マサカー(Massacre)の伝説的な1stアルバム『Killing Time』があるという説はファンの間で根強く語られています。マサカーが提示したNYの先鋭的なサウンドと、このバンドの実験性は深く共鳴しています。一方で、当初はメンバーの実験的な「音の遊び」や「ひまつぶし(killing time)」として活動が始まったことが、バンド名の直接的な意味合いともされています。卓越した技術を「無駄遣い」するかのような遊び心が、マサカーの持つ尖ったニュアンスと重なったのかもしれません。

Ⅲ. 結論:音響と肉体の遍歴

本稿で辿ってきた39枚のアルバムを改めて俯瞰すると、当初私が「オルタナティブ・ファンク」と仮説立てたパターンの正体が、より鮮明に浮かび上がってきます。それは単にアフリカン・ビート由来のファンクという一点だけではなく、同時に「サウンド・エフェクトの進化の歴史」でもあった、ということです。

この旅路の起点は、ビートルズがインド音楽やパンニングという未知の音響で「まだ見ぬ明日の不安」を描き出したことにあります。その知的な実験を、マイルス・デイヴィスがファンク・ビートという肉体の上に乗せ、即興ジャズの哲学的な空間をダンスフロアに接続しました。

そこからは、多様な枝分かれが始まります。デヴィッド・ボウイの妖しいペルソナ、ジェフ・ベックの指弾きが奏でる肉声のような、それでいてアーミングがどこか懐かしいカントリーの風情を漂わせるストラトキャスターの音色。ファンカブルな変拍子、泣きを帯びたジャズベース、屈折したシティポップとプログレッシヴ・ポップの交差点、そしてYMOが示したテクノロジーとポップの融合。ニューヨークから届いたサイケデリック・ファンクの衝撃や、V.S.O.P.クインテットに代表されるジャズ本流からのファンクへのアプローチ、オペラ座のごとき荘厳さからダンスフロアへと降り立ったクイーン。

そして80年代、物語はさらに加速します。シンフォニック・ロックの潮流から現れたプロデューサーが「オーケストラル・ヒット」を武器に表舞台へ躍り出ると、大手プログレッシヴ・ロックバンドを脱退したボーカリストは「ゲートリバーブの伝道師」となりました。かつて宮殿を描き、深紅の闇を支配したあの頑固なギタリストは、ギターによるガムラン音楽を編み出します。

やがてエスニックなビートを全身で体現するデヴィッド・バーンのくねくねダンスを経て、この壮大な流れは、日本の板倉文による緻密なアンサンブルへとたどり着き、奇しくもビートルズが始めたパンニングによる空間設計で、一つの円環を閉じるのです。

少なくとも私には、そのような壮大な歴史があったように思えるのです。

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