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③『「100分de名著」ブックス ニーチェ ツァラトゥストラ』西研(2012・NHK)/ 第2章 「神の死」から「超人」へ

超人とは

「神に代わる新たな人類の目標」(p.48)

神は死んだ

「神は死んだ」の初出は『ツァラトゥストラ』の前年に書かれた『悦ばしき知』という本のよう。

この本の中に「神は死んだ、神は死んだ」といって触れまわる男が登場し、「自分たちが神を殺した」という話に結んでいる。が、なぜそうしたのか(神を殺した)については語られていないのだそうですーーーん??
どういう状況??

どうして神は死んだのか。なぜ殺されたのか。
西先生(やその他の研究者の方々も?)がニーチェの思想を探索した結果、「キリスト教が人間の中に”誠実さ”を育て上げてしまったからだ」という繰り返し書き綴られていた1ピースにゆきつかれたようです。

キリスト教は「真実を語れ」と命令することで、嘘をつかずに真実を見つめる姿勢(=誠実さ)を人間の中に作り上げてしまった。そして、それが神そのものに向かっていったとき、あろうことか、神は人間がつくり出したものであることがわかってしまった、というわけです。

p.49
(;゚Д゚)!! 納得!!

この姿勢は科学的思考にもつながる。天体についての合理的秘密が明らかになるにつれ、教会が何と言おうがーーー

こういうことみたいですネ。
これもまた当然っちゃ当然ですが、しかし、現代における信仰の自由だってもちろん侵害されるべきではありません。
今は当時とは立場が逆転。ビバ、思想の多様性。

ニヒリズム

「神は死んだ」とは、直接的にはキリスト教の神を信じられなくなってゆくことのよう。これは同時にこれまで信じられてきたヨーロッパの価値観すべてが失われてしまい、人間が目標を見失ってしまうことと同義。

ニヒリズムとは何を意味するのかーーー至高の諸価値がその価値を剥奪されること。目標が欠けている。『何のために』の答えが欠けている。

ニーチェ『力への意志』§2

人びとが何を目指せばよいか、何のために生きているのかがわからなくなる状態をニヒリズムというようです。

これが正解だよ、みたいな雛形を失ってしまったら、自力でどーにかするしかない。自分の自分による自分のための雛形創造。それで超人なのね。これもまた納得です。
ニーチェの思想ってシンプルでわかりやすい。

末人

「憧れを持たず安楽を第一とする人」(p.55)

末人ってどんな人物像になるのか。
Google先生にプロファイリングしてみてもらいました。軸にビッグファイブを利用。

ニーチェが『ツァラトゥストラはこう言った』で描いた「末人(まつじん / Der letzte Mensch)」は、創造性を失い、安楽と平穏のみを追求する、軽蔑すべき存在として描かれています。 [1]
この末人の特徴を現代の心理学モデルであるビッグファイブ(五因子モデル)に当てはめると、以下のような極端なスコア構成になると予測されます。

末人のビッグファイブ予測プロファイル
開放性(Openness):極めて低い

末人は新しい価値の創造や未知への挑戦を拒み、既知の安楽な生活に固執します。「かつては狂気もあった」と過去を振り返るのみで、自分たちを更新しようとしないため、知的好奇心や創造性は最小限です。
誠実性(Conscientiousness):中〜高(ただし保守的・ルーチン的)
「昼には昼の、夜には夜のささやかな楽しみを持つ」という記述から、秩序だった生活や健康への配慮、衝突を避けるための規則遵守には長けていると考えられます。ただし、大きな目標に向かう自己規律ではなく、単なる「生活習慣の維持」としての誠実さです。
外向性(Extraversion):低〜中(同調的)
末人は「群れ」の中にいることを好み、孤独を耐えられません。活発なリーダーシップや自己主張としての外向性ではなく、他者と同じであることで安心を得る「同調的な社交性」に限定されます。
協調性(Agreeableness):極めて高い
「誰もが同じことを望み、誰もが同じである」という言葉通り、対立を極端に嫌います。末人の間では、隣人と仲良くすること(摩擦のない生活)が美徳とされるため、批判的思考や競争心は排除され、高い(盲目的な)協調性を示します。
神経症傾向(Neuroticism):低い(平穏への執着)
「我々は幸福を発明した」と称し、悩みや苦しみを取り除いた状態を理想とします。激しい情熱や不安、葛藤を「病気」や「罪」として遠ざけるため、見かけ上の精神的安定(鈍感さ、平穏)は高い状態にあります。

まとめ:末人の性格傾向
一言で言えば、「現状維持と安楽に特化した、極めて保守的で同調性の高い性格」です。

Google先生分析

ついでに超人も。

ニーチェの描く「超人(Übermensch)」は、末人とは対照的に、既存の価値観を破壊し、自ら新しい価値を創造し続ける「絶えざる自己克服」の存在です。
超人のビッグファイブを予測すると、「極めて高い開放性と、従来の枠組みに囚われない非同調性」が際立つ、非常にダイナミックなプロファイルになります。

超人のビッグファイブ予測プロファイル
開放性(Openness):極めて高い(測定不能なレベル)

「古い価値を破壊し、新しい価値を創造する」ことが本質です。既存の道徳、宗教、常識を疑い、常に未知の領域へ踏み出すため、知的好奇心と想像力は最大値を示します。
誠実性(Conscientiousness):高い(自己規律としての誠実さ)
世間の規則を守るという意味では低いですが、「自らに課した掟」を守るという点では極めて高い誠実性を持ちます。目的達成のための強靭な意志力と自己コントロール能力を兼ね備えています。
外向性(Extraversion):高(ただし独立的)
「運命愛(アモール・ファティ)」を体現し、生を肯定して力強く活動するエネルギーに満ちています。ただし、群れを嫌い「孤独」を愛するため、単なる社交性ではなく、世界に影響を与える「支配的・能動的なエネルギー」としての外向性が高いです。
協調性(Agreeableness):極めて低い
末人が「みんな同じ」を望むのに対し、超人は「他者との違い」を肯定します。既存の道徳(群れ道徳)に反抗し、時には他者との衝突を厭わずに自分の道を突き進むため、心理学的な「協調性」は非常に低くなります。
神経症傾向(Neuroticism):中〜低(強靭な精神)
深い孤独や「永劫回帰」という過酷な真理に直面するため、一時的な激しい葛藤や苦悩は経験します。しかし、それらすべてを「自分の糧」として笑い飛ばし、肯定する強さがあるため、情緒不安定に振り回されることはありません。

まとめ:超人の性格傾向
一言で言えば、「破壊的な創造性と、孤独に耐えうる強靭な自律心を持つカリスマ」です。

末人と超人の決定的な違い
末人は「痛みがないこと(安楽)」を幸福と考え、超人は「痛みすらも自分の力に変えること(成長)」を幸福と考えます。この姿勢の差が、特に「開放性」と「協調性」のスコアに真逆の結果として現れます。

ニヒリズムの対極は意欲し創造すること

高揚感と創造性の化身のような人、それが超人。

超人への三段階
①ラクダ
②獅子
③超人

ニーチェ先生はちょっと個性が尖りすぎてるところがあって「普通」の感覚からズレてるところも多々あったりするようです。
がしかし、天才とはいえニーチェ先生だって一人の人間。完璧じゃないんだなあと思いました。


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