サイケデロス・サーガ 第2話「カエルの王」【創作大賞2026|ライトノベル|ファンタジー小説】
異質な格好、異質な容姿。
アニメや映画でしか見たことのない、動物の顔をした亜人たち。
なぜこんな状況になっている――
心臓はまだ暴れ馬のように暴れ続けていた。
息が荒い。
肺が焼けるように痛む。
警棒を握ったまま、しばらく何もできなかった。
「……助かった、のか?」
掠れた声で呟くと、ユウがその場に座り込む。
「おいイサム……夢じゃないよな、これ」
蒼白な顔。いつもの軽口は影もない。
「くっそ……いてぇ……」
カジが肩を押さえ、呻き声を漏らす。
血が止まらない。
イサムは反射的に動いた。
ベルトを外し、スーツの袖を裂いて布を作る。
手が震えているのに、動きは妙に慣れていた。
「大丈夫だ。傷は深くない。止血できる」
布をきつく巻くと、カジが痛みに顔を歪めながらも笑った。
「……助かります、イサムさん……」
その時、頭上から影が落ちた。
「立て、人間」
低く湿った声。
見上げると――巨大なカエルの顔がこちらを見下ろしていた。
体格は人間より一回り大きく、分厚い皮膚に覆われた体躯。
周囲には獣耳や尻尾を持つ戦士たちが剣や槍を構えている。
「……な、なんだこいつら……」
ユウが呟く。
カエルの顔をした戦士――どうやらリーダーらしいそいつが淡々と言った。
「ここはシュラ国領だ。通行証を持たぬ人間が勝手に入れば、不法侵入として連行する」
「シュラ国?なんだそれ? 待ってくれ、俺たちは日本人で――」
ユウが言いかけた肩を、イサムは掴んで止めた。
……違う。
“連行”なんて穏やかな言葉を使っているが、こいつらの殺気は異常だ。
周囲の戦士は武器を下げていない。
そして、このカエル野郎からは明確な敵意が漂っている。
アルコールで鈍った頭を無理やり回転させる。
刑事として叩き込まれた基本だ。
状況を整理し、最速で最適解を出せ。

まず――この状況は明らかに異常だ。
巨大生物に襲われ、動物の顔をした亜人が武装している。
どれも現実ではあり得ない。非現実過ぎる。
可能性を一つずつ潰す。
夢?違う。痛みも匂いもリアルすぎる。
拉致されて海外?時間的に不可能。
ドッキリ番組?カジの傷は本物だ。
ならば……非現実だが
ここは俺たちの世界とは別の世界だと仮定する。
そう考えれば、全て説明がつく。
ならなぜ言葉が通じる。いやこれは今重要じゃない。
さっき“通行証”と言った。“人間の国”とも言った。
つまり、この世界には人間の国が存在し、俺たちは“別の国の人間”に見えている。
しかし、なぜ殺さない?
いや、殺せないのか。
俺たちの能力が未知数だから、警戒している。
“連行”は方便で、油断したところを殺すつもりかもしれない。
そして今、最優先すべきは――カジの治療だ。
見知らぬ環境で、俺たちが主張するよりも“保護される”方が生存率は高い。
……よし。
最適解は決まった。
イサムはユウの肩を掴んでから、わずか三秒で思考をまとめた。
そして、軽く咳払いする。
「すみません。俺たちは国を捨てて旅をしている者です。
シュラ国なら仕事があると聞いて……まさか国境を越えていたとは気づきませんでした」
ユウとカジは黙ってイサムを見つめる。
状況を理解したのだろう。
「ここがシュラ国なら、ぜひ働かせてほしい。
ただ……見ての通り怪我人がいます。
どうか保護していただけませんか?」
カエルの男は手を上げ、周囲の戦士たちが武器を下ろした。
「流れ者か。武器は持っていないのか?」
「さっきの戦闘で失くしました。残っているのはこれだけです」
イサムは警棒を見せる。
「よかろう。一度、国王様のもとへ連れていく」
カエル男から漂っていた殺気が、わずかに薄れた。
「ありがとうございます。本当に助かります」
イサムは警棒を縮めて腰に戻す。
「お前たちの命は、今のところ国王様次第だ」
俺たちは頷き、戦士たちに囲まれたまま森の奥へと進んだ。
******************
歩き出して1時間ぐらい経っただろうか。
俺は負傷しているカジに肩を貸しながら歩く。
森を抜ける道中、俺は必死に頭を働かせていた。
酒はもう完全に抜けた、頭はクリアだ。
――ここはどこだ?
あの怪物は何だったんだ?
そして、剣に槍、鉄の兜に鎧、
明らかに時代錯誤の武装をしているこいつらは……。
亜人達は、俺達を取り囲む形で距離を取って歩いている。
無駄がなく、非常に統率されているのが分かる。
ユウが小声で話しかけてくる。
「なぁイサム、何か考えあっての事だろ?聞かせろよ。」
先程俺が亜人達に話した内容の事だろう。
「もの凄い殺気を放っていただろう、ああでも言わないと殺されてたぞ」
「殺気?そうなのか?」
ユウは驚きながら話す。
「ん?いや、明らかに日本じゃ味わえない程の強い殺気だぞ」
「えっ?そうなのか、カジは感じたか?」
ユウはカジに聞く。
「俺も何も感じなかったすわ」
カジはさっきより顔色が良くなっている。
「俺達には感じなかったが、刑事の勘的なやつだろう」
ユウは関心しながら話す。保護された事で緊張が取れたんだろう。
「でもまぁ、イサムさんが改めて凄い事は分かりました。」
「てゆか、国を捨てて旅とか何とか言ってたけど、あれはなんだ?俺は手の込んだドッキリとコスプレだと思ったぞ」
ユウは食い込むように聞いて来る。
「俺も最初はドッキリや何かのコスプレか撮影と疑ったさ、でもな……奴等の身なりをよく見てみな」
ユウは首を横にして亜人達を見る。
「見たけど、普通に鎧みたいなの着ててコスプレっぽいが?」
「よく見て見ろ、剣にしろ槍にしろ刃こぼれしてるし、鎧も傷が所々ついてて、足の汚れや傷も作り物にしてはリアル過ぎるだろう」
「こわっ!お前あの一瞬でそこまで見てたの」
ユウは驚きながら聞く。
端的に俺の考えを伝えた。
ここが俺達が居た世界とは違う異世界だと仮定し
相手が話した国の成り立ちや関係値から、予想した事。
「イサムさんやっぱりモノホンなんすねっ」
カジは笑いながら言う。
「イサムの考えは当たってるかもな、だってカエルが喋ってる時点で現実じゃねぇよな」

そんな事を話してる内に森を抜けた。
「おい、見ろよ……」
ユウが呟く。
視界が開けた。
夜だが、月の明かりでハッキリと見える大草原。
前を歩くカエルのリーダーがこちらを振り向いた。
「……ここからもうしばらく歩く、これを渡しておこう」
ねっとりとした声のカエルは、人数分の瓶を渡してきた。
「これは?」
「水だ」
怖い顔して意外といいやつみたいだ。
森を抜け、平地を一時間ほど歩いた頃だ。前方に建物群が見えてきた。
普段から歩き慣れている俺でさえ、足が少し痛む。
石造りの家が並び、いかにも中世のような作りだ。
「なぁ、ここが国なのか?」ユウが言う。
国と聞いて中世の街を想像していたが、実際は“街”というより、とにかく広い村だ。
村を囲む柵は木製で簡素な作り。さっきのような怪物が来たら、ひとたまりもないだろう。
イサムは目を細める。
「広い村みたいだけど……真ん中に、山みたいなの見えないか?」
ユウも覗き込む。
「なんかあるけど、よく見えねぇな」
入口には武装した亜人が二人立っていた。
門番たちは俺たちを鋭く睨みつけている。武器を握る手に無駄がない。

カエルのリーダーが先に進み、門番と短く言葉を交わすと、俺たちは村の中へ入った。
中へ入って五分ほど歩くと、酒場らしき建物からガヤガヤと声が聞こえてきた。
夜だからか、人影は少ないが、生活の気配はある。
さらに五分ほど歩くと、視界が開けた。
中央に巨大な城と橋が見える。
木造と石造りが融合した高い城壁。王城だろうか。
中の兵が橋をゆっくりと降ろしている。
「まるで……RPGの街だな。」ユウが呟く。
誰も否定しなかった。
******************
王城は一際巨大だった。
厚い扉が開かれ、俺たちは玉座の間へと通された。
王座の左右には、ガタイの良い狼顔の亜人。そして参謀らしきカエル頭の亜人はフードを深く被っている。
豪奢なシャンデリア、赤い絨毯。
だが、どこか湿った匂いが鼻についた。
そして――玉座に座る巨大なカエル頭の男を見て、息を呑む。
こいつが国王だと、一目で分かった。
俺たちは兵士たちに跪かされる。
リーダーのカエルが王の前で跪き、経緯を説明した。
王は興味なさそうにグラスの中身を飲みながら、適当に相槌を打っている。
脂ぎった皮膚に金の王冠。ギラついた瞳が俺たちを舐め回すように見た。
「お前たち人間だが……その格好はなんだ?聖王国の者でもなさそうだな」
「俺たちは――」イサムが口を開くが、王は手で制した。
「まあよい。行く当てもないのだろう。今は虫の手も借りたい状況だ」
王は俺たちの事情を見透かしたように続ける。
「保護して欲しいのだろう。ここに留まりたいなら条件がある――家来として働け。拒めば追放だ」
後ろの兵士たちが武器を構えた。
追放。それは即ち死だ。
この王の態度からして、断ればその場で殺すつもりだろう。
「ふざけんな!」ユウが立ち上がる。
「ユウさん、やめてください!」カジが止める。
俺は二人の肩に手を置き、静かに制した。
「私の連れが無礼を。王よ、発言よろしいでしょうか」
王は不気味な笑みを浮かべ、上機嫌に答える。
「お前は礼儀を分かっておるな。許そう」
俺は立ち上がり、膝の汚れを払ってから頭を下げた。

「王が仰る通り、我々は聖王国の者ではありません。国を捨てて参りました」
頭の中で思考を巡らせる。
このまま従うだけでは立場が弱すぎる。
知らない世界で生き抜くには、ここで“価値”を示す必要がある。
顔を上げ、王の目を見据える。
「我々は聖王国を憎み、この国を目指しました。旅の途中で偉大なる王の噂を聞き、この国で働きたいと考えたのです」
「ほう。それでお主の国はどこじゃ。聖王国に何をされた」
「小さな村でございます。幼い頃、聖王国に親兄弟を連れて行かれました。それ以来、聖王国を憎んでおります」
王は満足そうに頷いた。
「お前、名は?」
「イサムと申します」
「よかろうイサム。気に入ったぞ。貴様らは家来ではなく仕事を振ってやる。せいぜい働け」
「寛大な処置、感謝いたします」
側近のフードを被ったカエルが王の耳元で囁き、王は頷く。
「ではイサムよ。仕事を振る前に、適正を計らせてもらうぞ」
王が指で合図すると、狼顔の亜人が奥の部屋へ向かった。
……どうやら最適解を出せたようだ。
俺は大きく息を吐き、わずかに肩の力を抜いた。
そして奥の部屋から、亜人ともう一人の姿が現れた。
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