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サイケデロス・サーガ 第3話「賢者アクア」【創作大賞2026|ライトノベル|ファンタジー小説】

「王よ、お呼びでしょうか」

奥から現れたのは、一人の人物だった。

視えない圧。空気が変わる。
殺気とは違う、言葉にできない異様な存在感。
背筋が凍り、思わず身構える。

「ホヒッ、賢者アクアよ」
王は上機嫌に紹介した。

アクアと呼ばれた人物はフードを被り、褐色の肌に銀色の髪を持つ、美しい女性だった。

兵士たちはざわつく。
「賢者アクア様だ……」
「今日も綺麗だな……」

「綺麗っすわ」カジが見惚れる。
「ふーん、綺麗じゃん」ユウも言う。

だが――
ユウもカジも、王も兵士たちも、
この女から発せられる“異様な圧”に気づいていない。

アクアの金色の瞳と目が合った瞬間、
彼女は驚いたように目を丸くし、きょとんと俺を見つめた。

王が言う。
「こいつら新人だ。仕事を振りたいから能力の検査を頼む」

アクアは微笑みながら近づき、俺の目の前に立つ。

「……分かりました。では研究室で検査いたします」

「ホヒッ、頼んだぞい、アクア殿」
王は側近を呼びつけ、楽しげに笑う。

「よし、終わったら花街に行くぞ。新しく入った生娘がいるらしい」
王と側近たちは下品に盛り上がっていた。

張り詰めていた空気がふっと消え、肩の力が抜ける。

アクアは静かに微笑んだ。
「あなたは……不思議な方ですね」

再び身構える俺に、アクアは優しく言う。
「安心してください。あなたたちに危害は加えません。
検査をしますので、まずは私の研究室へ」

アクアは歩き出し、俺たちはその後に続いた。

王城を出て歩くこと数分。
アクアの研究室は、この辺りの建物よりもずっと大きかった。
研究室というより、広めの家に近い。

入口にはフードを被った人物が一人立っていた。
門番だろうか、アクアの合図で家の扉の鍵を解除している。

扉を開けると、本や研究道具が山積みになっている。

「汚な……」
ユウが呟き、唖然としている。

「美人でズボラ……ギャップに俺萌えっすわ」
カジはキョロキョロしながら喜んで言う。

アクアは気にした様子もなく席に座り、俺たちに座るよう促した。

「ではまず自己紹介を。私はアクア。シュラ国で能力の指南役をしています。
あなた達の名前も聞いていいでしょうか」

俺たちは一人ずつ自己紹介を済ませた。

「では、まずは能力について説明します」
「あなた方は成人しているのに能力が開花していない。つまり、自分の力を知らない――そうですね?」

「ああ、成人してるどころか折り返し地点のオッサンだからな」
ユウとカジがウンウンと頷く。

「なるほど、やはり……」
アクアは何かを考えるように視線を落とした。

「やはり?」

アクアはコホンと咳払いし、話を仕切り直す。
「分かりやすく説明すると、器が作られているのに、中身のマナが空っぽなのです」

「器?マナ?」
聞き慣れない単語に思わず聞き返す。

「器とは、生まれた瞬間に大きさが決まる“マナの貯蔵庫”のようなもの。
マナは能力を使うためのエネルギーのことです」

「なるほど、なんだか本当に異世界転生みたいな話だな……」
俺が呟く。

「でも俺たち死んでないし、異世界に来ちゃった系だろ?」
ユウが言う。

「どっちにしても、俺たちがいた世界じゃないのは確かっすね」
カジは妙に声を張って続ける。

アクアは微笑み、説明を締めくくった。
「ここまでで、器とマナについては分かりましたね?」

三人とも無言で頷いた。

能力とか器とかマナとか、非現実的でにわか信じがたい。
しかし亜人に怪物、そしてこの状況が全てを物語っている。
――俺たちは本当に異世界にいるんだ。

「では、あなた方の力を見せてください」
アクアはそう言い、まずはカジの額に手を当てた。

カジのスキンヘッドが真っ赤になり、ゆでだこみたいになる。

「……なるほど」

「えっ、なんか結果聞くのドキドキするんですが」
カジは顔を赤くしながら言う。

「カジ、あなたは強化型の素質があります」

「僕はあなたを見てからずっと強化されてますよ」

アクアの手がピタリと止まり、冷たい目になる。
俺はカジの頭を軽くはたいた。

アクアは淡々と続ける。
「シュラ国の戦士の多くは強化型ですが……あなたの器は、その誰よりも倍以上の大きさです」

つくづくゲームみたいだ。カジは典型的な“身体強化系”なんだろう。

次にアクアはユウの額に触れた。
その瞬間、アクアの表情が変わる。驚き、そして念入りに触り直す。

一分ほどの沈黙の後、アクアは口を開いた。
「ユウ、あなたは変質系の能力……しかも“雷”の力を持ちます」

「変質系? 雷?」

「とても希少な資質です」

ユウが目を見開く。
「マジかよ! でも俺ゲーマーだから動くのは得意じゃねーぞ?」

「雷は身体を刺激し、強化します。攻撃にも転用できるはずです」

「はず?」
ユウが首を傾げる。

「ええ。雷は百年に一度現れるかどうかの希少な力。
かつて人間の国の勇者、そして最近では魔族を束ねた魔王も雷の力を持っていました」

「すげー! 能力ガチャSSR引いた感じか! 俺って強えってことだな!」
ユウがガッツポーズを取る。

勇者、魔族、魔王……聞き慣れた単語が並び、頭の中で整理が追いつかない。

「イサム、リラックスして目をつぶってください」

アクアが手を伸ばす。
額に触れた瞬間、冷たい感覚が脳を走った。

「ふふ……やっぱり。イサム、そのまま目を閉じていてください」
アクアはそう言い、俺の頭を掴むようにして指を当てる。
脳に電気が走るような感覚。

「もう目を開けていいですよ」

目を開くと、アクアが微笑んでいた。

「イサム……あなたの器は、異常なほど大きいです」

「マナの入れ物が大きいってことだよな」

アクアの表情が変わった。

「ですが……あなたにはマナが一切宿っていません」

胸がざわつく。

「……つまり、俺には何もできないってことか」

その言葉は思った以上に重く響いた。

だがアクアは微笑み、静かに告げた。
「いえ。マナが無いというのは、むしろ“特別”だと覚えておいてください」

「でも、マナが無ければ能力って使えないんだろ?」

アクアは一瞬だけ視線を逸らし、話を切った。
「検査は終わりました。今日は疲れたでしょう。
あなたたちに用意された家がありますので、案内します。休んでください」

アクアはそう言い、会話を遮った。

******************

俺は腕時計を見る。自動巻きの時計は壊れずに動いていた。
時間は深夜二時半を過ぎていた。

アクアの案内で
亜人の街の一角で、俺たちに部屋があてがわれた。
ベッドが三つあるだけの簡素な部屋だが、野宿よりはずっとマシだ。

カジとユウは疲れ果てたのか、ベッドに倒れ込むように眠った。

俺は部屋を出て、外の段差に腰を下ろした。
松明のオレンジ色がゆらめき、どこか懐かしいような温かさがあった。

スーツの内ポケットからタバコを取り出そうとしたとき、財布がポロリと落ちた。

「これは……」

折りたたみの財布を開くと、写真が入っていた。
去年、ショウ・カジ・ユウと四人でバーベキューをした時の写真だ。
ユウが肉をほおばり、ショウとカジが両サイドから俺を挟んで笑っている。

――ショウ。
今日は驚きの連続で考える余裕もなかったが、あいつはどうしているんだろう。

この世界に飛ばされたのは俺たち三人だけ。
今頃、同僚の子と一緒に俺たちが消えたことに驚いているだろう。
心配はかけたくないが……今はまず、この状況をどうにかしないといけない。

明日目覚めたら夢だった、なんてことは……ないな。

考えを整理したいが、今日は脳を使いすぎてもう回らない。

ため息を吐き、タバコに火をつける。

「剣に槍、能力……俺はただの刑事だぞ。こんな世界で、どう生きていくんだ」

独り言が零れた。

背後で扉が開く音がした。
振り返ると、ユウとカジが立っていた。

「お前が落ち込むタイプじゃねぇのは分かってるけどよ。考えすぎんな」
「大丈夫っすよ、イサムさん」

俺は二人に手に持つ財布の写真を見せる。

「おまっ……財布にこんなの入れてんのかよ」
「イサムさんはショウちゃんラブっすから」

カジの頭を軽くコツンと叩く。

俺は黙って二人にタバコを渡し、火をつけた。

知らない世界、知らない夜の街で。
俺たち三人のタバコの煙が、静かに宙を舞った。

******************

朝……カーテンもない部屋の天井を、しばらく眺めていた。

どうやら昨夜の出来事は夢じゃなかったらしい。

「本当に……異世界に来たんだな。」

独り言のように呟くと、薄暗い部屋の隅から声がした。

「だろ?俺もまだ信じられねーわ。」

ユウだ。ベッドの上で大の字になって、両手を頭の後ろに回しながら天井を睨んでいる。

「夢オチとかなら最高だったのになぁ……なぁカジ?」

「俺は生きてるだけで十分っすよ」

カジは椅子に座りながら傷口の布を取っている。
昨日より怪我が良くなったようだ。

昨夜、俺たちはあの化け物じみた大蛇に殺されかけて、王城に連行されて、カエルの王がいて、超能力みたいな異能の検査をした。

寝起きで体の気だるさと頭がまだ追いついていない。

俺は脱いだスーツの上着からタバコとジッポを取り出し、木で作られた窓を開ける。
窓を開けたら陽の光が部屋全体を差し込む。

口にタバコを咥えジッポの火を付ける。

「そういえばユウ、スマホ持ってたよな」

「ああ、ちょいまち。って…バッテリーがもう無いな」
「なんか気になる事でもあったのか?」

「いや、色々ありすぎたけど一旦整理しよう」

「そういう事か!イサムらしいな」

「俺達が今置かれている状況だが、まずここは俺達が居た世界じゃない。」

「それは分かる。まぁ異世界来ちゃった系なのは理解しているぞ」

「亜人に怪物に王様に能力。どれでも非現実の世界すぎるからな」

「それと昨日勇者とか魔王とかって、アクアたんが言ってたっすね。ありきたりのRPG用語っすよ」

「……まぁ、言葉だけ聞くとゲームだよな」
俺はタバコの煙を吐きながら答える。

「でもよ、勇者とか魔王とかって実在するって事だろ?なんかワクワクしねぇ?」
ユウは布団に寝転んだまま足をバタつかせている。

「ユウさん、昨日あんな化け物に追われてワクワクは無いっすよ」
カジは肩の包帯を巻き直しながら呆れた声を出す。

「いや、あれはあれとしてだな……雷の能力とか言われたら、ちょっとテンション上がるだろ普通」
「ゲーム脳すぎるんだよお前は」

「なあ、イサム。」
ユウは宙をフリックするような動作をしている。
「お決まりのさ、ステータスウィンドウとかないのか?ピコーン!能力が開放されました!的な。」

「こんな非現実が続けば俺も少し期待したんだがな」
煙を吐きながら返す。

「異世界モノって普通そういうのあるだろ!チート能力も女神の祝福もないのかー」

「ゲームじゃないのさ」

「イサムさんはどう思うんすか?」
カジがこちらを見る。

「どう思うって……」
俺は少し考えてから言う。

「勇者がいるなら、魔王もいる。魔王がいるなら、戦争もある。
つまり、この世界は“危険が前提”ってことだ」

ユウとカジが黙り込む。

「……まぁ、そりゃそうっすね」
「現実的だなぁイサムは」

「現実的に考えないと死ぬからな。昨日みたいに」

三人の間に、少しだけ重い沈黙が落ちた。

ユウがその空気を破るように言う。
「でもさ、イサムの“マナゼロ”って逆にチートなんじゃね?
なんか隠された力がドーン!みたいな」

「いや、アクアたんの言い方的に、あれ絶対なんかあるっすよね」
カジも乗っかる。

「……小説の主人公みたいのを期待するのは勝手だが、俺はただの刑事だ。
昨日だって、あの大蛇に殺されかけた」

「でもイサムさん、あの時めっちゃ冷静でしたよ。
俺らパニクってたのに、あんただけ判断してたっす」

「そうそう。あれは普通じゃねぇよ。
能力とか関係なく、イサムはイサムで強ぇんだよ」

「ん?……お前ら、気を遣ってんのか?」と笑いながら言う。

「おう。まぁ、死ぬ時は三人まとめてだ」
ユウが笑う。

「縁起でもねぇこと言うな」
俺は苦笑しながらタバコを靴底で踏み消した。

その時――

コン、コン。

扉がノックされた。

「おはよう、人間ども」

入ってきたのは、昨日見かけたカエルのリーダーだった。
昨日は暗くて分からなかったが、体格は引き締まり、腰には剣を下げている。

「宰相から伝言を預かった」

宰相――昨日、王の隣にいた側近のどちらかだろう。

「王が会議で遠征に出ることになった。お前たちは五日間の休息。六日後に王が仕事を割り振る。
それまでは自由だ」

「自由……って、街を出歩いてもいいってことか?」

俺が確認すると、カエルの隊長は短く頷いた。

「許可は出ている。ただし問題は起こすな。特に“奴隷区”には近づくな」

奴隷区――この国には奴隷制度があるということか。

「台所は自由に使え。衣類はその棚にある。サイズが合うものを着ろ」

昨日も思ったが、意外と親切な奴だ。

「それと……文無しだろう。これは俺からだ」

布袋を放り投げてくる。
じゃらりと金属音が響いた。

「これはここで使える通貨か」

「そうだ。自由に使え。
棚に数日分の食料はあるが、露店で買って調理するのもいいだろう」

「ありがとう――」

礼を言い終える前に、隊長は踵を返して去っていった。

「行っちまったな」ユウが言う。

「とりあえず着替えがあるみたいだから、外に行こうぜ」

俺たちは着替えることにした。

俺は破れたスーツの上着を諦め、シャツとベストはそのままに、棚からズボンと靴を選ぶ。
布の質感は粗いが丈夫そうだ。

カジは黒いTシャツに着替え、
ユウは「俺はこれでいい」と言って着替えなかった。

外に出る準備を終え、俺たちは扉の前に立った。

知らない世界で、初めての“自由時間”。

外からは、朝の喧騒と人々の声、獣の鳴き声、どこか香ばしい匂いが漂ってくる。

「よし……行くか」

俺が扉の取っ手に手をかけると、ユウとカジが並んで立った。

「異世界探索、第一日目っすね」
「変なトラブルだけは勘弁な」

苦笑しながら、俺は扉を押し開けた。

眩しい光と、見たことのない街の景色が広がる。

こうして――
俺たち三人の、異世界での最初の一日が始まった。

第四話へ続く


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