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サイケデロス・サーガ 第1話「居酒屋の夜、そして……」【創作大賞2026|ライトノベル|ファンタジー小説】

――雨が降っている。

だというのに、街は燃えていた。

焼け焦げた匂いと、濡れた石畳から立ち上る蒸気が、鼻を突く。

「みんな上手く非難したな……ああ、俺はこのまま死ぬんだろうな。」

体が、もう動かない。

握っていた警棒は手から滑り落ち、泥に沈む。

目の前には聖王国の兵士たち――精鋭部隊だろう。

鋭い槍の穂先が、無力な俺に向けられていた。

終わりだ。

そう思った、その瞬間。

――ゴオンッ!

大地を割るような雷鳴が轟いた。

目の前の兵士たちが、一瞬にして黒焦げとなり、次々と地に倒れ伏す。

「……」

何が起きた?理解が追いつかない。

そして。

「……やっと見つけたよ――父さん。」

ゆっくりと歩み寄ってきたのは、一人の男。

濡れた黒髪の隙間から覗く青い瞳が、燃え上がる炎を冷たく映し返していた。

その男は俺を見下ろしながら、静かに微笑んだ。

――魔王イチ。

俺は、そのとき初めて、自分がどれほど取り返しのつかない世界に足を踏み入れたのかを知った。

そして話は――1年前に遡る。

**********************

居酒屋。深夜だというのに店内はまだ賑やかだった。

テレビでは、アメリカでこれから皆既日食が始まると報じていて、
何人かの客が画面をのぞき込んでいる。

そんなニュースを横目に、ユウがグラスを揺らしながら言った。

「なぁイサム、お前さ……本気で一生独身でいくつもりなのか?」

「それにショウだってもういい歳だし、あいつがお前のこと好きなの、気づいてんだろ?」

「身内びいき抜きで言うけどさ。あんな美人で、しかもお前に懐いてて、刑事にまでなって追いかけてきた後輩が近くにいて……なんで恋愛にならねぇんだよ」

唐突にそんなことを言い出すのが、ユウらしい。

ユウは幼い頃にアメリカから日本へ来た幼馴染で、
青い瞳に金髪、整った顔立ちのくせに、酔うとやたら絡んでくる。
――いや、こいつは素面でもこんな調子だ。

「自分の妹だろ。よくそんなこと言えるな。ほっとけよ」
イサムは面倒くさそうに返し、ビールを一気に流し込んだ。

「ほっとけるかよ。お前もう三十七だぞ?
刑事で警部補って肩書きで婚活パーティー出たら、引く手あまただろ。なにやってんだよ」

「俺はそういうのいいんだよ」

「はーあ、もったいねぇ」

ユウはグラスを揺らしながら、少しだけ声を落とした。
「……お前さ、あの事件以来、人を近づけるのやめたんだろ?」

イサムは一瞬、グラスを持つ手を止めた。
「……そういう話はやめろ」

「でもさ、もう二十年近く経ってるんだぜ?いつまで自分を縛り続けるんだよ」

「俺は、自分が誰かを守れなかったってことを忘れたくないだけだ」

「だからって、恋愛まで諦めることないだろ」

「……ほっとけよ」

ユウは深く息を吐き、あきらめたように肩をすくめた。
「ちっ、わかったよ。お前の人生だしな」

隣でカジが、苦笑いしながら唐揚げを箸でつまんでいた。

スキンヘッドにサングラスという強面のくせに、
口を開けばいつも通りの穏やかな声だ。

「まあまあ、ユウさん。イサムさんはそういう人っすから」

歳は七つ下だが、俺とユウとは長い付き合いだ。
腐れ縁みたいなもので、見た目に反して一番空気を読む。

「カジ、お前も言えよ。こいつこのままじゃ孤独死だぞ?」

「いやぁ……俺、独身も悪くないと思いますけどね。気楽だし」

「……お前までイサム派かよ。」

くだらない会話。
だが、イサムにとってはこういう夜が心地良かった。

刑事として張り詰めた日々の中で、
肩の力を抜ける数少ない時間だ。

「そういやユウは?」
イサムが話題を変えるように言った。
「お前だって結婚とか考えてないのか?」

「俺?俺はまだまだゲームで食ってけるし。
結婚なんて縛りプレイだろ。」

「お前の方がよっぽど自由人だな。」

そんな時――。

「……あのさ。声大きいんだけど…」

ふいに、背後から声がした。

振り向くと、少し離れた個室から出てきたのは後輩のショウだった。
金色の髪に青い目、スーツ姿。
少しばつが悪そうに笑いながら、こちらのテーブルを指さす。

「ねぇお兄ぃ。私の名前、さっきから丸聞こえなんだけど。
変なこと吹き込むのやめてよね」
ショウは頬を赤らめながらも、ユウに鋭い視線を向けてきた。

「お、ショウか。奇遇だな。こっち来て飲んでけよ」
ユウが軽口を叩く。

「ショウちゃん、相変わらず綺麗だねぇ」
カジは立ち上がりイサムの隣の席を空け、空いてるユウの隣の席に座る。

「今、同僚と飲んでるの。だから無理」
そう言いながらも、ショウの視線はイサムに向いていた。

この子はショウ。
十歳下の幼馴染で、ユウの妹。
そして同じ刑事課の後輩だ。

「ねぇイサム。婦警の友達もいるんだから、ネクタイくらいちゃんと締めてよ」
ショウは当然のように近づき、イサムの胸元に手を伸ばす。

「おい、さんをつけろ。俺は一応上司なんだぞ。
それに、こんな時間まで女だけで飲んでないで早く帰れ。何時だと思ってる」

「……はい、できた」
ショウは満足げにネクタイを整えた。

――話聞いてないな、この子。

「もう遅いんだから、帰るときは本当に気をつけろよ」

「終わったら声かけるから、送ってね。イサム」

「……ちっ、仕方ねぇな。
でもこれ以上飲むなよ。上官命令だ」

「はーい、警部補どの」
ショウは敬礼して、個室へ戻っていった。

「……もう付き合っちゃえよ!」
ユウがグラスをテーブルに叩きつける。

「イサムさん、ユウさん……大変っす!」
カジが真剣な顔で身を乗り出した。

「どうした」
イサムとユウが同時に返す。

「ショウちゃんのツレ……めっちゃスタイル良いっす!!」

「……」
イサムは無言でカジの頭を軽く叩いた。

「どれどれ〜」
ユウがのぞき込もうとする。

「お前もよしなさい」

そんな他愛ないやり取りの最中、
テレビを見ていた客たちがざわつき始めた。

イサムがそちらへ目を向けた――

その瞬間だった。

轟音。

まるで世界そのものが破裂したかのような衝撃が店内を貫いた。

視界が白い閃光に弾け、全身が宙に浮く。

身体にマイナスGがかかり、
次の瞬間にはジェットコースターの急降下のようなプラスGが押し寄せる。

熱い。息ができない。誰かの悲鳴。

床も天井もわからない。

何が起きたのか理解する間もなく――

イサムの意識は、深い闇へと落ちていった。

**********************

冷たい風が、頬を撫でた。

鼻を刺すのは、湿った土と獣の匂い。

耳に届くのは、木々のざわめきと遠くで鳴く不気味な鳥の声。

足元の地面は柔らかく、まるで何か生き物の上に立っているかのような不快さがあった。

目をゆっくり開けると、そこは居酒屋ではなかった。

身体が重く酒がまだ残っている。どれぐらい寝ていたんだろうか。

状況整理が追いつかない中、周りを見渡す。

緑に覆われた大地。見たこともない巨大な木々が鬱蒼と茂り、遠くで異形の獣が咆哮を上げている。

空はどこまでも重く曇り、淡く光るひとつの月が雲間から覗いていた。

「……なんだ……これ」

――夢じゃない。

瞬時に、そう理解した。

重い身体を無理やりに起こし、身体は動くが気だるさ残る。

「ユウ!カジ!ショウ!」

イサムは周囲を見渡す。倒れ伏す二つの影が目に入った。

土を蹴って駆け寄り、肩を揺する。

「おい、起きろ!」

ユウがうめき声をあげ、ゆっくりと目を開ける。カジも呻きながら体を起こした。

「……ここ、どこだ……?」ユウが息を整えながら呟く。

「わからん……でも立て。とにかく、動けるか?」

二人が頷くのを確認した。

「なんだこれ、いったいどうなってるんだ」
ユウがゆっくり立ち上がりながら言った

「ここ、日本じゃないみたいみたいですね」
冷静にあたりの植物を観察するカジ。

周りを見渡すが人の気配を感じない「俺達三人だけのようだな」

イサムはスーツのポケットを探る。
だが、いつもそこにあるはずのスマホがない。「……スマホがねぇ」

代わりに出てきたのは、
メモ帳にペン、警棒、タバコ二箱、ジッポ、替え芯、そして財布だけだった。

「マジかよ……」思わず舌打ちが漏れる。

「スマホか?なら俺のはあるぞ」
ユウがポケットからスマホを取り出す。画面を点けるが、すぐに眉をひそめた。

「……圏外。アンテナ一本も立ってねぇ」

「そりゃそうだろうな……ここが日本ならの話だが」
イサムは深く息を吐き、タバコを一本取り出す。

火をつけると、ジッポの小さな炎が心許なく揺れた。
煙を肺に入れながら、周囲を警戒するように目を細める。

その横で――
「……うっ……ちょ、待っ……」ユウが口を押さえた。

「おい、大丈夫か?」

「……無理……酔いが……ぐっ……!」
次の瞬間、ユウは木の根元にしゃがみ込み、盛大に吐いた。

「お前……凄く飲んでたもんな……」
イサムは呆れながらも背中を軽く叩く。

「もっと優しくさすれよ……おぇぇぇ」

「まあ、しゃーねぇっすよ。俺もまだ頭ガンガンしますし」
カジが苦笑しながらユウの背中を支える。

イサムはタバコをくわえたまま、周囲を見渡した。

木々は高く、空は重く、獣の遠吠えが響く。

水の音もしない。風の匂いも乾いている。
「……まずは水だな。飲み物がねぇと死ぬ」

「でも、暗くて何も見えないっすよ」カジが周囲を見回す。

「明かりなら作れそうっす」
カジはポケットを探り、マルチツールと小さなオイル缶を取り出した。

「おおマルチツール、しかも高いのだな。カジ、それ持ってたのか」イサムが驚く。

「癖で……いつも持ち歩いてるんすよ」
カジは近くの木に歩み寄り、マルチツールの小さな刃を取り出す。

太めの枝を選び、力を込めて切り落とした。ザクッ、ザクッ――

静かな森に、刃が木を削る音が響く。
「これを……こうして……」

カジは枝の先端を指でほぐし、繊維をふわりと広げた。

その動きは妙に慣れていて、イサムは思わず眉を上げる。

次に、ポケットから小さなハンドタオルを取り出し、枝の先端へきゅっと巻きつけた。

「お前……そんなもんまで持ち歩いてんのか」
イサムが呆れ半分に言うと、

カジは「癖なんすよ」とだけ返し、別のサイドポケットを探る。

取り出したのは細い針金。
それでタオルを手際よく固定すると、最後にジッポオイルをたっぷり染み込ませた。
「イサムさん、火を」

イサムは無言でジッポを開き、火を近づける。

ボッ――枝の先端が炎を上げた。

暗闇の中に、ようやく人間の光が生まれる。
「……よし。これで少しは動けるな」

ユウはまだ青い顔をしながらも、立ち上がった。

「とりあえず水を探すぞ。どっかに川か池があるはずだ」
イサムは松明を持つカジとユウは後ろにつき、三人はゆっくりと、暗い森の奥へと歩き出した。

**********************

静かな夜の森を三人が歩く。
時折、遠くから獣の咆哮が響き、空気がわずかに震えた。

イサムは松明を掲げ、揺れる炎で足元を照らしながら進む。

なぁ、冷静に聞くんだけどさ……ここ、日本じゃないとしたら、どの辺りだと思う?」
ユウは吐いてスッキリしたのか、いつもの調子で口を開いた。

「色んな国に行きましたけど、こんな植物は見たことないっすね」
カジは周囲を観察しながら答える。

イサムはしばらく黙って森を見回し、低く言った。
「酒は残ってるが……眠ってた時間は長くないはずだ。
でも街中からこんなジャングルみたいな場所に移動するなら、数時間じゃ無理だろうな」

イサムはユウに松明を渡し、タバコを一本取り出す。
松明の火が揺れ、三人の影が歪む。

「とりあえず、状況整理は落ち着ける場所に着いてからだ」
イサムは前を向き、歩みを少し早めた。

少し歩くと、足元がわずかに揺れた。

小さな地震のような振動。

「おいおい、地震かよ」
ユウが慌ててイサムの肩を掴む。

空を見上げると、鳥たちが一斉に飛び立っていく。
どれも見たことのない形をしていた。

「なんか……見たことない鳥ばっかっすね」
カジが呟く。

次の瞬間、地響きが森を震わせた。
ドンドンドンドン――
何か巨大なものが木々をなぎ倒しながら近づいてくる。

「地震じゃない。……何か来るぞ」

低く唸るような声。
茂みが大きく揺れた。

そして――巨大な影が飛び出した。

「逃げるぞ!」
イサムはカジとユウの背中を押し、全力で駆け出した。

枝が頬を裂き、泥が跳ねる。
背後から迫る重い振動が、地面を通して伝わってくる。
どれだけ走ったのか分からない。
酒のせいで肺が焼けるように痛む。

「やべ……もう限界だ……」
ユウが足を止め、膝に手をつく。

「俺も……っす……」
カジも肩で息をしていた。

その瞬間――奴が現れた。
大蛇。

いや、大蛇と呼ぶにはあまりにも巨大で異形だった。

体は樹木より太く、黒光りする鱗が幾重にも重なっている。
頭部には二本の角。
黄色く濁った眼が、俺たちを嘲笑うように見下ろしていた。

そして――腐臭。
胃がひっくり返るような悪臭が鼻を突く。

「おいおい……嘘だろ……デカすぎんだろ……!」
イサムは反射的に警棒を抜き、構えた。

心臓が暴れ馬のように跳ね、手の汗でグリップが滑る。
刑事として何度も命のやり取りをしてきた。
だが――こんな相手は初めてだ。

「イサム、下がれ!」
ユウが叫び、松明を大蛇へ投げつける。

カジも石を投げ、注意を引こうとする。

だが――。
「ぐあっ!!」

鋭い牙がカジの肩を裂いた。
肉が裂ける鈍い音とともに、鮮血が飛び散る。

「カジッ!!」
イサムは渾身の力で警棒を振り下ろし、大蛇の頭を殴る。

鈍い感触――まるで効いていない。
「くそっ……効かねぇ……!」

大蛇がゆっくりと振り向き、

細い舌をチロチロと出し入れしながら、黄色い眼がイサムを捉える。
次の瞬間、鋭い牙が迫った。

――死ぬ。

そう思った、その時。

「下がれぇぇぇッ!!!」

耳をつんざく怒号。

同時に、数人の影が森の奥から飛び出した。
獣耳の男が大蛇の背より高く跳び上がり、空中で身体をひねりながら斧を振り下ろす。

刃が大蛇の片目を裂き、黒い血が飛び散った。
別の影――弓を構えた女が、凄まじい速度で矢を放つ。
矢は鱗の隙間に深く突き刺さり、大蛇が苦悶の声を上げる。

「グォォォォォッ!!」

大蛇は怒りと痛みに身をよじり、木々をなぎ倒しながら森の奥へと逃げていった。

イサムは息を切らしながら振り返る。
そして――目を疑った。

獣耳を持つ人間たちが、武装してこちらを囲んでいた。

その先頭に立つのは、カエルの顔を持つ異形の男。

「ほぅ……こんな所に人間か。珍しいな」

カエルの男は、喉の奥で低く笑った。

※続く

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