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社員を歯車扱いする会社で起きること―現場責任者として見た“静かな崩壊”―

私はこれまで、個別訪問、電話外交、ルートセールス、店舗販売、倉庫での在庫管理、配送業務、輸入事務、経理、総務、そして役員としての経営管理まで、さまざまな会社で、そしてさまざまな立場で会社というものを見てきました。

現場で汗を流す側の気持ちも分かる。
利益を追う経営側の苦しさも分かる。
その間で板挟みになる管理職の孤独も見て、味わってきました。

そんな長い会社人生の中で、私の中にずっと消えなかった違和感があります。

それは、「社員を歯車のように扱い始めた会社は、静かに壊れていく」
ということでした。

もちろん、会社は利益を出さなければ続きません。
理想論だけでは経営はできない。
綺麗事だけでは現場は回らない。
それも嫌というほど分かっています。

ですが私は、利益ばかりを優先し、人を消耗品のように扱い始めた組織が、少しずつ空気を失っていく場面を何度も見てきました。

最初は小さな変化です。
笑顔が減る。
会話が減る。
挑戦する人が減る。
そして次第に、「どうせ言っても無駄」そんな空気が職場に広がっていく。

私は現場責任者として、その変化を何度も見てきました。

特に苦しかったのは、人を守ろうとすると“甘い”と言われることでした。
社員が疲弊している。
このままでは危ない。
少し休ませた方がいい。
そう感じても、本社から求められるのは数字です。
売上。
利益。
効率化。
現場には現場の現実があります。

ですが、その苦しさは会議室にはなかなか届かない。
だから現場責任者は孤独です。

上からは数字を求められ、下からは悲鳴が上がる。
その間で、「人を守りたい」という気持ちを持つ人ほど苦しんでいく。
私はその姿をたくさん見てきました。
そして、自分自身もその一人でした。

私は昔から、自然を見ることや、生きものの感情を観察することが好きでした。
人間も自然の一部です。
安心すれば力を発揮する。
追い詰められれば弱っていく。

これは特別なことではありません。
それなのに会社では、時として人間が“数字”として扱われる。
私はそこに、ずっと強い違和感を持っていました。

このnoteでは、

  • なぜ会社は人を歯車扱いし始めるのか

  • 現場で実際に何が起きるのか

  • 数字は出ているのに組織が壊れていく理由

  • 人を守ろうとする管理職ほど孤立する現実

  • それでも「人を大事にする会社」が強い理由

について、私自身の経験をもとに、できるだけ分かりやすく書いていきます。

難しい経営論を書くつもりはありません。
現場で本当に起きていたこと。
そこで感じた違和感。
そして、長年働いた今だからこそ見えてきた「会社の本質」を、できるだけ具体的にお伝えしたいと思っています。

もし今、「この会社、何かおかしい」そう感じながら働いている人がいるなら、この先の内容はきっと他人事ではないと思います。

なぜ真面目な人ほど壊れていくのか。
なぜ利益を追うほど現場が荒れるのか。
なぜ“良い管理職”ほど孤立するのか。
その理由を、現場を見続けてきた立場から、できるだけ正直に書いていきます。


<「社員は歯車」という考え方はなぜ生まれるのか>

私は長年、現場と経営の両方を見てきました。
その中で強く感じたのは、会社というものは放っておくと、どうしても「人」より「数字」を優先しやすくなるということです。

もちろん、会社は利益を出さなければ続きません。
赤字が続けば給料も払えない。
取引先にも迷惑がかかる。
最悪の場合、会社そのものがなくなってしまう。

だから利益を考えること自体は悪いことではありません。

問題なのは、「利益を守るためなら、人は多少無理をしても仕方ない」という考えが少しずつ広がっていくことです。

そして怖いのは、多くの場合、それが悪意ではなく“慣れ”として進んでいくことです。

最初から「社員を苦しめてやろう」と考えている会社はほとんどありません。
ですが、売上目標、利益率、コスト削減、効率化など、数字を追い続けているうちに、人を見る感覚が少しずつ鈍っていく。

すると、いつの間にか社員が「一人の人間」ではなく、「人件費」や「労働力」として見られるようになります。

これは現場よりも、特に本社や上層部で起こりやすいと感じていました。
なぜなら、現場では毎日、人の表情を見るからです。

疲れている顔。
無理をして笑っている顔。
限界が近い顔。
現場にいると、そういう小さな変化が自然と目に入ります。

ですが、本社は数字を見ることが多い。
会議で並ぶのは、「売上はどうか」、 「利益率はどうか」、 「人件費は高くないか」という数字です。

もちろん、それも経営には必要です。
ただ、数字ばかり見続けると、人の感情や空気感が見えにくくなる。

そして次第に、「人が辞めたらまた採ればいい」、
「多少厳しくしないと利益は出ない」という考えが当たり前になっていく。私はこれを何度も見てきました。

特に危険だと感じるのは、「効率化」という言葉が強くなりすぎる時です。

効率化そのものは悪ではありません。
無駄を減らすことは大切です。

ですが、人間は機械ではありません。
疲れることもある。
落ち込むこともある。
家庭の事情を抱えることもある。
それなのに、効率だけを求め続けると、人は徐々に追い詰められていきます。

現場ではギリギリの人数で回すことが当たり前になる。
一人にかかる負担が増える。
誰かが休むと職場全体が回らなくなる。
すると職場から余裕がなくなります。
余裕がなくなると、人は優しくなれません。
ミスが増える。
空気が悪くなる。
教える余裕もなくなる。
新人が育たない。
そしてまた人が辞める。
この悪循環が始まります。

しかし、こういう変化は数字にはすぐ出ません。だから本社は気づきにくい。
むしろ、短期的には利益が改善して見えることすらあります。

人件費を削った。
少人数で回した。
その結果、一時的に数字が良くなる。
すると、「このやり方は正しい」と勘違いしてしまう。

ですが実際には、現場では少しずつ人の心が壊れていっているのです。

私は、「社員を歯車扱いする会社」というのは、社員を怒鳴る会社だけではないと思っています。

一番怖いのは、“人を見なくなる会社”です。

笑っているのか。
苦しんでいないか。
無理をしていないか。
そこに関心がなくなった時、組織は静かに壊れ始める。

私は長年の経験の中で、そう感じるようになりました。

私は毎朝スタッフより早く出社し、出勤してくるスタッフ一人一人の表情をチェックしていました。
後任にも同じように指導しています。

このことは現場責任者の一番大事な仕事の一つだと考えています。
記事にもしていますので、よかったらご覧ください。

<現場で実際に起きていたこと>

社員を歯車のように扱う考え方は、会議室の中だけで終わる話ではありません。
その影響は、必ず現場に出ます。

しかも多くの場合、それは突然崩壊するのではなく、静かに、ゆっくり進んでいきます。

最初は本当に小さな変化です。

以前は笑い声があった職場なのに、いつの間にか笑顔が減る。
休憩中もみんな疲れた顔をしている。
「大丈夫です」と言いながら、目がまったく大丈夫ではない。
現場責任者をしていると、そういう空気の変化が嫌でも見えてきます。

特に、真面目な人ほど危ない。
責任感の強い人ほど、「迷惑をかけたくない」、「自分が頑張ればいい」と無理をします。

会社側から見ると、そういう人は“優秀”に見えるかもしれません。
文句を言わない。
頼めばやってくれる。
残業も断らない。

ですが、本当は一番危険な状態です。

人は限界を超えると、ある日突然動けなくなります。
昨日まで普通に働いていた人が、急に来られなくなる。
連絡が取れなくなる。
笑わなくなる。
私はそういう場面を何度も見てきました。

そして、そうなってから周囲が慌てるのです。
「もっと早く相談してくれればよかったのに」そう言う人もいます。
ですが、本当に苦しい時ほど、人は相談できなくなるものです。

特に、「弱音を吐きにくい職場」ではなおさらです。

社員を歯車扱いする会社には、共通した空気があります。
それは、「代わりはいくらでもいる」という空気です。

直接口に出さなくても、社員は敏感に感じ取ります。

すると、人は心を閉じます。
会社のために頑張ろうと思えなくなる。
挑戦しなくなる。
余計なことを言わなくなる。
最低限のことだけをやるようになる。

これが続くと、職場から活気が消えていきます。

私は、離職の原因は給料だけではないと思っています。

もちろん生活は大事です。
ですが、本当に人が辞めたくなる時というのは、
「ここでは人として大事にされていない」、そう感じた時です。

どれだけ頑張っても感謝されない。
苦しさを理解してもらえない。
数字しか見られていない。

そういう状態が積み重なると、人の心は少しずつ離れていきます。

そして怖いのは、辞める人だけではありません。
残った人も壊れていくことです。

人が辞めると、仕事は残された人に回ります。
すると負担が増える。
さらに余裕がなくなる。
また人が辞める。
この繰り返しです。

現場はいつもギリギリ、誰か一人休むだけで回らない。
新人を育てる余裕もない。
ミスをカバーする力もない。

そんな状態でも、本社からは数字だけが降りてくる。

私は何度も、「このままでは危ない」と感じていました。
ですが、現場の苦しさというのは、数字には表れにくい。

売上が出ている間は、「問題ない」と判断されてしまうことも多いのです。
しかし現場では、確実に人が疲弊している。

私は、職場というのは“空気”がとても大事だと思っています。

人を責める空気。
失敗を許さない空気。
相談しにくい空気。
そういうものが広がると、人はどんどん萎縮していきます。

逆に、安心して話せる職場では、人は力を発揮しやすくなる。
これは理屈だけではありません。

私は現場で、実際に何度も見てきました。
だからこそ、「人を大事にする」というのは、単なる綺麗事ではないと思っています。

人を雑に扱えば、職場は必ず荒れていく。

そして最後には、その影響は会社全体に返ってくる。
私は長年の経験の中で、それを痛いほど感じてきました。

<数字は出ているのに崩壊していく会社>

会社というものは、不思議なところがあります。

現場では明らかに無理が起きている。
社員は疲れ切っている。
空気も悪くなっている。
それなのに、数字だけを見ると「順調」に見えることがあるのです。

私はこれを何度も見てきました。
むしろ危険なのは、“少し業績が良い時”かもしれません。

なぜなら、数字が出ている間は、問題が見えにくくなるからです。

例えば、人件費を削る。
少ない人数で現場を回す。
一人あたりの仕事量を増やす。
すると短期的には利益が出やすくなります。

経営側から見ると、「効率化に成功した」ように見える。
ですが現場では、その裏側で人が無理をしています。

昼休みを削る。
残業が増える。
休日も頭から仕事が離れない。
そんな状態でも、真面目な人ほど頑張ってしまう。

だから数字だけ見ると、しばらくは会社がうまく回っているように見えるのです。

ですが、その状態は長く続きません。
人には限界があります。

機械なら無理をさせても壊れた部品を交換すれば済むかもしれません。
ですが人間はそうはいきません。

心が疲れる。
やる気がなくなる。
感情がすり減る。
すると職場の空気が変わり始めます。

以前なら助け合っていた人たちが、余裕を失っていく。
小さなミスでイライラする。
教え方がきつくなる。
新人が萎縮する。
すると新人が育たない。
育たないから、さらに現場の負担が増える。

この悪循環が始まります。

特に怖いのは、ベテラン社員が辞める時です。

長年現場を支えてきた人というのは、単なる労働力ではありません。
経験があります。
勘があります。
空気を読む力があります。
新人のフォローもできる。
トラブルにも冷静に対応できる。

つまり、“見えない部分”で職場を支えているのです。

ですが、社員を歯車扱いする会社ほど、その価値を軽く見ます。
「辞めても代わりを入れればいい」そう考えてしまう。

しかし実際には、人はそんな簡単に代わりません。
一人のベテランが辞めただけで、現場のバランスが崩れることは珍しくありません。

私は、ベテラン社員が辞めた瞬間に職場の空気が変わる場面を何度も見てきました。
それまでギリギリ保っていたものが、一気に崩れ始めるのです。

そして会社は慌てる。
ですが、その時にはもう遅いことも多い。

人が辞め始める会社には、共通点があります。
それは、「みんなが疲れているのに、それを口にできない」という状態です。

表面上は回っている。数字も出ている。
でも実際には、現場は“無理”で支えられている。

私はこれを今風に言うと、「静かな崩壊」だと思っています。

外から見ると普通に見える。
しかし内部では、少しずつ壊れている。

そして本当に怖いのは、こういう会社ほど、“危機感が薄い”ことです。

数字が出ている間は、「問題ない」、「まだ大丈夫」と思ってしまう。
ですが、人の心は数字より先に壊れます。

そして、人が壊れ始めると、後から立て直すのはとても難しい。

私は長年の経験の中で、「利益だけを追い続ける会社は、最後に大きな代償を払う」という場面をたくさん見てきました。

もちろん利益は大事です。
ですが、本当に長く続く会社というのは、“人が安心して働ける土台”を大事にしています。

人が定着する。
教える文化がある。
助け合う空気がある。
そういう会社は、派手さはなくても強い。

逆に、人を消耗品のように扱う会社は、一時的に伸びても長続きしにくい。
なぜなら、会社を支えているのは結局「人」だからです。

私は現場を通して、そのことを何度も実感してきました。
松下幸之助の言葉に「企業は人なり」というものがあります。
松下幸之助の名言集の記事もよかったらご覧ください。

<人を守ろうとする管理職ほど孤立する>

私は長年、現場責任者として働く中で、何度も強い無力感を味わってきました。

現場では、社員たちが疲れている。
このままでは危ない、少し休ませた方がいい。
これ以上負担を増やしたら、人が壊れる。

そう感じる場面が何度もありました。
ですが、その一方で、本社からは数字を求められる。

売上。利益。効率。コスト削減。

もちろん会社として利益を考えるのは当然です。
私も経営に携わってきたので、その苦しさは分かります。

ですが、現場には現場の現実があります。
会議室の数字だけでは見えないものがある。

社員の疲れた顔。
無理に笑っている姿。
ギリギリで踏ん張っている空気。
そういうものを毎日見ていると、「これ以上は危ない」と感じるようになるのです。

私は、「社員の幸せなくして会社の繁栄はない」という考えを持っていました。
だからこそ、現場を守ろうとしました。

無理なやり方には疑問を持ち、社員の負担を減らそうとし、できるだけ安心して働ける環境を作ろうとしました。

ですが、そういう考え方は、時に組織の中で煙たがられます。
「甘い」、「経営感覚が足りない」、「もっと厳しくしないと利益は出ない」、そんな空気を感じることもありました。

私はその時、強く感じたのです。
人を守ろうとする管理職ほど、孤立しやすいのだと。

特に中間管理職は苦しい立場です。
上からは数字を求められる。下からは悲鳴が上がる。

ですが、その両方を背負うのが管理職です。

本社には、「現場はまだやれる」、「もっと効率化できる」と言われる。
一方、現場では、「もう限界です」、「人が足りません」という声が出る。
その間で、板挟みになる。

私は何度も、「自分は何を守ればいいのだろう」と考えました。
会社なのか、数字なのか、現場なのか、社員なのか。

もちろん全部守れれば理想です。
ですが現実には、両立できない場面もあります。

その時、人を大事にしようとする管理職ほど苦しくなる。
なぜなら、現場の痛みが見えてしまうからです。

数字だけを見ていれば割り切れるかもしれない。
ですが、毎日顔を合わせている社員が疲弊していく姿を見ると、簡単には割り切れません。

特に責任感の強い人ほど、自分を責めます。
「もっと自分が頑張れば」、「自分の力不足だ」、そう考えてしまう。

ですが今振り返ると、思うことがあります。
管理職一人で会社の構造を変えることには限界があるのです。

現場責任者というのは、本当に多くのものを背負います。
売上責任、人間関係、クレーム対応、人材育成、トラブル処理。

しかも、自分自身の感情は後回しになりやすい。
だから管理職ほど、気づかないうちに心が疲れていくのです。

私は、真面目で優しい人ほど管理職で苦しみやすいと感じています。
なぜなら、人の痛みを感じてしまうからです。

「会社だから仕方ない」、その一言では割り切れません。
だから悩む。だから苦しくなる。

ですが私は、それは弱さではないと思っています。
むしろ、人として自然な感覚です。

人を数字だけで見ない、働く人の感情を見る、苦しさに気づこうとする。
本来、組織に必要なのはそういう感覚のはずです。

ですが、利益ばかりを追う組織では、そういう人ほど消耗しやすい。

私は長年の経験の中で、その現実を何度も見てきました。
そして同時に思うのです。

「もし現場で苦しんでいる管理職がいるなら、自分を責めすぎないでほしい」、と。

あなた一人が悪いわけではない。
人を守ろうとして悩むこと自体、決して無意味ではない。

私は今でも、そう思っています。

<社員を大切にする会社は何が違うのか>

私はこれまで、さまざまな会社や現場を見てきました。

その中で強く感じたのは、長く安定して続く会社には共通点があるということです。
それは、「人を大切にしている」ということでした。

ここでいう「人を大切にする」というのは、ただ優しいだけという意味ではありません。
なんでも許す、厳しいことを言わない、好き勝手させる、そういう話ではないのです。

本当に人を大切にしている会社というのは、“人を一人の人間として見ている”会社です。

疲れていないか、無理をしていないか、 困っていないか、そういう部分に自然と目が向いている。

私は、そういう会社ほど現場の空気が違うと感じていました。

例えば、社員同士の会話が自然です。
困っている人がいると、誰かが声をかける。
 新人が失敗しても、頭ごなしに否定しない。
 忙しくても、どこかに助け合いがある。

もちろん、どんな会社にも問題はあります。
人間同士ですから、意見の違いもある。
 トラブルも起きる。
ですが、人を大切にする会社には、“安心感”があります。

この安心感は、とても大事です。

人は安心できる場所でないと、本当の力を発揮できません。
いつ怒られるか分からない、失敗したら責められる、 数字だけで評価される、そういう環境では、人は守りに入ります。

余計なことを言わなくなる。
挑戦しなくなる。
自分の意見を出さなくなる。

ですが、安心して働ける職場では、人は自然と前向きになります。

私は長年、人材育成にも関わってきました。
その中で感じたのは、人は「育てよう」とするより、「育ちやすい環境」を作る方が大事だということです。

怒鳴っても、人は本当の意味では育ちません。
一時的に動くことはあるかもしれません。
ですが、それは恐怖で動いているだけです。

恐怖で動く組織は、長続きしません。
人を大切にする会社は、「安心」と「責任」のバランスがあります。

ただ甘やかすのではない、きちんと責任も求める、ですがその土台に信頼関係がある。
だから厳しいことも伝わるのです。

私は、「人を大切にする」というのは、実は非常に合理的な経営だと思っています。
なぜなら、人が定着するからです。

離職が少ない会社は強い。
長く働く人が増えると、経験が蓄積されます。

教える文化も育つ、現場も安定する、お客様との信頼も深まる。
すると結果的に、会社全体が強くなっていく。

逆に、人を使い捨てる会社は、いつまでも同じ問題を繰り返します。
人が辞める。
 新人が入る。
 育つ前に辞める。
 また人が足りなくなる。
その繰り返しです。

一見すると、人を厳しく使った方が効率的に見えることがあります。
ですが長い目で見ると、そのやり方は非常に効率が悪い。

私は現場で、それを何度も見てきました。

そしてもう一つ感じるのは、人を大切にする会社には、“余裕”があるということです。
この余裕というのは、お金だけではありません。

人を見る余裕、話を聞く余裕、待つ余裕。
それがある会社は、空気が柔らかい。
社員もギスギスしていない。

私は、職場の空気というのは経営そのものだと思っています。

どれだけ立派な理念を掲げても、現場が疲れ切っていたら意味がない。
逆に、社員が安心して働ける会社は、外から見ても雰囲気が違います。

お客様にも伝わる、取引先にも伝わる。
人を大切にする会社というのは、結局、人から選ばれる会社になるのです。

私は長年働く中で、「社員の幸せなくして会社の繁栄はない」という考えを持ち続けてきました。

もちろん、現実は簡単ではありません。
利益も必要です。
 厳しい判断も必要です。
ですが、それでも私は思います。

人を犠牲にし続ける会社は、いつか必ず無理が来る。

逆に、人を大切にできる会社は、時間はかかっても強くなる。

私は現場を通して、そのことを何度も実感してきました。
スタッフの元気な笑顔がいかに大切か、記事にも書いています。

<それでも私は「人」を大事にしたかった>

私は長年働く中で、何度も悩みました。
利益を優先するべきなのか。
 現場を守るべきなのか。
 会社の方針に従うべきなのか。

経営に携わる立場になればなるほど、その苦しさは増えていきました。

会社を続けるには利益が必要です。
それはよく分かっています。
理想論だけでは経営はできません。

ですが私は、どれだけ時代が変わっても、「人を大切にしない組織は長続きしない」という思いを捨てることができませんでした。
なぜなら、現場でたくさんの人を見てきたからです。

頑張りすぎて壊れていく人。
 責任感だけで無理を続ける人。
 笑わなくなっていく人。

私はそういう姿を見るたびに、「会社とは何なのだろう」と考えていました。
もちろん、社員全員を完璧に守れるわけではありません。
理想通りにいかないこともたくさんあります。
現実には、厳しい判断をしなければならない場面もある。

ですが、それでも私は、“人を数字だけで見たくない”そう思っていました。
人にはそれぞれ事情があります。

家庭のこと、健康のこと、性格のこと、人生そのもの。
同じ言葉をかけても、元気になる人もいれば、深く傷つく人もいる。

だから私は、できるだけ相手を見るようにしてきました。
現場では、数字だけでは見えないものがたくさんあるからです。

私は昔から、自然を見ることが好きでした。
木や草や鳥を見ていると、人間も同じ生きものなのだと感じます。

無理をすれば弱る、安心すれば落ち着く、環境によって大きく変わる。
これは人も同じです。

良い環境では、人は自然と伸びていく。
逆に、追い詰められ続けると、本来の力を失っていく。

私は現場で、それを何度も見てきました。

だからこそ、人を育てるというのは、「押しつけること」ではないと思っています。
その人が安心して力を出せる環境を作ること。
それが本当に大切なのではないか。
私はそう考えていました。

ですが現実には、そういう考え方は時に“甘い”と思われます。
「もっと厳しくしろ」、「もっと効率を上げろ」、「もっと数字を見ろ」
そういう空気に押されることもありました。

そのたびに、私は迷いました。
「自分の考えは間違っているのか?」
 「もっと割り切った方がいいのか?」

ですが最後まで、完全には割り切れませんでした。
私は、人が苦しんでいる姿を見て、「仕方ない」の一言で済ませることができなかったのです。

今振り返ると、不器用だったのかもしれません。
もっと上手く立ち回れたのかもしれない。

ですが、それでも私は、「人を大事にしたい」という思いを持ち続けてよかったと思っています。
なぜなら、最後に人の心に残るのは、数字ではないからです。

「あの時、話を聞いてくれた」、 「助けてもらった」、 「自分を見てくれていた」そういう記憶です。

会社は利益だけでは成り立ちません。
そこには、働く人の感情があります。
喜びもある、不安もある、悔しさもある。

だから私は、経営とは「人を見ること」でもあると思っています。

もし今、現場で苦しんでいる人がいるなら、どうか自分を追い込みすぎないでほしい。

真面目な人ほど、自分だけで抱え込んでしまいます。
ですが、人は機械ではありません。
休むことも必要です。
 逃げることが必要な時もある。
 環境を変えることが必要な場合もある。
会社のために、自分の人生まで壊してしまってはいけない。

私は長年働いた今だからこそ、そう強く思います。

そしてもし、この文章を読んで、「自分だけじゃなかったんだ」そう感じてくれる人が一人でもいたなら、私はこの経験を書いてよかったと思っています。

<会社は利益だけでは続かない>

 ここまで、私が長年現場と経営の両方に関わる中で感じてきたことを書いてきました。

もしかすると、中には耳の痛い内容もあったかもしれません。

ですが、これは誰かを責めたいわけではありません。

私自身、経営に携わる立場として、利益を出す難しさも知っています。
理想だけでは会社は続かない。
 綺麗事だけでは現場は回らない。
それも現実です。

だから私は、「利益を考えるな」と言いたいわけではありません。
ただ、人を置き去りにした利益追求には限界がある。

それを長年の経験の中で強く感じてきました。
会社というのは、建物でもなければ、数字だけでもありません。

そこには毎日働いている人がいます。
朝、重い体で出勤する人、不安を抱えながら働いている人、誰にも言えずに悩んでいる人。

そういう一人ひとりの支えによって、会社は動いています。

ですが、利益ばかりを追い続けると、その大切な部分が見えなくなってしまうことがあります。
人は機械ではありません。
無理をし続ければ壊れる。
 安心を失えば力を出せなくなる。

それなのに「まだ頑張れる」、「代わりはいる」と考え続ければ、組織は少しずつ疲弊していきます。

しかも怖いのは、その崩れ方がとても静かなことです。

突然会社が倒れるわけではありません。
まず、職場から笑顔が減る、会話が減る、挑戦する人が減る。

そして、気づいた時には、人が定着しない会社になっている。

私は、そういう場面を何度も見てきました。

逆に、人を大切にしている会社には独特の空気があります。
完璧ではなくても、どこか温かい、困っている人に声をかける人がいる、新人を育てようとする人がいる、現場に安心感がある。
そういう会社は、結果として長く続いていく。

私はそう感じています。

「社員の幸せなくして会社の繁栄はない」

この考えは、もしかすると綺麗事に聞こえるかもしれません。
ですが私は、決して理想論だけではないと思っています。

人が安心して働ける会社は強い。
人が定着する。
 経験が積み重なる。
 信頼が育つ。
それは結局、会社の力になります。

もちろん現実は簡単ではありません。
経営には厳しい判断も必要です。

ですが、それでも最後に会社を支えるのは“人”です。

だからこそ私は、働く人の感情を軽く見てはいけないと思っています。

私はもう現役を引退しました。
ですが、長年現場を見てきたからこそ、今伝えたいことがあります。

もし今、苦しい環境の中で働いている人がいるなら、自分の心を後回しにしすぎないでほしい。

真面目な人ほど、頑張りすぎます。
ですが、会社のために人生まで壊してしまう必要はありません。

あなたの人生は、会社だけのものではないからです。

そして、もし経営や管理をする立場の人が読んでいるなら、どうか数字だけでなく、「人」を見てほしい。

職場の空気。
 社員の表情。
 小さな違和感。
そういうものの中に、組織の未来は表れます。

最後に、この文章が、どこかで悩みながら働いている誰かの心を少しでも軽くできたなら、これほど嬉しいことはありません。
長い文章を読んでいただき、本当にありがとうございました。
スキ・フォロー・チップを頂けると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。

“静かなシリーズ”の記事も併せてご覧ください。

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