🏰12. お嬢様のやらかし
アパートのドアが開いた瞬間──
テキパキの顔が、ぴしっと固まった。
「お嬢様ァァァァァ!!
これは何事ですかぁー!?」
床一面には洋服とダンボール。
キッチンのシンクには使った食器の山。
先日、テキパキとシレットが整えた部屋は、
あっという間に元通りの惨状へ戻っていた。
「こんな状態で、暮らせるわけないでしょ!」
「……その……気を抜いたら、こうなってしまいましたの……」
お嬢様は、申し訳なさそうに
小さく肩をすくめる。
一方で、シレットは何も言わず動き出す。
本は背表紙を揃えて棚へ。
書類は種類ごとにまとめてクリップ。
靴下は静かにペアへ戻されていく。
音もなく、しかし恐ろしい速さで、部屋の秩序が戻っていく。
「シレット、ダメよ!やりすぎ!」
テキパキが制する。
「全部やってあげたら意味がないでしょ。
お嬢様ができるようにならないと」
シレットは、ぴたりと手を止めた。
テキパキはやわらかく続ける。
「お嬢様、片付けはね、いっぺんにやらなくていいんです。完璧にやろうとすると、心が疲れてしまいますから」
「今日は“床だけ”にしましょう」
こくりと、うなずく。
「分ける言葉は三つ。
『洗濯する』『戻す』『迷ったもの』」
「迷ったものは、どうすれば……?」
「とりあえず一箇所にまとめておきます。
捨てる、譲るなど、今日は決めません」
「……分ける、だけ……」
「ええ。今日はそれだけで十分です」
その間、シレットは背後で最小限だけ動く。
ゴミを拾い、ダンボールをまとめ、シンクを空にする。

キッチンは、またたく間に鏡面のような
輝きを放っている。
テキパキはすかさず肩に手を置いた。
「シレット、やりすぎ!あなたは速すぎるのよ」
シレットはわずかに頭を下げる。
その様子に、屋敷での二人を思い出し、
思わずクスッと笑ってしまった。
一時間後。
部屋は見違えるほど整っていた。
「……床が見えるだけで、こんなに違うのね」
「ええ!床はね、部屋の“基準”なんです!」
「基準……?」
「そうです!床が見えると、ここを歩ける、ここが使える、って分かるでしょう?」
「テーブルの上が散らかっていても、
棚が片付いていなくても、
足元が見えていれば、部屋は生き返るんです」
「だからまずは床だけ。それで十分」
シレットは静かにうなずいた。
「これが、床リセットです」
「まずは床だけでいいのね、
これなら、わたくしにもできそうですわ」
お嬢様の顔が、ぱっと明るくなった。
「ただ……、他のところはどうすれば……?」
一瞬の間。
テキパキは胸に手を当て、何かを決意したようにうなずく。
「わかりました。元・専属メイドとして──
お嬢様が自分の力で暮らしていける日まで、
わたくし達、見守らせていただきます」
「まぁ……心強いですわ」
思わず、声が弾む。部屋の空気が微かに明るくなった、その時。
シレットは靴のかかとを整え、短く言った。
「……隣、借りました。すぐ来ますので」
お嬢様は目が点になる。
「……え?」
テキパキも同じく
「……え?」
顔を見合わせた二人は思わず吹き出してしまった。
扉が閉まる。
アパートは、少しだけ静かになった。
けれど、いつもと同じ部屋の片隅に光が差していた。
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