見出し画像

🍳01.お嬢様は値段がわからない|カレン|一人暮らし編

スーパーのドアが軽い音を立てて開いた。
棚、棚、棚。
同じように見える商品が、整然と並んでいる。

「物が、こんなに……」 

買い物かごを持つ手が、わずかに強ばる。

カレンは、過去をあまり語らない。
だが、あの暮らしでは「選ぶ」ことがなかった。

服も、靴も、食事も。
全て完璧に用意され、差し出された。

──目の前にある物は高いのか、安いのか。
──自分は、ちゃんと分かっているのか。

分からないまま手に取ることに、どこかためらいが残る。

その横でテキパキが微笑む。
「お嬢様、今日は“庶民デビュー”の日ですね」

シレットが続ける。
「相場を知れば、怖くありません」

「相場……」

それは、未知の言葉だった。
値段に“幅”がある、つまり正解が一つではないということ。

野菜コーナーの前で、カレンはしばらく動けずにいた。同じトマトなのに、値段が三つも並んでいる。

298円
398円
598円

「……違いが、分かりませんわ」

テキパキが横から覗き込む。
「お嬢様、値段を当てる必要はありませんよ」

「え?」

「“自分の暮らしで使えるか”。それだけを見ればいいんです」

シレットが背後から付け足す。
「相場は慣れ」

「慣れ……ですのね」

カレンはもう一度トマトを見る。
少し考えて、一番小さなパックをそっとかごに入れた。それから、卵とハムとレタスを一つずつ。

「……今日は、これで」

迷いながらも、自分でかごに入れた。


レジを通りスーパーを出た時、
来た時よりも少しだけ肩の力が抜けていた。

さっきまで怖かった棚の並びが、もうただの店の一画に見える。

今日はちゃんと“自分の基準”で選んだ。
それだけでちょっぴり誇らしい。

次は一人でも選べるかもしれない、と少しだけ思った。


カレンの一人暮らしは、ここから少しずつ形になっていく。


🧺 テキパキ&シレットの一言メモ

一人暮らしあるある
・最安値を追いすぎて疲れる
・スーパーをはしごして、結局時間だけ減る
・安いからと買って、使いきれない

テキパキ
「安いものを追いすぎると、疲れちゃいますよ。お嬢様くらいでちょうどいいです」

シレット
「量を見てください。使い切れるかどうか、それだけで十分です」


⬅️前の話へ次の話へ➡️


▶ 最初から順番に歩きたい方へ

▶︎この森が初めての方へ
🔰暮らしの森|案内所

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集