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🍳05.お嬢様は惣菜の前で立ち止まる

空っぽの冷蔵庫を開けた瞬間、
カレンは少しだけため息をついた。

食材を買うためにスーパーに行ったつもりが、気付けば惣菜のパックばかりが重なっていく。

揚げ物に煮物にサラダ。どれも自分で作るよりおいしかったし、片付けも楽だった。

「……悪いことでは、ありませんわよね」

そう思っていた。
最初のうちは。

冷蔵庫はきれいで台所も散らかっていない。
けれどそれが何日も続くと、胸の奥に小さな罪悪感が残る。

ふと、マダム・ザマスの声を思い出した。

「お惣菜が悪いのではないざます。ただ、それが“当たり前”になると、生活の感覚が少しずつずれていくざます」

カレンは小さく息を吐いた。

「……どうすればいいのかしら」 

その時、窓の向こうから小さな影が二つ。
「お嬢様、お困りですか?」



スーパーの通路で、カレンはメモを握りしめていた。

『豆腐・卵・醤油・キャベツ』

売り場を順番に回り、かごに入れていく。
買い物かごは、まだ軽い。

その時、後ろからテキパキが覗き込んだ。

「メモがあると迷わないでしょう?」

カレンは照れくさそうに話す。

「……決めてから来ると、こんなに楽なのね。
お惣菜の誘惑も減りますわ」

今日は、目的の場所へと迷わず進むことができている。その時、精肉コーナーの前で足が止まった。

「……あら」

少し首を傾げる。

「今日は予定ではありませんでしたけれど……お肉があると、メニューが広がりますわね」

テキパキがにやりと笑う。

「お嬢様、それが“余裕”です」

「余裕?」

「先に決めてから来ると、迷いがなくなりますよね。すると“ついで”を考える余裕が生まれるんです」

シレットが補足する。

「迷いがない状態での追加は、安全です」

カレンは小さな豚こまのパックを、かごに入れた。

次に足を止めたのは、缶詰売り場だった。

「ツナ缶……3つ入り?」

手に取って、じっと眺める。

「これは……長く使えそうですわね」

テキパキが指を立てた。

「お嬢様、良いところにお気付きで。一人暮らしはですね、“すぐ使う”より“長く使える”が結構大事なんですよ」

「ツナ缶は火を使わない、味も安定している、
保存もきく、かなり優秀な食材ですよ!」

カレンはツナ缶を、かごに入れた。

「……これでしばらくは回りそう」

少しだけ、肩の力が抜ける。

「……今日はなんだか、ちゃんと選べましたわ」

帰宅後。カレンは台所で、買ってきた豆腐を手に取っていた。

「お嬢様、それ、そのままでもいけますよ」

テキパキがさらっと言う。
シレットが静かに補足する。

「ツナをのせて、醤油で十分です」

「まぁ、それだけで? あとでやってみようかしら」


🧺 テキパキ&シレットの一言メモ

テキパキ
「先に決めてから来ると、迷わずに済みます」
「買いすぎ防止にもなりますよ」

シレット
「迷いがないと、余裕が生まれる」
「判断が減ると、暮らしは崩れにくい」


その夜。カレンは台所で豆腐のパックを開けていた。

「……ツナ缶を和えるだけ、でしたわね」

半信半疑で皿に出す。
ツナをのせて、醤油をひと回し。

「これだけで完成だなんて、本当かしら」

少しだけ迷ってから、ひと口。

「え、美味しい……」

カレンはしばらく箸を止めた。

「……ちゃんとした一品料理ですわね」

もう一口食べてから、ふと思う。

「これは、きゅうりを少し乗せても美味しいのでは?」

豆腐の皿を見つめながら、カレンは小さく笑う。日々の暮らしが、ゆっくりと自分のものになっていく気がした。


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