🍳05.お嬢様は惣菜の前で立ち止まる
空っぽの冷蔵庫を開けた瞬間、
カレンは少しだけため息をついた。
食材を買うためにスーパーに行ったつもりが、気付けば惣菜のパックばかりが重なっていく。
揚げ物に煮物にサラダ。どれも自分で作るよりおいしかったし、片付けも楽だった。
「……悪いことでは、ありませんわよね」
そう思っていた。
最初のうちは。
冷蔵庫はきれいで台所も散らかっていない。
けれどそれが何日も続くと、胸の奥に小さな罪悪感が残る。
ふと、マダム・ザマスの声を思い出した。
「お惣菜が悪いのではないざます。ただ、それが“当たり前”になると、生活の感覚が少しずつずれていくざます」
カレンは小さく息を吐いた。
「……どうすればいいのかしら」
その時、窓の向こうから小さな影が二つ。
「お嬢様、お困りですか?」
◆
スーパーの通路で、カレンはメモを握りしめていた。
『豆腐・卵・醤油・キャベツ』
売り場を順番に回り、かごに入れていく。
買い物かごは、まだ軽い。
その時、後ろからテキパキが覗き込んだ。
「メモがあると迷わないでしょう?」
カレンは照れくさそうに話す。
「……決めてから来ると、こんなに楽なのね。
お惣菜の誘惑も減りますわ」
今日は、目的の場所へと迷わず進むことができている。その時、精肉コーナーの前で足が止まった。
「……あら」
少し首を傾げる。
「今日は予定ではありませんでしたけれど……お肉があると、メニューが広がりますわね」
テキパキがにやりと笑う。
「お嬢様、それが“余裕”です」
「余裕?」
「先に決めてから来ると、迷いがなくなりますよね。すると“ついで”を考える余裕が生まれるんです」
シレットが補足する。
「迷いがない状態での追加は、安全です」
カレンは小さな豚こまのパックを、かごに入れた。
次に足を止めたのは、缶詰売り場だった。
「ツナ缶……3つ入り?」
手に取って、じっと眺める。
「これは……長く使えそうですわね」
テキパキが指を立てた。
「お嬢様、良いところにお気付きで。一人暮らしはですね、“すぐ使う”より“長く使える”が結構大事なんですよ」
「ツナ缶は火を使わない、味も安定している、
保存もきく、かなり優秀な食材ですよ!」
カレンはツナ缶を、かごに入れた。
「……これでしばらくは回りそう」
少しだけ、肩の力が抜ける。
「……今日はなんだか、ちゃんと選べましたわ」
帰宅後。カレンは台所で、買ってきた豆腐を手に取っていた。
「お嬢様、それ、そのままでもいけますよ」
テキパキがさらっと言う。
シレットが静かに補足する。
「ツナをのせて、醤油で十分です」
「まぁ、それだけで? あとでやってみようかしら」
🧺 テキパキ&シレットの一言メモ

テキパキ
「先に決めてから来ると、迷わずに済みます」
「買いすぎ防止にもなりますよ」
シレット
「迷いがないと、余裕が生まれる」
「判断が減ると、暮らしは崩れにくい」
その夜。カレンは台所で豆腐のパックを開けていた。
「……ツナ缶を和えるだけ、でしたわね」
半信半疑で皿に出す。
ツナをのせて、醤油をひと回し。
「これだけで完成だなんて、本当かしら」
少しだけ迷ってから、ひと口。
「え、美味しい……」
カレンはしばらく箸を止めた。
「……ちゃんとした一品料理ですわね」
もう一口食べてから、ふと思う。
「これは、きゅうりを少し乗せても美味しいのでは?」
豆腐の皿を見つめながら、カレンは小さく笑う。日々の暮らしが、ゆっくりと自分のものになっていく気がした。
⬅️前の話へ次の話へ➡️
カレンってどんな子?⬇︎
カレンが参加した講座ものぞいてみる⬇︎
家計の鬼教官マダム・ザマスの家計講座
