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🍳04.お嬢様はコゲの前に立ち尽くす

今日は朝から、アパートに焦げくさい匂いが漂っていた。換気扇はずっと全力で回り、空気がほんのり白い。

「わ、わたくし……
卵を焼いていただけですのに……」

卵は四つ割った。
油は多めで、強火で一気にいった。
……結果、フライパンには炭化した何か。

火は消したものの、心臓はまだ強火なままだ。

煙が出た瞬間、頭が真っ白になった。
火事になったらどうしよう、
他の階の人に迷惑をかけたらどうしよう。

屋敷では火を扱うシーンなどなく、
火加減なんて知らずに育った。

「……わたくし、本当に何もできませんのね」

ぽつりとこぼれた言葉は、部屋の壁に吸い込まれていった。

その時ドアがバンッと開き、テキパキが飛び込んできた。
「お嬢様! 焦げ臭いですが、なにご……と」

一歩遅れて、シレットが状況を見る。
「事件ですね」

カレンはうつむき申し訳なさそうに言う。

「早く焼けた方が良いと思いましたの……」

テキパキは怒らなかった。ただコンロを指差す。

「お嬢様、料理は“急ぐもの”ではなく、“待つもの”なのですよ」

「待つ……もの……」

「急ぐと焦げちゃいますからね。弱火で待つくらいでちょうどいいんです」

シレットが補足する。

「火加減は経験で覚えるもの。初めは弱火で」



テキパキはフライパンに火をつけた。

「最初は弱火で、少しだけ温めてから入れると焦げにくいですよ」

シレットは視線を外さない。

「油の跳ねる音が大きくなったら、上げすぎです」

テキパキはそのまま、卵を二つ割る。

「……それと」

焦げついた塊を、指で軽く示す。

「これ、全部お一人で食べる予定でした?」

カレンは一瞬だけ言葉を失い、視線を落とす。

「……確かに、多いですわね」

テキパキがうなずく。

「最初は二つで十分です。巻きやすいですし、失敗しても被害が小さいですから」

シレットが静かに補足する。

「量が多いと、火も強くなりやすい」

卵がフライパンに広がる。
じゅわっと小さな音。

「今くらいの音がちょうどいいです。音が大きすぎるようなら少し弱めます」

「すぐに触りません。少し待ちます」

縁が少しずつ固まってくる。そのタイミングでそっと寄せ、くるりと巻いていく。
完成した卵焼きが、皿に乗った。

「きれい……」

「強火は、慣れてからで大丈夫です」

カレンは、静かにうなずいた。



🧺 テキパキ&シレットの一言メモ

火加減のコツ
・最初は弱火で
・30秒ほど温めてから入れると、焦げにくい
・油の跳ねる音が大きくなったら火を弱める

テキパキ
「ほとんどのメニューは弱火〜中火でできます。失敗率もぐっと下がりますよ」

シレット
「煙が出たら、温度オーバー」

火加減の目安
弱火
・味噌汁・目玉焼き・カレー・煮物
中火
・卵焼き・野菜炒め・焼き魚・焼き肉
強火
・チャーハン


翌朝。カレンはもう一度フライパンを出す。
昨日より火は弱め。油も、少なめ。

フライパンに流すと、卵が広がり、
すぐに縁が固まりはじめる。

「……いま、でしたわね」

昨日の二人の言葉を思い出しながら、
フライ返しで、そっと端を寄せる。

きれいにくるり、とはいかなかった。
少し破れて、形も歪んだ。

「……あ」

一瞬手が止まる。けれどもう一度ゆっくり寄せてみる。折って寄せて、また流す。

「できた……」

出来上がった卵焼きは、角も揃わず、厚みもばらばら。それでも、焦げてはいない。

カレンはしばらく眺めてから、小さくうなずいた。

箸でひと切れつまみ、口に運ぶ。

「……まあ、食べられますわね」

見た目は悪いが、前に作ったしょっぱい料理に比べれば、ちゃんと卵焼きだった。

皿に乗せ、しばらく眺めてから小さく笑った。

「以前よりは、進歩……してますわね」

誰に見せるでも、誰に褒められるでもない。
それでも胸の奥に、静かな満足が残っていた。


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