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誰にも識別されない時間が心地いい

アユタヤ(タイ)のお土産屋さん。

私はポストカードを眺めていた。

寺院の写真、川沿いの夕暮れ、バラ、動物のイラスト。
ここでは、誰もわたしのことを知らない。
どこから来たのかも、どんな言葉を話すのかも、誰も気にしていない。

だからこそ、わたしは“誰でもない自分”でいられた。

その感覚が、ただ心地よかった。

そのとき、背後から聞こえてきた。
「これ、日本にもあるよね」「香水ってちょっと苦手〜」

日本語だった。

ほんの数メートル先に、旅行中の女性たち。
彼女たちはただ楽しそうに会話していただけなのに、
私の世界が少し狭くなったように感じた。


急に、自分が“誰か”になった。
日本人の誰か。

見られているような、名札をつけられたような、
そんな小さな違和感。
ついさっきまで誰でもない存在だったのに、
何かにとらわれた気がした。

「誰でもない自分でいられる場所」

その言葉の意味を、今日ようやく理解した。
誰の目にも映らない時間の中で、
ただ存在する時間。

日本語が通り過ぎたころ、

ポストカードを買った。
何も書かれていない真っ白な裏面が、
まるで「匿名性」そのものみたいに思えた。

誰でもない、どの国の人かも知られていない。
誰も自分を個人として認識していない。
そんな時間を過ごせるのが留学なのかもしれない。


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