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震災から15年。私は「被災地」ではなく、ひとつの「街」を見る|助手席に放射線測定器を乗せて

3.11 
私は小学校の低学年だった。

私は被災していない。
事実とされていることしか知らない。

だが、福島に行き感じたことを自分の視点で話そうと思う。

福島は温かい町。


福島行きを決めた理由:福島の冬もいいぞ

大学の教授にこういわれた、

”福島の冬もいいぞ”

ふむふむ。ならば、行くしかない!!!
福島の冬、興味深い。

ってことで私は2025年1月福島に行った。

そこで私の印象に残ったのは、震災の痕ではなくそこで生活する人の熱量。やさしさ、力強さであった。


放射線の現実:移動中の測定器

伝承館に行かせていただく。
その車の助手席には、放射線測定器が置かれている。

福島は山が多い。
震災当時は、拡散した放射線は山肌にさえぎられていた。
そのため、山に近づくと放射線量が増えていたらしい。

まだ、事故による影響は終わっていない。
それを目にした出来事だった。

移動中は、除染土を積んだバッグが積まれていた。
恐怖は感じない。

ただ、まだ復興は終わっていないという事実を見た。

放射線は薬のようなもの:常に放射線は浴びている

放射線は、常にどこでも降り注いでいる。
治療にも使われる。

ある一定の値を超える線量を浴びてしまうと体に影響を与える。

まるで薬。

放射線は人から人に決してうつらない。
だが、震災当時は”うつる”と言われて宿泊を断られることもあったようだ。もちろん、逆に大変だったでしょゆっくりしていってと優しい人もいたはず。

でも、震災でただでさえ疲れているのに、
拒否されるということは想像できないくらいの
ストレスを感じただろうと思う。


原子力災害伝承館・東京電力廃炉資料館

私がそこで見たのは、原子炉を冷却するため命をかけた事実であった。
冷却するためには電気がいる、だが電気はない。

いつ爆発するか、爆発したら致死量を超える放射線を浴びることは避けられない。

そんなか、職員さんと地域の方は24時間以上かけて電気を届けた。

原発は良くない。危ない。作ってはいけない。
そういうことは言わない。

原発を任されている東京電力は、命を懸けて被害を最小限にした。
そして現在も復興に取り組んでいる。

原発の被害を受けたのも、原発を作ったのも人である。
誰が悪いとかの話ではない。
結局起こってしまったのだから、どう生きるか。
そう考えることが重要なのかと考えさせられた。

ある写真があった、
肖像権の問題で載せることはできないが、被災直後の写真だと思う。

3歳くらいの女の子がお母さんに抱っこされている。
そこに放射線を調査する銀色の懐中電灯のようなものを
自衛隊(おそらく)の方に近づけられている。

女の子の健康のためには大切なことだが、残酷に感じた

B級グルメ 麺がモチモチで美味しい

福島のおもろい人たち:脱サラして花卉を育てる

たった二日間の滞在だったが、複数の素敵な人に会うことができた。

まず、農業研修館きらりという施設で3人の素敵な方と会った。
一人目は、脱サラして福島を花卉を育て始めた方である。
福島の気候は、涼しくて花卉を育てるのに最適じゃないか!
そして、福島で花卉を育てている人はまだいない。

ブルーオーシャンだ!!!

ということで移住したらしい(笑)
この身軽さとても好きである。

福島のおもろい人たち:

二人目は“福島もも娘”というアイドルグループを作った人である。
なんと、台湾で芸能やビジネスの経験を積んだという面白い経歴の持ち主である。あまりお話をすることはできなかったが、福島にはユニークな人が集まっているなと知った。

割愛するが、またもや脱サラしてブドウを栽培している方。
被災後から使われていなかった倉庫を買い取り、秘密基地のような場所で、アートによって放射線のことを伝えたり、土のバイキングという催しを福岡でやっていたりする、“図図倉庫”という場所もある。



秘密基地やん!!屋根の断熱材はもみ殻で作られている。
木材は仮設住宅のもの。

震災が起こった町ではなく、その街そのものを見たい

私は、震災が起こった町とみるのではなくその街自体を見たい。

感想を言う。
福島は、とても良い場所だった。
何がいいというと人がすごく素敵。

エネルギーと元気に満ち溢れていて、強さとやさしさを感じた。

震災と言うと過去の出来事を見る。
もちろん、忘れはしない。

でも、この記事では私が見た福島の町ということについて述べたい。

素敵な人がいて、
素敵な取り組みもあって、
おいしいジェラートもある。
ワンちゃんも散歩している。

でも被災の影響はまだなくなっていない。
だが、また機会があれば福島に行きたいと思う。

卒業式の練習をしていた時期だろう。

*この記事は私のつたない知識と短い体験で書いています。*

追悼
東日本大震災が起こったのは福島だけではありません。
家族親戚が被災した場所にいる。など日本全体に大きな不安と影響を与えました。私は直接被災したわけではないので、想像することしかできません。
そして、被災は終わったわけではないと思います。
つたない知識と体験ですが、
 
犠牲になられた方々のご冥福、被災した方々が健やかであることを心から願っています。

福島の方々、良くして頂いてとてもありがとうございます。
福島の素敵な人々、素敵な場所をたくさん知ることができました。

ここまで読んでくださりありがとうございます!!
少しでも、のんびりする時間を過ごせれば、

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むらくん|言葉のお布団の配達員 記事を読んでいただきありがとうございます! 人間は飯を食って寝れば偉いと思います、自分へのご褒美においしいスイーツでも食べてください。それでも私の記事を覚えていたら、応援してくれると嬉しいです!絶対に、自分へのご褒美を先にしてください!!