障がい者だから、お金がないと思ってた
たまにお店の近くにある障がい者のグループホームに住んでいる男性がメガネを買いにくる。
「お金あまり持ってないだろうな」と、僕は内心思っていた。でもそれ、大きな間違いだった。
その人は、いつも介護タクシーに乗って駐車場まで送ってもらい、そこからは車椅子を押してもらいながら、お店にやってくる。
「今日は施設の仕事を休みにしてたから、寮にいても暇だし、メガネを買いに来た」
障がい者のグループホームで暮らしていること、そしてその施設内にある就労施設で働いていることを、その人は微塵も隠さない。
だから僕はなんだか好感が持てる。僕とその人にとって、それは当たり前のことなのである。
「今日はあれを買おうと思って」
迷わずにお目当てのメガネが置かれている場所まで真っ直ぐと向かうその人が選ぶものは、いつだって当店では高額な部類になるものばかり。
最初こそ「大丈夫なのかな?」と内心で思っていた僕の失礼な固定概念なんて、あっという間に消し去ってくれる。
その人は「金額」では迷うことなく、好きなものを買っていく。
確か障がい者の方は、住居費や固定費が制度によってその一部を補助されている。
メガネの購入も『補装具費支給制度』を利用すれば、自己負担額を減らすことができる。
しかしこの『補装具費支給制度』は、自由に何度でも使えるものではない。
“耐用年数”というものがあり、4年ごとにしか使えない。
その人は、制度を利用してメガネを安く買えるから頻繁にお店にやって来るわけじゃない。全て自分のお金で、必要だと思って、好きで買っている。
その人の年収を僕は知らない。生活費がいくらなのかも知らない。その人の暮らしを詳しくは知らない。
でも今日はメガネ買って、そのあとは仲間と居酒屋に飲みに出かけるらしい。
「この人はお金を持っていない」
その人の身体や外見や暮らしによって、勝手にそう思い込んでないだろうか。
正直に言う。僕はそう思ってた。勝手に思い込んでいた。固定概念があった。
「メガネがお好きなんですか?」
僕はその人に聞いてみたことがある。
「好きなのもあるけど、ほら俺って車椅子で身体が不自由でしょ。だからせめて“見える”ということはしっかりしたいよね」
そう言われて殴られた気がした。
その人は、生活費が制度によって補助されているからお金が自由なんじゃない。
自分の生活や時間にとって必要なものと不必要なものを選んでいるから自由なんだ。
“見える”ということが自分にとって必要だから、そこに対しての投資を惜しまない。
ついでに好きなメガネをかけて気分も上げている。仲間と行く居酒屋の時間も大事にしている。
丁寧に生きているって、こういうことだろうか。
五体は僕の方が自由かもしれないけれど、生き方だとその人の方がずっと自由だ。
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路上にチップもらう用のシルクハットを置いてパントマイムするの、実はやってみたかったんです