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僕たちは、かさささされている

ここ数日、雨の日が続いている。
僕はずっと傘を持たずに過ごしている。

「なんで傘を刺さないの!?」
と聞かれることがある。傘を刺さずに少し濡れた状態で登場した僕に対し、それはまるで異常行動のように。

しかし“傘”というものは、少しの雨でも必ず刺さないといけないものだろうか。


似た話で、部屋の電気についてもツッコまれることがある。
部屋が少し薄暗いだけで、「電気つければいいのに」なんて言われる。それも傘と同じように。照明を使わないこと自体が異常行動のように。

でも僕にとって、少しくらいの薄暗いは許容範囲だ。見えるし目も疲れない。まだ全然大丈夫。

一応のところメガネ屋としては、
「暗い中でスマホなどを見るのは瞳孔が開いた状態で光を取り込むことで通常よりも毛様体筋を酷使して眼精疲労に…」とか、
「瞬きの回数が減ってドライアイになりやすく…」とかの論理的な話もあるが、しゃらくせぇ。
「このくらいの薄暗さなら大丈夫」と思っているから、僕は自分の判断と責任において電気をつけないのだ。

傘もそう。少しくらい濡れることであれば、許容範囲。所詮は水だ。そのうち乾く。身体が溶けるわけでもない。
傘も電気も、使わないことは「だらしない」「準備不足」ということなのだろうか。


いつも車での通勤時に、必ずと言っていい程にすれ違う人がいる。毎日同じ時間に同じ歩道を歩いているその人は、その先にあるコンビニで深夜に働いている人だ。

その人は、どれだけの雨の日でも傘を刺さない。堂々とした姿で、ずぶ濡れで帰っている。その人がいくら濡れたとしても絶対に傘を刺さない理由を僕は知らないけれど、僕はその人を見て「カッコいい」と思ってしまう。

「雨の日には傘を刺す」
この常識を、その人はたった1人で断固として拒否している。すれ違う人は、その人を指差して笑うかもしれない。でもその人にとっては関係ないのだ。
僕はその人のレベルにはまだ達することができていない。

「雨の日には傘を刺す」「薄暗くなったら電気をつける」
これは常識として捉えられているくせに、具体的な線引きがない。

降雨量何ミリからが、傘を刺すべき明確な基準なのだろう。
暗さは何ルクスからが、電気をつけるべき明確な基準なのだろう。
もしかすると健康上の基準などは設けられているのかもしれないが、少なくとも僕はそれを知らない。

どうせ言ってくるなら、
「なんで降雨量3ミリなのに傘刺してないの!?」
「なんで100ルクスなのに電気つけてないの!?」
と、具体的な数字を出して言ってきて欲しい。そのくらい僕は屁理屈な奴なのだ。


傘を差すことは別にいい。
でも「差さない選択肢が存在しない」なら、それは自分の行動じゃない。何かによって、傘を刺さされている。“さ”が多いな。

とりあえず、濡れてもいい日を一度くらい選んでみる。
仕事に差し支えなくて、体調が維持できる範囲で。

それだけで、自分が何に縛られてたかが見えてくる。


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コリ|メガネ屋エッセイスト 路上にチップもらう用のシルクハットを置いてパントマイムするの、実はやってみたかったんです

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