95歳の祖父が、関西からフェリーで九州へ旅行に行く。
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はじめに
このゴールデンウィーク、私の祖父は関西からフェリーで九州に旅行へ行っています。
3泊4日。別府温泉が目的だ。
祖父は95歳。1人暮らしで、要支援1。今でも自分で車を運転して、将棋の大会に出ている。最近は自炊にも挑戦している。
今回の旅行は、私の両親が誘った。北九州にいる私の兄が、先日倒れて退院したばかりだ。その様子を見に行きたかったのと、温泉好きの祖父を別府に連れて行きたかったのと、その両方の理由がある。
7年前にも一度、別府に行った。そのときは私と新婚だった妻、そして亡くなった祖母も一緒だった。
私は作業療法士として16年、特別養護老人ホームで働いている。100人近くの方の最期に立ち会ってきた。元認知症ケア指導管理士の資格も持っている。
その視点で見ても、祖父はすごい。
ただ今日書きたいのは、祖父をすごいと持ち上げる話ではなくて、95歳が今この瞬間にフェリーに乗っている、という当たり前のような、当たり前じゃないような事実についてだ。
そして、その祖父が、ひ孫にあたる7歳の私の娘に、プロ仕様の将棋盤を贈ってくれた話も。
第1章:なぜフェリーなのか
関西から九州は遠い。
車で行けば長時間運転になる。電車で行けば、乗り継ぎのたびに歩かなければならない。95歳の祖父にとって、どちらもしんどい。
でもフェリーなら、車をそのまま積み込んで、船の中で寝て、朝に九州に着く。車→フェリー→車。歩く距離が最小限になる。
これが、95歳が3泊4日の旅行に行ける理由だ。
去年は伊勢神宮と、和歌山の白浜・串本に行ったらしい。年に2回くらいは、こういう旅行に出かけている。
祖父は温泉が好きだ。それを知っている両親が誘う。祖父も「行く」と言う。それだけのシンプルなやり取りで、95歳は今もフェリーに乗っている。
特養で働いていると、入所してから一度も外に出ない方もいる。それが悪いという話ではない。それぞれの状態と、それぞれの希望がある。
ただ、95歳で温泉に行きたいと言える、行ける、それを支える家族がいる。この3つが揃っている祖父は、やはり恵まれている。
そして、それを「恵まれている」だけで終わらせない祖父自身の何かがある。
第2章:祖父の運転と、課題の分離
祖父は先日、運転免許を更新してきた。
最近、高齢者の運転事故はよく報道される。「免許を返納すべきだ」という声も大きい。
正直に言うと、私はその報道のされ方に、少し違和感を持っている。
事故は、若い人だって起こす。免許取り立ての20歳が事故を起こすことだってある。でも報道は高齢者ばかりをクローズアップする。それで「高齢者=危険」という空気ができていく。
実際に祖父の運転を、後ろから車でついて見たことがある。悪い運転ではなかった。車には傷一つついていない。
もちろん、だからといって祖父が一生事故を起こさないとは言えない。それは私だって同じだ。私も毎日車を運転しているけれど、明日事故を起こす可能性はゼロじゃない。
ここで私は、アドラー心理学の「課題の分離」を思い出す。
祖父が運転を続けるかどうか、それは祖父の課題だ。私が決めることじゃない。事故を起こす可能性も、祖父の人生の中の責任の範囲だ。
心配がないわけじゃない。でも、祖父の人生を、孫の私が勝手に縮めることはしたくない。
家族として見守る。何かあったら助ける。でも、決めるのは祖父自身。それでいいと思っている。
第3章:将棋大会で準優勝してきた祖父
つい先日、祖父は将棋大会に行ってきた。
どこで開催されたのか、私は知らない。祖父1人で行ってきた。母から聞いた話だと、準優勝したらしい。
95歳で、1人で会場まで行って、準優勝してくる。これも普通に書いてしまうとさらっと流れるけれど、特養で多くの高齢者を見てきた私からすると、なかなかすごいことだ。
ただ、母からこんな話も聞いた。
「最近、長く座っているのがきつくなってきたみたいよ」
将棋は、長時間座って指す競技だ。1局でも30分から1時間。トーナメントで何局も指せば、半日座り続けることになる。
体力の限界は、確実に近づいてきている。
でも、母にその話をした祖父は、すごく楽しそうだったらしい。「次はいつ大会があるかな」というような顔で話していたという。
しんどさを感じながら、それでもやりたいことをやる。
これが、祖父の生き方だ。
第4章:足付きの将棋盤は、私が運んだ
私の娘は7歳。小学2年生になった。
最近、将棋にハマっている。
きっかけを順に書いていくと、娘の祖父母にあたる私の両親が、娘が年中の頃にドラえもんの将棋セットを買ってくれた。最初はそれほど興味を示さなかった。駒を並べて遊ぶ程度。
年長になって、駒の動かし方を覚えた。
小学1年生のとき、私の地元にプロ棋士の方が来るイベントがあった。そこに参加しようということになって、その2ヶ月くらい前から、娘はどんどん将棋にハマっていった。
居飛車棒銀という戦法をマスターするくらいまでは、私が教えた。守りはまだ教えていなかったけれど、攻めの形だけはちゃんと作れるようになった。
プロ棋士の方には、その状態で教えてもらった。娘は緊張していたけれど、楽しそうだった。
その話を、私の祖父にした。娘にとっての曽祖父にあたる、95歳の祖父だ。
しばらくして、祖父はプロ仕様の足付きの将棋盤と駒を、娘のために用意してくれた。
足付きの将棋盤は、プロ棋士が対局で使うようなやつだ。重い。けっこう重い。
正直、95歳の祖父が運ぶには厳しかったと思う。だから、祖父の家から私が運んだ。
祖父が買ってきて、私が運んだ。
このタイトルは、その意味だ。
娘は喜んでいた。プロ棋士に教えてもらったときの話を、祖父に何度も嬉しそうに話した。
私が娘に「ひいじいちゃんに将棋教えてもらったら?」と聞いたことがある。
娘は照れくさそうに「やめとく」と言った。
それでいい、と思っている。
祖父は祖父で、娘は娘で、それぞれの距離感がある。直接将棋を指さなくても、祖父はちゃんと娘の誕生日にお小遣いをくれる。それで十分だ。
そして昨日、娘がクラスの子に勝って帰ってきた。
「お父さん、今日クラスの子に勝ったよ!」
ニコニコしながら報告してきた。
そして今日も、私と娘は将棋を指した。
私は飛車を落として戦った。それでも娘は、相変わらず居飛車棒銀戦法で攻めてくる。最近は攻め方が格段に上手くなっていて、1手2手先まで読めるようになってきている。取った駒を上手く活用して、攻めも組み立てられている。
私が適当に指していたら、たぶん負けていた。
ちなみに、私の妻は娘とほぼ同じ時期に将棋を覚えた。でも、もう娘の方が強い。
将棋盤の向こうで、娘は今日も真剣な顔で駒を動かしている。
祖父が用意してくれた将棋盤の上で、父娘で何局も指す。
それが、今の私の家の風景だ。
第5章:認知症予防の本質
ここで少しだけ、作業療法士としての視点を入れさせてほしい。
私は元認知症ケア指導管理士でもある。特養で機能訓練指導員として働きながら、100人近くの方の最期に立ち会ってきた。
その経験から、認知症予防に効くと言われる習慣を整理すると、4つにまとまる。
ひとつ目は、デュアルタスク。身体を動かしながら頭を使うこと。歩きながら考える、運転しながら経路を判断する。
ふたつ目は、対人ゲーム。麻雀、将棋、囲碁、人狼。相手の心理を読みながら判断する活動が脳を強く刺激する。
みっつ目は、手先を使ってゼロから作ること。編み物、料理、モノづくり、園芸。
よっつ目は、食事と睡眠。基本中の基本だけれど、ここが崩れると他の対策が全部無効になる。
祖父を見ていると、この4つを全部やっている。
車の運転、将棋大会、自炊、神棚を昇降させる装置を自作するレベルのモノづくり。そして温泉で身体を温めて、ちゃんと寝る。
教科書通りの認知症予防を、祖父は95年やってきた。
ただ、私が祖父を見て一番大事だと思うのは、4つのリストには書かれていないことだ。
それは、「自分でやりたいことを、自分で選んで、自分でやり続けている」ということだ。
誰かに「これをやりなさい」と言われてやっているわけじゃない。将棋が好きだから将棋をやる。温泉が好きだから旅行に行く。神棚を昇降させたいから装置を作る。ひ孫が将棋を始めたから将棋盤を贈る。
全部、自分で決めている。
作業療法の世界に「意味のある作業」という言葉がある。
人は、ただ動かされているだけでは元気にならない。誰かに言われてやらされる活動には、心が動かない。でも自分にとって意味のあることに触れた瞬間、人は変わる。
祖父の95年は、ずっと「意味のある作業」で埋まっていたのだと思う。
これが、本当の認知症予防だ。脳トレでも、サプリでもない。
おわりに
正直に言うと、私は祖父が「ひ孫にバトンを渡している」とは思っていない。
祖父はそんなことを意識していない。
ただ、ひ孫が将棋を始めたと聞いて嬉しかったから、将棋盤を贈っただけだ。誕生日にお小遣いをあげるのも、ただ可愛いから渡しているだけだ。
意図的に何かを継承しようとしているわけじゃない。
でも、結果として、私の娘は将棋を指している。
曽祖父が用意してくれた足付きの将棋盤の前で、父親の私と向き合っている。学校でクラスの子に勝って、嬉しそうに帰ってくる。
これがバトンと呼ばれるものなのかは、私には分からない。
ただ、95歳の祖父がいて、その祖父が娘に将棋盤を贈ってくれて、私と娘が今日もそこで将棋を指す。それだけのことが、たぶん家族の中で起きているいちばん尊いものなのだと思う。
今、祖父はフェリーで九州に向かっている。3泊4日、別府温泉。
私の娘は、家で私と将棋を指している。飛車落ちでも、私が油断したら負けるくらいに、強くなってきた。
95年と7年。その間にあるものを、私はうまく言葉にできない。
ただ、単純に、すごい祖父だと思う。
そしてそんな祖父がいてくれることに、感謝している。
関連情報
ハッシュタグ #作業療法士 #認知症予防 #家族 #将棋 #エッセイ
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