「関係者以外立入禁止」——それ、関係者も入れないのでは?
この小説はフィクションです。実在の人物・団体・社会問題とは何の関係もありません。
あの日、社会はたった一つの言葉につまずいた。
発端は、新聞の投書欄に載った、何気ない問いかけだった。
「工事現場で『関係者以外立入禁止』という看板を見かけました。
これって“関係者も入れない”ってことじゃないでしょうか?」
(30代男性・会社員)
その一文は、静かに、
しかし、確実に火を点けた。
——社会のどこかにくすぶっていた言葉の火薬庫に。
■ 「以外」という例外
「以下」・「以上」・「以内」・「以外」
私たちが当たり前のように使ってきた言葉の世界が、
にわかに揺らぎ始める。
「10以下の数」は、10を含む。
「10以上の数」は、10を含む。
「150円以内」は、150円を含む。
ならば、「関係者以外」は?
——「関係者」を含むのではないか。
言われてみれば……と、全国にさざ波が広がる。
やがて、テレビ番組がこの混乱を取り上げ、
言語学の専門家が、いたって冷静に解説した。
「“以内”は範囲に含める意味ですが、
“以外”はその範囲から除外する意味です。
つまり『関係者以外』は、関係者を除いた人だけを指します」
その瞬間、SNSは大騒ぎになった。
「そんなの聞いてない!」
「誰がそんな例外を決めたんだ!」
「やっぱり関係者も立ち入り禁止だ!」
混乱を受け、ついに「以」の研究を専門とする学術団体「以学会」が緊急声明を発表した。
「“以”の一貫性を守るため、今後は“関係者以外”も“関係者を含む”と解釈する」
会見場にまたたくフラッシュ。
専門家の決定が、さらに社会を混乱させることもある。
今回はまさにその典型だった。
■ 世界が止まった日
翌朝。各地で異変が相次ぐ。
工事現場では、作業員が、
「関係者以外立入禁止」の看板の前で立ち尽くした。
「……俺ら、関係者だから、入れないっスね」
学校では、生徒と教師が校門で帰宅を余儀なくされた。
「先生、今日、授業は?」
「……立ち入り禁止だ。仕方ない」
ライブ会場では悲鳴が上がる。
「出演者も観客も“関係者”。
つまり、誰も入れません!」
市役所の入口でも、職員が困惑していた。
「市役所は本日、閉庁です。
すべての職員が関係者のため、入れないからです」
言葉が、社会機能を停止させた瞬間だった。
■ 「関係者じゃない人」を求めて
やがて人々は、事態の本質に気づいた。
「関係者」か「関係者以外」か——
争点は、個人の意志や所属ではなく、知識との関わりにある。
あるテレビ局の番組ディレクターが、会議でこう発言した。
「“関係者じゃない人”を特定してみよう」
バラエティ番組の調査隊が町に繰り出す。
レポーター:
「◯◯をご存じですか?」
「知らない人」:
「え、何それ?」
スタッフ:
「この人は関係者以外です!」
直後、「知らない人」がスマホを見る。
「知らなかった人」:
「今、検索して知りました」
スタッフ:
「関係者だ!!」(絶叫)
知った瞬間、関係者になる。
知識の欠如が、いまや社会的ステータスだった。
SNSでは自嘲的な投稿が増えた。
「知らない方が幸せ、ってこういうこと?」
「勉強したら社会に入れなくなる国、日本」
「知のパラドックス」が、日常を侵食していく。
人々は、情報を避け、ニュースを避け、ついには会話すら避け始めた。
“知らないように努める”という異様な風潮が、社会に蔓延していた。
■ 終章
街は静かだった。
工事の音も、学校のチャイムも、役所のアナウンスも消えた都市。
まるで世界そのものが、息を潜めているようだった。
そんな中、「以学会」は再び声明を発表した。
淡々とした口調、その背後に無数のフラッシュ。
「“以”の解釈は、以後も検討を続ける。」
沈黙。
そして、その場にいた誰もが立ち上がり、口々に叫ぶ。
「その“以後”っていつの後からなんだ?」
「“以後”と“以降”の違いも説明しろ!」
「“前以て”はどうなるんだ!」
怒号は瞬く間に広がり、会場全体を揺らした。
怒りは次第に、疲れと諦めに変わっていく。
やがて、人々は気づき始める。
“以後”は永遠に始まらず、
“以前”は永遠に終わらない。
夕方、公園。
ベンチに座ったひとりの老人が、小さくつぶやく。
「映画化決定」
なんのはなしですか?
【終】
<続編はこちら>
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