対話_17【シロクマ文芸部】【lpz.89】
サンダルで現れたギド・エンゲルスは、凌太たちを小屋に入れようとはしなかった。サイバー攻撃の元凶である『レプロ』を停止させるマスターキーコードを手に入れるため、心を閉ざした彼を何としてでも説得しなければならなかった。
凌太の悲痛な叫びに、ギド・エンゲルスは扉を閉じる手を止めた。彼の目は、凌太たちから、はるか遠い過去の記憶を見ているようだった。
「罪のない人々…か」
エンゲルスは扉から少し離れ、初めて凌太たちを小屋の中へ招き入れた。小屋のなかはとても質素な造りだった。希実は棚の上に置かれていた埃をかぶった古い端末機を見つけた。
「これはレプロのプロトタイプですね」
エンゲルスはしぶしぶといった表情で重い口を開いた。
「『レプロ』…Reproduktion(再生)と名付けたのは私だ。1989年に壁が崩壊して、私は夢を見ていた。戦争のための暗号技術を、新しいドイツの『再生』のために使うことができないかと。だが、現実の壁は崩壊しても、人間の中に潜む欲望の壁は崩れなかった…」
エンゲルスは自嘲気味に笑った。
「私はこのレプロの平和利用を訴えたが、上層部はそれを高値で売却してしまった。私の望まぬ者たちに。そして、レプロは永遠に悪意の手に落ちてしまった。私はそれを悔いて、この場所で隠遁したのだ」
希実が静かに話し始めた。
「エンゲルス博士、私はあなたの技術者としての絶望を理解します。私も、世界を良くしようと努力しているエンジニアです。でも、あなたが隠れている間に、事態はどんどん悪化しています」
希実は言葉を続けた。
「ペトロフ・コネクションは、あなたが発明したレプロを使って、日本のユウヒ社をサイバー攻撃して、罪を私になすりつけました。私は、あなたの技術の犠牲者として、ネット上で犯罪者として非難されています。私たちを救うことは、レプロがもたらした過ちを正すことにも、つながるんです」
凌太は言葉を継いだ。
「エンゲルス博士は、レプロが更に悪用されることを恐れて、マスターキーコードを渡さないと仰られました。しかし、博士が動かなければ、悪用は止まりません。ペトロフ・コネクションはこれからもレプロを使って、世界中のシステムを破壊し続けるでしょう。博士は、その暴走を止める責任があるはずです。『再生』を信じた技術者として、今ここで、レプロを封印させる決断をしてください」
エンゲルスは凌太と希実の真剣な瞳を交互に見た。二人の目には、エンゲルスが1989年に失ったはずの『再生』への希望の光があった。
長い沈黙の後、エンゲルスは深い息を吐き、ようやく決断したかのように重々しく頷いた。
「わかった。お前たちの目をしっかりと見た。…マスターキーコードは、存在する。しかし、いまは私の手元にはない。入手するためには、私と共にある場所へ行かねばならない」
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
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