孤高_16【シロクマ文芸部】【lpz.89】
メモをすると希実は気を失ったかのように眠ってしまった。メモにはギド・エンゲルスの居場所が書かれていた。
国際的ハッカー集団のペトロフ・コネクションはギド・エンゲルスが開発した超高速暗号解読技術『レプロ』を悪用してサイバー攻撃を仕掛けていた。
ハルツ山地へ向かうレンタカーの助手席で、凌太は後部座席で眠る希実の姿をじっと見つめていた。再会できた喜びも束の間、次の目標はあまりにも重い。
超高速暗号解読技術『レプロ』の開発者、ギド・エンゲルスに会うことができなければ、希実の潔白も、勤務先のユウヒ社の危機も救えない。ハンドルを握るエリカは山地の険しい道を慎重に運転していた。
「ハルツ山地は、かつて東西ドイツの境界線が走っていた場所よ。エンゲルスのような旧東ドイツの極秘プロジェクトに関わった人間が、監視の目から逃れるために隠れる場所がたくさんあったのかもしれないわね」
レンタカーは人里離れた湖畔に到着した。フロッピーディスクで解読した地図が示す通り、そこには一本の巨大なカシの木が立っていた。そのカシの木から少し奥まった場所に、小さな木造の小屋がひっそりと建っていた。
「ここね…」
目を覚ました希実が小さく呟き、緊張で声を震わせた。レンタカーを降りると、三人は警戒しながら小屋へ近づいた。窓から灯りが漏れていた。誰かがいるのは間違いない。
凌太が息を吞みながら扉をノックしたが、返事はなかった。もう一度、強くノックすると、扉の奥からくぐもった声が聞こえてきた。
「誰だ?ここは立ち入り禁止だ!」
凌太は意を決して、大きな声で叫んだ。
「ギド・エンゲルス博士!私たちは、あなたが開発した技術が、世界中で悪用されていることを知って、止めに来ました!『レプロ』のことを話させてください!」
沈黙が数秒続いた後、ガチャリとノブを回す音が聞こえた。なかから現れたのは、白髪交じりで無精髭を蓄えた、鋭い眼光を持つ老人だった。彼こそがギド・エンゲルスだった。
「レプロ…だと?」
エンゲルスは警戒心と疲労が入り混じった目で凌太たちを睨みつけた。希実が前に出た。
「エンゲルス博士。あなたの技術が国際的ハッカー集団『ペトロフ・コネクション』によって、平和とは真逆の目的で使われている証拠を私は持っています。彼らのサイバー攻撃を止めるために、マスターキーコードを教えて頂きたいのです」
エンゲルスは鼻で笑い、小屋の中に招き入れることもなく、扉の前で腕を組んだ。
「マスターキーコードだと?そんなものは存在しない」
「嘘よ!レプロには緊急停止用のマスターキーコードが存在するはずよ!」
希実は必死に訴えた。エンゲルスの顔から表情が消えた。
「仮に存在したとしても、お前たちに渡すことはない。一度、野に放たれてしまったものだ。もはや、人間の手で制御できるものではない」
彼は深い絶望を瞳に宿していた。
「レプロを停止させることが、世界を救う唯一の道だとでも言いたいのか?違う。お前たちがレプロを手にすれば、また新たな悪が生まれるだけだ。私は、この小屋で孤独に生きることで、自分の罪を償っている。これ以上、関わらないでくれ」
エンゲルスは冷たく言い放ち、扉を閉めようとした。希実の顔は絶望に染まった。凌太は、この孤高の天才の心をどうにか動かさなければならないと直感した。
「待ってください!博士のレプロが、罪のない人々を苦しめているんです!」
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
小牧幸助さんの企画に参加しています。
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