隠処_15【シロクマ文芸部】【lpz.89】
文庫本のようなメモ帳を見ながら、希実はフロッピーディスクの中身を解読する準備を進めていた。
失踪した希実を追って、凌太はエリカを頼りにドイツまでやってきた。ライプツィヒの廃墟と化した研究所で運命の再会を果たし、追跡してきたペトロフ・コネクションの魔の手から間一髪のところで逃げ切ったのだった。
三人を乗せたレンタカーはライプツィヒ郊外の森を抜け、小さな田舎町のガレージへと滑り込んだ。エリカが知人の伝手で借りた、周囲から隔離された静かな一軒家だった。
エンジンが停止すると、緊張の糸が切れたように凌太は深く息を吐いた。隣で運転していたエリカも、後部座席の希実も、顔は疲労で蒼白だったが、目には確かな達成感が宿っていた。
「助かったよ、エリカ。本当にありがとう」
凌太は心の底から感謝を伝えた。
「無事でよかった。さあ、早く中へ。このフロッピーディスクが、あなたたちを救ってくれるはずよ」
エリカは冷静に言い、手際よくガレージのシャッターを閉めた。
家の中は簡素だったが、通信環境と電力は確保されていた。希実は無言でフロッピーディスクを握りしめ、外部接続のフロッピーディスクドライブをノートパソコンに接続した。
凌太とエリカが見守る中、希実はプロのセキュリティエンジニアの顔に戻っていた。彼女はフロッピーディスクからデータを読み取りながら、説明した。
「ギド・エンゲルスがこのディスクに直接書き込んだはずよ。当然、暗号化されていて、しかも当時の東ドイツのプロトコルでデータが断片化されているの。普通のツールじゃ読み取れないわ」
しかし、希実が開発した特殊な解析プログラムを走らせると、画面に無数のコードが流れ始めた。彼女は一瞬たりとも目を離さず、時間をかけて断片化されたデータを繋ぎ合わせ、データを解読していった。
凌太は隣でその集中力に圧倒されながら、コーヒーを用意することしかできなかった。夜も深まってきた頃、キーボードを叩く希実の指が止まった。
「できたわ。これが目的のファイルよ」
画面に表示されたのは、古びた地図の画像と、わずか数行のドイツ語のテキストファイルだった。そこには、緯度や経度を示すような複雑な座標ではなく、詩的な場所の記述が記されていた。
『ハルツ山地、西側の麓。孤独なカシの木の下に建てられた、湖畔の小屋』
エリカが即座に地図と照合して、息を呑んだ。
「ここだわ。東西ドイツ統合時に放棄された、極秘の研究施設に近い場所よ。人里からだいぶ離れていて、完璧な隠れ家だわ。まさか、こんな場所にギド・エンゲルスが身を隠していたなんて…」
希実はフロッピーディスクを取り出して、凌太を見つめた。
「凌太。彼に会おう。私が追っているのは、彼が開発した『レプロ』という超高速暗号解読技術なの。それに、日本へのサイバー攻撃を止める唯一の鍵、マスターキーコードは彼が持っているはずなの」
彼女の目に迷いはなかった。凌太は強く頷いた。
「よし、会いに行こう。必ず希実の潔白を証明して、この戦いを終わらせてやる」
三人の視線は、地図上に示されたハルツ山地の小さな点に集まった。次に進む目的地が定まったのだ。
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
小牧幸助さんの企画に参加しています。
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