背信_03【シロクマ文芸部】【lpz.89】
待ち合わせ場所としてよく使っていた喫茶店にも寄ってみたが、希実は姿を現してはいなかった。
凌太の勤務先であるユウヒ社がサイバー攻撃に会い、同棲中の希実が不審なファイルを開いたことが原因だとスケープゴートにされて失踪してしまった。唯一『 lpz.89 』と書かれたメモを残して…
凌太は仕事中も片時も『 lpz.89 』のことが頭から離れなかった。昼食の休憩時間も、トイレの個室で検索を繰り返した。
「Lightning Protection Zone(雷保護ゾーン)」「Leichte Panzermine(軽戦車地雷)」——ヒットするのは専門用語や軍事用語ばかりだ。
希実がセキュリティエンジニアだったことを考えると、何かのプロトコルに関連するコードの可能性が高いが、どれも核心に触れない。
その日の午後、全社員を集めた緊急のオンライン会議が開かれた。画面越しに映し出された社長と広報部長の表情は硬い。凌太の胸に嫌な予感が走った。
「この度の甚大なサイバー攻撃について、当社の調査結果を報告します」
広報部長は淡々と話し始めた。
「攻撃の侵入経路は、外部委託先のセキュリティエンジニアである横田希実氏が、業務中に不審なファイルを起動したことによるものと断定しました。この行為は業務提携契約上のセキュリティポリシーに反する重大な過失であり、多大な損害を生みました」
そして、広報部長は続けた。
「よって、当社は横田希実氏の所属するセキュリティ会社との契約を直ちに破棄するとともに、ウィルス拡散に伴う損害賠償請求の民事告訴手続きを開始します。これは、社会に対する当社の責任を示すためです」
凌太は血の気が引くのを感じた。希実が不審なファイルを開けたのは事実かもしれない。だが、彼女は誰よりもユウヒ社のセキュリティに尽力していたではないか。全ての責任を彼女に押し付け、会社の体面を守るための冷酷な「裏切り」に他ならなかった。会議後、凌太はセキュリティ部長を廊下で捕まえた。
「部長、横田さんが過失で不審なファイルを開けたのではなく、ウイルスの兆候に気づいて、食い止めようとしていた可能性はないのでしょうか?」
部長は周囲を気にしながら、声を潜めて言った。
「渡辺、わかるだろう。今は株価が下がって、顧客の信頼も失っている。社会に対して我が社は『被害者』であり、『迅速な対応を取った』と示さなければ、会社自体が潰れてしまうんだ。残念ながら、彼女をスケープゴートにするのが、今、我が社に残された唯一の選択なんだよ」
部長の目は、凌太と同じくらい疲弊していたが、その言葉には冷徹な現実が宿っていた。凌太は会社に対する忠誠心が一瞬で崩れ去るのを感じた。凌太は、この巨大な組織の中で彼女の潔白を証明することは不可能だと悟った。
「もう、あなたたちに用はない」
凌太はポケットの中の『 lpz.89 』のメモを握りしめた。会社の裏切りが、彼に戦う決意をさせた。 彼の戦場は、もうユウヒ社ではない。
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
小牧幸助さんの企画に参加しています。
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