暗号_02【シロクマ文芸部】【lpz.89】
冷凍庫から取り出したハーゲンダッツを食べながら、今日起きた出来事を振り返っていた。朝、目覚めると同棲中の希実が姿を消し、勤務先の会社は大規模なサイバー攻撃の渦中にあった。しかも、その原因は彼女にあるとして、ネット上では誹謗中傷の嵐だった。
希実の好物を口にすれば、少しでも彼女の心に近づける気がしたのだが、冷たいアイスの感覚は不安を更に煽るばかりだった。
…
翌日もユウヒ社は機能不全に陥っていた。
凌太は会社で「横田希実は、外部のハッカー集団に利用された被害者だ」と懸命に主張したのだが、世論と会社の防衛本能は、彼女を「不審なファイルを開いた不用心なエンジニア」として糾弾するばかりだった。
退社後、凌太は重い足取りで二人の部屋に戻った。このままでは彼女が本当に犯罪者のように扱われてしまう。
「希実は逃げたんじゃない。きっと何かを残してくれているはずだ」
凌太は自分に言い聞かせながら、彼女のデスク周りを調べ始めた。パソコンも業務で使っていたスマホも会社に押収されていた。残されたのは、彼女が個人的に使っていたノートと、本棚にあるお気に入りの本だけだった。
本棚の隅にある、鮮やかな装丁の冊子に目が留まった。それは、二人で半年後に計画していたヨーロッパ旅行の「旅のカタログ」だった。ページには「美術館!」「ビール!」など、楽しそうな手書きの付箋がたくさん貼ってあった。
凌太はカタログを抱きしめた。その瞬間、悲しみと怒りが再び込み上げてきた。この未来を、ネットの悪意が、会社の保身が、奪ったのだ。
カタログを閉じようとしたとき、カバーの内側に挟まっているメモらしきものを見つけた。
それはレシートの切れ端ほどの小さなものだった。丁寧に三つ折りにされていて、開くと、黒いボールペンで力強く書かれたアルファベットと数字が記されていた。
『 lpz.89 』
凌太はそれを凝視した。これはセキュリティ用語の略語だろうか?それとも何かの製品コードだろうか?いくつかのワードが頭をよぎった。
しかし、その暗号が何を示すのかはわからなかった。わかったことはただひとつ。
「よかった。希実はメッセージを残してくれていたんだね」
このメモは間違いなく、希実からのメッセージであり、彼女の行方を知る鍵だと確信した。
凌太はポケットにメモを押し込み、暗号解読という、孤独な戦いに身を投じることを決意した。
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
小牧幸助さんの企画に参加しています。
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