真実_04【シロクマ文芸部】【lpz.89】
昨日からの怒りが収まらなかった。凌太の勤務先であるユウヒ社が被害を受けているサイバー攻撃の原因は、同棲している希実だとしてスケープゴートにされていた。更には民事訴訟まで起こす事態となり、全ての責任を希実に擦り付け、保身に走る会社の裏切りが許せなかった。
凌太は、ユウヒ社には出社せず、希実の勤務先の上司である大月剛に連絡を取って会うことにした。大月は希実がユウヒ社のセキュリティを担当する前から、その卓越した技術力を高く評価していた人物だ。一方的に契約を破棄された彼もまた、ユウヒ社への不信感を募らせているに違いない。
凌太は人目につかない喫茶店の奥の席で大月と向き合った。大月の顔には、疲労と、ある種の諦念が刻まれていた。
「横田さんのこと、本当に申し訳ない」大月は深く頭を下げた。
「ユウヒ社は彼女をスケープゴートにすることで、組織的な責任を回避しようとしています。卑劣な保身だと思います」凌太は切り出した。
「大月さん。これを見てください」
彼はポケットから『 lpz.89 』のメモを取り出した。
「これは彼女が残した暗号です。何か心当たりはありませんか?」
大月はメモを凝視したが、首を横に振った。
「正直、このコードが何を意味しているかはわからない。だけど、横田さんが追っていたものが何かは知っているんだ。今回のサイバー攻撃は単なるウイルスじゃない。横田さんは、この背後にある『超高速暗号解読技術』を追っていたんだ。あれは、既存の防御システムを瞬間的に無効化し、データ流出の痕跡すら残さない異様な技術だ」
「超高速暗号解読技術…?」
「彼女は、その技術が旧東側の極秘技術と酷似していることを突き止めていた。それが『レプロ』というコードネームで呼ばれていたことも…」
大月は周囲を見回し、声のトーンをさらに落とした。
「彼女は、その技術が今回のサイバー攻撃に使われている証拠を掴もうとしていた。そして、不審なファイルを解析しようとした瞬間、罠にはまってしまったじゃないかな。恐らく彼女が開いたのは、陽動ファイルだったと思う…」
大月は机の上に資料を滑らせた。それは、希実がまとめた解析レポートのコピーだった。
「彼女が到達した結論だ。この技術を開発したのは、かつての旧東ドイツにいた科学者、ギド・エンゲルス。そして、この『レプロ』を停止させるには、開発者本人が持つ『マスターキー』のコードが必要だ」
「ギド・エンゲルス…」凌太は呟いた。
「ギド・エンゲルスは東西ドイツ統合の混乱の中で失踪した。その後、国際的なハッカー集団『ペトロフ・コネクション』が現れて、彼の技術を悪用し始めたんだ。横田さんは、それを突き止めようとしていた。彼女は、ユウヒ社のセキュリティを守るヒーローになるはずだったんだ…」
大月は凌太の目を見た。
「横田さんは無実だ。だけど、未確認の状況でこの事実を公表にすれば、ユウヒ社も、我が社も『ペトロフ・コネクション』に潰されてしまう。彼女は全てを悟って、身一つで日本から離れたんだ。真実とマスターキーを求めて、ギド・エンゲルスの足跡を追っているはずだ」
凌太はポケットの『 lpz.89 』を握りしめた。その暗号が何を意味するのかは、まだ霧の中だ。しかし、目的地は明確になった。凌太は立ち上がった。
「大月さん。ありがとうございます。彼女の潔白を証明してみせます」
凌太の戦場は決まった。ドイツだ。
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
小牧幸助さんの企画に参加しています。
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