決断_05【シロクマ文芸部】【lpz.89】
三月は決算を迎える繁忙期であり、会社は凌太の恋人でありセキュリティ担当でもある希実に全ての責任を押し付けて早々に事態の収拾を図った。しかし、未曽有のサイバー攻撃の真犯人は希実ではなく、国際的ハッカー集団『ペトロフ・コネクション』であった。希実は超高速暗号解読技術『レプロ』停止させるべく、開発者である旧東ドイツ出身のギド・エンゲルスを追っていた。
希実の勤務先の上司である大月との密会を終えた凌太は、ユウヒ社へは戻らなかった。彼の頭の中は、希実が単なる過失の犠牲者ではなく、巨大な闇の組織と戦っているヒーローだったという事実に支配されていた。
(ペトロフ・コネクション、レプロ、そしてギド・エンゲルス…希実が追っているものを、俺も追うんだ)
凌太は自宅アパートへ戻る途中、何度も後ろを振り返った。誰かに見られているという強い感覚があった。国際的ハッカー集団『ペトロフ・コネクション』の影が、すでに忍び寄っているのかもしれない。
彼は周囲を警戒しながら、急いでドイツへの渡航準備を始めた。パスポート、最低限の現金、そして希実が残した暗号『 lpz.89 』のメモ。
まず、凌太はユウヒ社に一ヶ月の長期休暇届を申請した。理由は語らなかったが、希実の件で心身ともに疲弊したという建前は、誰もが納得した。それに、もし事態が解決しなければ、その時点でユウヒ社を辞める覚悟だった。
次に、最も重要な人物に連絡を取った。 大学時代に留学生として日本に来ていた親友、エリカ・ショルツだ。現在はベルリンの大学で国際政治学を研究している講師だ。
エリカは、凌太の大学に留学生として来日した際に出会い、それ以来の親友であり、卒業後も連絡を取り合っていた。凌太はエリカに、ユウヒ社のセキュリティ担当としてやってきた希実と恋仲になり、同棲し、将来結婚する予定であることも伝えていたので、エリカは希実のこともよく知っていた。凌太はエリカにメッセージを送った。
『エリカ、急で悪い。すぐにベルリンに行く。協力して欲しいことがある』
すぐにエリカからビデオ通話の着信があった。画面に映る彼女は、鋭い知性を感じさせる瞳と、変わらない屈託のない笑顔を浮かべていた。
「リョウタ?どうしたの、日本のニュースは見たわよ。でも、なぜベルリンなの?何かあったの?」
凌太は状況を簡潔に説明した。希実の失踪、会社からの裏切り、『 lpz.89 』という謎の暗号のこと。そして、大月から情報を得た『レプロ』や『ギド・エンゲルス』のこと。希実の無実を証明する手がかりがドイツにあること伝えた。エリカは真剣な表情に変わった。
「わかったわ、リョウタ。あなたの直感を信じる。ノゾミは私にとっても大切な友人よ。ベルリンに来たら、私が全力でサポートするわ」
「ありがとう、エリカ。本当に助かる」
凌太は安堵の息をついた。
「それで、その『 lpz.89 』って、何か心当たりはあるの?」
エリカは探究心旺盛な研究者の顔を見せた。凌太は答える。
「何かシステム関連の略語じゃないかと思うんだ」
エリカはフッと笑った。
「そうね。セキュリティ関連から調べる必要があるわね。任せて。ベルリンで会いましょう」
通信を切った凌太は、窓の外を覗いた。暗闇の中に、停車した見慣れない車のヘッドライトが不自然に光っているように見えた。時間は残されていない。凌太は最小限の荷物をスーツケースに詰め込み、『 lpz.89 』のメモをポケットにしまい込んだ。
さよなら、日本。 凌太は希実の潔白と、彼女の救出を胸に誓い、追跡者の影を振り切るように、ベルリン行きのフライトに乗り込んだ。
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
小牧幸助さんの企画に参加しています。
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