再生_20(最終話)【シロクマ文芸部】【lpz.89】
水を飲むと、やはりノンガスの方が美味しいと日本に帰国した凌太は思いながら、ドイツでの出来事を振り返っていた。希実のおかげで暴走していた『レプロ』を停止することができ、サイバー攻撃を受けていたユウヒ社の危機は去ったのだった。
廃駅地下のサーバー室。その薄暗い空間に、ようやく安堵の空気が満ちていった。ギド・エンゲルスは軽傷を負ったものの警察に保護され、ペトロフ・コネクションの男たちはその場で拘束された。
凌太は、ノートパソコンの画面を見つめる希実の隣で、深く息を吐き出した。マスターキーコードの送信が完了した瞬間、日本のユウヒ社のシステムは、あの忌々しいサイバー攻撃から完全に解放されたのだ。
「終わったわ、凌太。これで…全て」
希実はノートパソコンを閉じると、崩れ落ちるように凌太の胸に顔を埋めた。彼女の震えは恐怖から解放された歓喜と安堵のものだった。
…
数日にわたるドイツ警察とインターポールの捜査の結果、ギド・エンゲルスの証言やサーバーのログデータが決定的な証拠となった。一連のサイバー攻撃はペトロフ・コネクションの犯行であり、希実にかけられた疑惑は、彼らの情報操作による冤罪であることが証明された。
しかし、日本のユウヒ社は、自らの初動ミスを認めなかった。会社としての体面を保つため、希実の無罪を大々的に公表することはしなかったのだ。
…
日本へ帰国していた凌太は、ユウヒ社の会議室に呼ばれ、セキュリティ部長から会社の方針を告げられていた。
「サイバー攻撃は原因不明の外部要因により、幸運にも停止した。横田希実が本件に関与したという、確たる証拠は見つからなかった。…そういうことだ」
凌太はただ黙って聞いていた。
会社は問題が収束したことに安堵し、今回の事態を収拾した功績として、凌太に昇進を提示してきた。しかし、凌太は迷うことなくその提案を断り、辞表を提出した。
「彼女を裏切った会社に、これ以上残る理由はありません」
凌太はユウヒ社を去った。世間にとって、希実は依然として「謎の失踪者を遂げた容疑者」のままであったが、今の凌太にとっては、そんなことはもはやどうでもよかった。
…
凌太は再びベルリンの地に立っていた。新しいアパートの鍵をポケットの中で握りしめ、かつてエリカに相談を持ちかけたカフェへ向かった。テラス席には、柔らかな陽射しを浴びて、一人の女性が座っていた。希実だった。彼女は穏やかな笑顔を浮かべ、凌太に向けて小さく手を振った。そこにはもう、冤罪の影も、逃亡者としての張り詰めた緊張感もなかった。
「お帰り、凌太」
「ただいま、希実」
凌太が席に着くと、希実が嬉しそうに一冊のパンプレットを取り出した。
「ねえ、聞いて。エリカが新しい就職先を紹介してくれたの。『レプロ』の暗号技術を平和利用するために研究をしている財団よ。私の居場所は、ここにあるみたい」
希実は瞳を輝かせていた。凌太は静かに微笑み、希実の手にそっと自分の手を重ねた。二人の『再生』が、このベルリンの空の下で、いま始まろうとしていた。
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
小牧幸助さんの企画に参加しています。
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