見出し画像

5月は、除虫菊の季節 ~日本はかつて世界一の除虫菊輸出国

除虫菊の花は、人畜無害な天然の殺虫成分を含んでいます。
KINCHO創業者上山英一郎は、明治時代からこの花の栽培を日本全国に広めました。昭和10年代には、除虫菊は世界の生産の9割を占める重要な日本の輸出品にまで発展し、蚊が媒介する感染症から数多の人々を救ったのです。


天然の殺虫剤「除虫菊」とは

天然の殺虫剤である「除虫菊」は、バルカン半島(現セルビア共和国など)からペルシャ(現イランなど)にかけてが原産です。
除虫菊の花の殺虫効果は現地で古くから知られていました。ある女性が野から摘んで部屋に飾っていた美しい菊の花が枯れてしまったので捨てたところ、その周りに虫がたくさん死んでいたことから、虫を殺す効果があることが見いだされた、という話が伝わっています。

除虫菊(シロバナムシヨケギク Tanacetum cinerariifolium)。
花の子房部分に殺虫成分がある。

日本と除虫菊

除虫菊は、19世紀には欧州各地で広く利用されるようになりました。19世紀末には日本にもやってきました。
明治19年、紀州有田の若者であったKINCHOの創業者上山英一郎は、アメリカの植物会社のH.E.アモア氏を通じて、一袋の除虫菊の種を手に入れました
英一郎は全国を行脚して農家を回り、除虫菊の有用性を説き、栽培を呼びかけました。明治から昭和初期にかけて、除虫菊栽培は瀬戸内地方や北海道で大きく発展しました。
除虫菊の乾花は蚊取り線香や殺虫液などの原料に用いられるとともに、戦前までは世界への主要な輸出品でした。日本の除虫菊生産は昭和10年代には世界の生産の9割を占め、世界第一位の生産量となりました。
戦後、除虫菊の殺虫成分が化学合成できるようになり、日本では産業としての除虫菊栽培は終了しました。現在はケニアやオーストラリアなどが主要な栽培地です。

広島県、因島の除虫菊畑。昭和15年ごろの絵葉書より。
今でもゴールデンウィークの因島で毎年「除虫菊まつり」が開かれている。

除虫菊の天然殺虫成分「ピレトリン」と、「合成ピレスロイド」とは

除虫菊の花の子房の部分には、天然の殺虫成分「ピレトリン」があります。この殺虫成分はヒトなど哺乳動物や鳥類には無害なのに、虫を殺す効果があります。
戦後、この理想的な殺虫成分ピレトリンを化学的に合成する研究が競うように各国で進められました。ピレトリンの化学構造を最終的に解明したのはKINCHOの中央研究所の勝田純郎博士でした
現在、除虫菊のピレトリンの化学構造をお手本として開発した「合成ピレスロイド」系の殺虫成分は、安心安全な家庭用殺虫剤や農業用、防疫用の殺虫剤として世界中で使われています。KINCHOでも、フラメトリン、プラレトリン、エムペントリンなど数々の合成ピレスロイドを発明してきました。
現在のKINCHOの殺虫剤の殆どは、この除虫菊由来の合成ピレスロイドが使われているのです。

除虫菊のまち、尾道

広島県尾道市の向島、亀森八幡宮にある「除虫菊神社」は、KINCHO創業者上山英一郎が祭神です。昭和5年(1930年)、除虫菊栽培を瀬戸内地方に広め、人々の生活を豊かにした英一郎の功績をたたえ、地元の除虫菊農家の人々などにより建立されました。毎年5月8日には例祭が行われます。
また、千光寺公園には、同じく昭和5年に除幕された顕彰碑「除虫菊発祥之碑」があります。英一郎のレリーフとその功績が刻まれています。
かつては、毎年4月下旬から5月上旬にかけて除虫菊が一斉に咲き誇り、白いじゅうたんを敷き詰めたような絶景が瀬戸内の島々や沿岸に広がっていました。現在も、尾道市内では観光目的で除虫菊が栽培されており、今見ごろを迎えています。

除虫菊神社と、除虫菊発祥之碑(いずれも尾道市)
天然除虫菊 金鳥の渦巻
「天然除虫菊 金鳥の渦巻」(防除用医薬部外品)は、有効成分として天然除虫菊だけを使用した、蚊取り線香の原点ともいえる製品です。