広島の尾道にある「除虫菊神社」の祭神は、KINCHO創業者
広島県尾道市、瀬戸内海に浮かぶ向島にある亀森八幡宮の境内には、KINCHOの創業者上山英一郎が祀られている「除虫菊神社」があります。
毎年5月8日は「除虫菊神社」例祭
明治時代、紀州有田の若者であったKINCHOの創業者上山英一郎は全国を行脚して、殺虫成分を含む花を咲かせる「除虫菊」の栽培を奨励しました。
水不足になりがちな瀬戸内の島々において、多くの水を必要としない除虫菊栽培は、明治から昭和初期にかけて産業として大きく発展しました。日本の除虫菊は一時は世界第一位の生産量となり、農家に富をもたらしました。除虫菊の乾花は蚊取り線香や殺虫液などの原料に用いられるとともに、戦前までは世界への主要な輸出品となりました。
除虫菊神社は昭和5年(1930年)、除虫菊栽培をこの地に広め人々の生活を豊かにした英一郎の功績に感謝して、地元の除虫菊農家の人々などにより建立されました。建立以来、毎年5月8日には、上山英一郎を称える例祭が行われます。
かつては、例祭が行われる時期に除虫菊が一斉に咲き誇り、白いじゅうたんを敷き詰めたような絶景が瀬戸内の島々や沿岸に広がっていました。

千光寺・除虫菊発祥の碑
尾道の観光名所、千光寺公園には、除虫菊神社の建立と同じ昭和5年に除幕された顕彰碑「除虫菊発祥之碑」があります。この碑には、英一郎のレリーフとともにその功績が刻まれています。
題字の揮毫は、英一郎と交友のあった東郷平八郎元帥です。

白いじゅうたんの丘
戦後、除虫菊の殺虫成分が化学合成されるようになり、日本では産業としての除虫菊栽培は終了しました。現在はケニアやオーストラリアなど世界各地が主要な栽培地です。
今では尾道市内の数カ所にて除虫菊が観光を目的として栽培され、地元の方々や、ここを訪れる旅人たちの目を癒しています。毎年4月下旬から5月上旬にかけて真っ白な花を咲かせます。

今まさに満開。尾道市の因島では「除虫菊まつり」も開かれました。
かつて瀬戸内の島々を真っ白に埋め尽くし、農家の人々を支え、殺虫剤として数多の人々を蚊が媒介する感染症から救った可憐な除虫菊は、今なお瀬戸内の人々に愛されています。

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