抽象画は、どこでやめたらいいのか

「抽象画って終わりはどうやって決めているの?なんとなくやめるだけなの?」
と、素朴な疑問をいただいたので、考えてみました。
何か一言で結論をかっこよく言いたかったのですが…無理でした。
終わりの判断は、なかなか難しいのです。それぞれの絵によって本当に違います。
私にとっての「終わり」
私の絵は、色や形や線など様々な要素の対話です。その対話にある程度のラリーが感じられること。言いっぱなし、投げっぱなしではないこと。
まだおしゃべりは続けられるけれども、一区切りついて、少し沈黙しても安全な感じがするところ、それが一旦の終わりです。
終わっていない絵は、そのラリーが途中な感じがします。投げたものが回収されていない感じ。
余談ですが、アントニオ・ロペス・ガルシアという作家の作品の中に、27年間も加筆し続けた一枚の肖像画があります。絵の具が何層にも重なって、時の流れそのものが繊細な地層として物理的に堆積している絵を実際に見て、とても感動しました。これは終わらなかった絵なんだな、と。絵とは、そんなに長い間一枚を描き続けても良いんだな、と。
終われない時
終われない時もあります。というか、ある一手を入れた瞬間に「あ、これは終われないなぁ」と感じる時があります。
私の場合、色が濁った瞬間に、その先のアイデアが浮かびにくくなります。
(だから、美しいグレーで描き続けられている絵に憧れがあります)
でも、不思議なことに、別の日に見ると続きの道が見える時があります。
なので、描き途中の絵が常にいくつかあります。
他の作家の皆さんもそうなのではないでしょうか?
(もちろん、一気に描き終える作家さんもいらっしゃるでしょうが)
いずれにしても、終わりを探しながら描き続ける日々は、これからも続きます。
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ある一つの絵を描きながら考えたことや、実際の手順を記録した制作ログはこちらからぜひ。
長年の映像制作デザイナーとしての経験の後、抽象画を描きはじめた私のことは、こちらに書きました。
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このnoteでは、抽象画の楽しみ方や制作の裏側、
完璧を手放したキャリア転換のことを書いています。
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