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私と『先輩はおとこのこ』 -“好きなものの自由”に名前を付けないで-

LGBTQ+に“区別”しなくていい、自由の物語がありました。

ぽむ先生の漫画作品『先輩はおとこのこ』は2024年に丁寧なtvアニメシリーズ化もされ、去る2025/02/14 バレンタインデーにその完結編が映画として公開もされました。

映画『先輩はおとこのこ あめのち晴れ』を初日初回で観賞して参りまして
その感想と
この機会にそもそも原作となった漫画作品自体に私がずっと感じて来た諸々を綴ってみたいと思います。

(※映画の結末[原作の結末]まで触れる感想とそれ以外の紹介と語りを項目で分けています。未読・未観賞の方は一旦最初の項目を目次で飛ばし、また読後・観賞後にお読み頂けましたら)


🐳『あめのち晴れ』【※本項目では映画及び原作の結末まで触れます。目次で次の見出しをタップする事で内容詳細に触れない次項目まで飛べます】

存外の原作咀嚼解像度で映像化されたtvアニメ版は
原作でも“当初の最終話”であったとされる母との雪解けまでを描かれ一旦の幕引きとなり
そのタイミングで発表された今回の映画化。
公開日もバレンタインデーと素敵に設定されたそれを、私は多大な楽しみを募らせて待ちました。

そうして迎えた当日。
スクリーンに映し出された最終章。
原作でも強く震わされた校内放送の告白と咲ちゃんの飛翔。
これを映画館の大スクリーン大音響で魅せて下さって本当に有難う御座います。。の気持ちに溢れながら、私はやはりボロボロに泣いてしまっていたのでした。

沢山の事を経て、沢山の大切な事を見付けて、自分達だけの特別を掴んで、星を観に行った3人。
でも、空は曇り空。
これは
どうしたって
一人ひとりの中で、優しく親しい皆の中では
辿り着いて 掴み取った自由のようであっても
どうしたってそれは世界の中ではそう簡単にいくべきもない
そんな現実を示しているようにも思われました。

雨は止んだようであっても
そこはまだ曇り空で。

けど
きっと
「明日は晴れるよ」。
そう思って そう信じて歩み続ける事で
本当に晴れ渡っていたあのラストシーンのように。
そんな願いを込めた終幕であったように思えます。

最終巻のあとがきで「この物語が誰かの【大丈夫】の支える手助けに少しでもなればいいな、と思います」とあったように
元々「偏見をなくそう!とかでなく」であったように
大きく声や拳を突き上げるようなそれではなく
只々静かに優しい
祈りの物語であったと感じます。


まこと先輩が、おじいちゃんから借りた少女服を楽しく着て雪道を歩んでいたはずなのに道路ミラーに映る自身の姿にハッとなって、「汚しちゃいけないし..」と萎縮してしまうシーンが嘗てありました。
でもおじいちゃん/川崎英一郎さんは 「汚したっていい いいんだ」と自ら身を雪の中に沈めます。

あれは
大切な衣装を汚してはいけないといった遠慮というよりも
それはつまりあの服が“普段着ではない”ということを
やはり男である自身がそんな可愛い装いをする事など“特殊”で“変わったこと”、“普通でない”事だと
迷いが発現した
そうしたシーンで。
でも
英一郎さんはそれを打破したように私には感じました。
普通に着ていたっていいんだ だから例え汚したって構わない
自らそれを示した
そんなシーンであったと感じます。

。。以前の記事でも少し触れたのですけど
わたし、英一郎さんみたいな老後ほんとに理想で。。

嘗ては不器用に、“可愛いものを好きでいるのが[普通]でいられる 娘のような【女性】を羨ましいと思って”、その発現をあのような形でしか成し得なかった英一郎さん。
“家族”がある中でそのようにしかせざるを得なかった昔。

でもそこから解き放たれて、只静かに、自分の好きなものを大切に暮らしてゆけている今。
過剰にそんな自分を認めてなどとアピールする訳でなく
自身の性別の範囲中に静かに 本当に静かに収めて飾って。
そんな暮らしを実現させていました。

そこに 同じ想いを抱えた、それも血の繋がりがあるまことくんが訪ねて来てくれて 自身の大切を共有してくれて
どれ程に嬉しかったことでしょう。
劇場版でもあったお菓子を作りすぎてお隣さんに押し付けて帰っちゃうシーン。
あれ、「おじいちゃんに相談に乗ってほしくて」も滅茶苦茶に嬉しかったんですよね。。

そうそう
ふふ、わざわざ朝イチでお隣さんに渡しに行ったのは、それを誰かに(というかお隣さんに)ホントは伝えたかったんですよね。
お隣のお姉さんとの関係性って、原作でも終ぞ詳しくは描かれなかったのがまた色んな想像を膨らませられます。
お互いスッと仲良くなれている、気兼ねない大切な友人でもいいですし
もしかしてお互いちょっと何かそれ以上のものがあったりするのかも
でも表には出さないのかも
出してるのかも
とか ね。

実はお名前すら明かされてないんですよね。
そういえば何て仰るんだろとパンフに期待してたらそこでも“お隣さん”ですもの。

👗
少し先述で触れたように
映画以前に本作の感想をnoteで少し追った際に、「トランスジェンダーの花岡まこと」という【嘘】を平然と記載してAmazonアフィリエイトを仕込んでいる酷い記事が人気順の上位に来ていたのを読んでしまって。
でも
正直世間というのはこんな程度の認識で、読後のはずなのに何も伝わっていないものなのかも知れなくてと意気消沈してもいたのですが
ふと、「本当にそうなのかな」ともっと広く検索してみれば、ちゃんと届いている感想にも沢山巡り逢って気持ちも少し落ち着いたのでした。

(云っては何ですがnoteさんも結局ネットの一角なので玉石混淆、勝手な記事だって幾らでも在る訳で。
以前本作と別件でも全然事実と異なる前提の記事を見掛けて「それは違うんですよ..」とそっと詳細を伝えてみた事も実はあったのですが
無視されたり逆に難癖扱いをされたり
こんなのってtwitterで勝手な言い分を見付けてリプライ指摘するのと一緒で、やったところで自分の時間と精神を削るだけだったりするんですよね..。
(noteさんに通報も一応してはいますが要はそれが明らかな虚偽かどうかをnoteさんが判別するのは困難な訳で。)

ちゃんと届いていた感想欄を見掛けたのって例えばここでした▽

めちゃコミックさんて有吉くんのCMの無料押しばかりであまりいい印象無かったのですけど、その分有名所で読者も幅広いんでしょうね、ここで沢山の感想読めてよかった。。
(「女装をしている人は恋愛対象は男性だと思い込んでいた」といった気付きに触れてらした方とか、正にそう、ほんと色んな方にちゃんと届いてるんだなぁみたいな。。)

💌
良くない話続きますがこの機会に。
ネットでの色々と云えば、あれだけ積んで積んでまことくんと咲ちゃんが恋人同士に至るラストに届いた訳ですのに
「好きといっても様々で、結局“何でもいいよね”ってラストになったみたいで誰と誰がくっついたとかではないです」といった解釈が幾つか見付かってちょっとびっくりしてて..。
その迷いは 途中で描かれた事でしょう..。
そもそもそれは性別とか内面とかの前に、誰だってどんな恋愛でだって沢山あることで。本作ではその先に辿り着いた各々の特別の重なりな訳で。

ある種、その問い掛けが届いていたのは良いことなのでしょうけど、その人はそこで考えないとに囚われ過ぎて、ちゃんと描写と展開を重ねて辿り着いた事が霞んじゃったのかな..。

とかまぁ色々申しましたが
note記事の件もですけどインターネットの諸々にいちいち眉をひそめていても仕方ないはずなんですよね。
とりあえずの整理と、私の記事も電子の海の一角になってどなたかの目に留まるよう書き出しまで。。

🎬
映画の構成
エンドロールラストに屋上でまた3人が楽しそうに集まって
咲ちゃんの手にはくじらのお弁当包みが自然に持たれていて(一瞬ながら印象的にクローズアップもされていましたよね)。
あのカットで終わることで、凄く沢山のことがちゃんと着地してくれた、とてもとても爽やかな感覚の終劇に思えました。。

あと例えば
本郷さんの事を知った咲ちゃんが、本人達の前では気丈に振る舞っていてもあのように帰宅した辺りのくだりで、映画ではお母さんの写真を伏せて泣いているカットが加えられたりと
原作の“傘下に溜まる雫と、豪雨”で間接的に表現された良さとまた別途、映画のあれは映像として具体的に鮮烈に刺さる表現でかなりキてしまって..。
そうした細々した再構築、只原作をそのままなぞって動かして喋らせただけでない、映像作品として調整された真摯な作りを感じました。

後ほど別途でも語りますが、原作漫画も連載時はwebトゥーンで、単行本時に通常の漫画の構成になって、でしたが、これが各々絶妙で
例えば序盤の、くじらとレースのハンカチーフが風に巻かれるシーン。
そこに「それは女の子用よ」と母親の言葉が重なり/まるで今回もそうして取り上げられたかのように
きっとそう感じたまこと先輩の表情が重なるカット
そこからの
咲ちゃんの跳躍
何も難なくの取り戻し笑顔でまこと先輩に手渡してくれる
この一連が、あの、私正直自身が漫画描きなのもあってずっと“縦読み漫画”というものに抵抗があったのですが
縦読みでこんな魅せ方が出来るんだ、という物凄い衝撃を受けたんですよね。。

そしてこれが単行本で組み直された際の、通常の漫画としての上手さが普通にあり。
ぽむさんの二段仕込みの漫画の上手さ。。となった訳なのですが
アニメスタッフによるtvシリーズや映画はまた、そこを映像作品に組み直したというか割となぞるだけと云えばそうなのですがちゃんと伝わる上手さがあって
そうした感慨を得た貴重な媒体の移し替え多段経験でありました。

🐉
映画はそうして細々な調整はあれど基本原作に忠実に映像化されたもので
後日談が添えられるといったものはありませんでした。
原作最終話時点で、まこと先輩と咲ちゃんが収まって終わったことでやっぱり気になったのが竜二のことだったのですが
この辺りは真っ白な未来のままなのかな〜..というのはどうしても。

誰かを宛行ってしまえばいいというものでも勿論ありませんが、別に恋仲に限らずとも各々皆何らかの収まりどころというかこれからが垣間見えるようにも思えた中で
竜二に関してはほんと“これから”がまっさら過ぎて..。

まこと先輩への想いはもう十二分に整理ついていて、咲ちゃんへの信頼もあるでしょうから、二人の幸せを見守る立ち位置ではあるにせよ
竜二自身の“特別”ってどこにあるんだろうなぁというか
..いや
ここに至っても 整理つけてようと何だろうと
彼の特別はずっと 花岡まこと なのかも知れないなぁと天を仰ぐ次第です。
(それもそれでまたひとつの人生


▲▲物語詳細に深く触れる項目はここまでです▲▲


🐳私と『先輩はおとこのこ』 【※ここからは所謂“ネタバレ”には深く触れず様々な話をしてゆきます。 ※紹介のため多少内容に触れる部分もあります】

💝
映画以前からこの御話で描かれていた事に、私はずっと心揺らされていました。
それはこの作品がセクシャルマイノリティ云々等のテーマではなく
只々
“誰かの大切なもの”の御話であったからでした。

世間的に昨今所謂LGBTQ+に関してはその概念と単語が広がっていて、
でも
逆にすぐそうしたカテゴライズをされがちな“過剰な配慮”が生まれ、それはそれで間違った方向に行っている懸念がありました。

この御話は
女装男子が主人公となると一見またそうしたLGBT題材と思われるやも知れずども
そうではない御話でした。

女装をしているからといって、まこと先輩はトランスジェンダーではありません。
彼は
あくまで“彼”でした
只々、可愛いものが好きなだけの、花岡まこと という一人の男の子です。
(英字サブタイトルの“this is him [can't be anyone else.]”は正にでした)

以前の記事でも触れた事があったのですが、私事ながら 実は私自身もそういった内面を抱えていてですね。

私もまこと先輩同様に、
性自認も肉体の性別と同じ
恋愛対象も基本異性で
只々、異性が好むとされるものに強く惹かれる内面がずっとあるだけでした。
でも
どうしてもそうした事は憚られがちでもあり、また、世間的に違う捉えられ方をし易い側面がありました。

『先輩はおとこのこ』はずっと、解りやすいカテゴライズテーマではなく
只々ずっと
各々思い悩む皆が、自分だけの特別を大切にする御話でした。

繰り返しになりますが、まこと先輩はあくまで只々“可愛いものが好きな男性”に過ぎませんでしたのに
私とて概要だけ聞いた時はFTMテーマの作品かと思ってしまっていました。

蒼井咲ちゃんのとあるくだりになった時も、私はてっきりアセクシャルやアロマンティック(※無性愛/無恋愛)と思い込んでしまいました。
大我竜二くんのとあるくだりを、同性愛者と捉えてしまいました。

読み進めていくと、どれもそうした話ではなかった事が自然と染み入ってゆきます。

(※もしかしたら竜二に関してだけはそうした性的指向の可能性もあるかも知れませんが、そこにクローズアップされる訳でもありません。
只々、彼は恋をしている。
只それだけでしかありません)

もしかしたら自身と遠い世界の作品だと思っておいでの方も
只々
誰かが
あなたが
何かを大切にするための御話として触れて頂ければ
と、思います。

🎥
「気になっていたから映画から観ても大丈夫?」という方に関して。

正直いきなり物語の最終章から始まる作りではあって、ちょっとそこが勿体無いなぁとは感じていて..。
ホントは“映画”って、シリーズものの劇場版だったとしてもそれだけを観る人も想定すべきものだと私は思っているのですが
(実際そこで初めて触れる人も一定数、場合によっては新規層としてとても大きかったりもするものなので)
今作は完全にtvシリーズで描かれた一区切りからの“続き”として作られていました。
(せめてこれまでのあらすじとか入れる予定はなかったのかな..?)

そこでちょっと面食らったのは事実で、ですが観ているとやはりこれまでの様々が垣間見える構成はあって、初見の人に奨めてもいいのかなぁどうなのかなぁといった印象は抱えたのでした。

本当に様々な人に届くテーマを込めた作品だと思うので、“ファンが望んでいた完結編”としてだけでなくもっと幅広く届いて貰えればと思うんですよね。。
電車の中吊り広告展開したり大きく宣伝もしているのでそうした意識もあるようなのですが、映画だけで成り立ってはいない印象ではあったので..。
どうなんでしょ、かの大ヒットした『鬼滅の刃』の映画(『無限列車編』)も割と説明なく“続き”でしたけど、あの時期あれ程爆発的な一般莫大動員を記録して、あれが初見の人も沢山居て前提は知らなかったけどあのエピソードの内容と映像に圧倒されたようなので
本作も映画だけ観たという方にも『先輩はおとこのこ』の描くものが届くこともあるのかも知れません。
映画で本作自体を初見の人の感想を是非読んでみたいところです。

📺
さて、映画公開が落ち着いたら次の展開として実写ドラマ化来ないかなぁと。。
tvドラマというのは漫画ともアニメともまた違う層に届くもので、もっと云えばより広く大勢が観てくれる媒体です。
この御話は色んな方に届いてほしいものが沢山込められていて
あと個人的に漫画実写化大好き派(*1)なので単純に滅茶苦茶観たいなぁと。。

この作品の一番最初の出だしの咲ちゃんの告白とまこと先輩の返し、あそこはバズ要素として消費される方向に行ってしまって多分ここだけご覧になった方も多い気はするのですが正直今となっては違和感もあり
アニメはそのままやっていた訳ですが
実写再構築の際には折角なのでもう少し表現を替えてもらえるといいなぁと..。
(あれは当初の“掴み”意図だったとは思うのですけど、割とその後の作風と剥離してると感じるんですよね)

まこと先輩らしいビジュアルを実写で魅せるハードルも
例えば最近で云えば『顔に泥を塗る』の高倉イヴくんもドラマ版ではFANTASTICSの木村慧人くんが内面含め見事に演じ表現されていて
今時綺麗な男子も当たり前になってますし、よりやれないことなど何もないと感じています。

そういえばイヴくんも、彼の場合女装だけでなく日によってメンズコーデも含め様々な自分が好きな装いを日々楽しんでいる人なのですが、「女装や化粧をしているからって恋愛対象が男性って訳じゃないんだよ」をちゃんと明言していて
そういう視点が一般媒体で広く伝えられているのは素敵な事だなぁと思ったのでした。

(『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』もそうでしたね。こちらは私ドラマで初めて触れましたが描かれている事の多角視点にとても感心したものでした。。
何か“普通”と違う事を誰かに感じたとして、それは勝手に他人がカテゴライズして“違う世界の人”にしてしまえる訳もないという、この記事でも幾度か記している大切なこと。
この一見妙なタイトルの意味が解った際にも膝を打ったものです)

>(*1)
過去記事でも何度か触れているのですが
私は自身が漫画描きなのもあって、漫画とアニメは全く別媒体なのに見た目が“絵”なだけで同一視され易い事に凄く抵抗がありまして..。
別物なアニメ化など今も昔も数多くあるのにやたらのアニメ化信奉と、思考の止まった実写化叩きが今でも一部で根強いというのにも。
実写はむしろ見た目が違うからこそ根幹をきちんと再構築表現する作品が多く、キャラクターもコスプレ的に見た目だけ似せるよりも“生身の演者が登場人物の内面を演じる”事が多いので凄く興味深くて。
そもそも邦画やドラマが好きなのもあります。
(ぱいのこアニメはそのまま原作をなぞっているタイプではあれど、一個の映像作品としても原作再現の解像度としても良く出来てましたね..!(※本作の公式略称“ぱいのこ”だそうです)

🌈
そうそう
今回の記事出だしから、LGBTテーマと本作は違うものなんですよという話をしているのでそうした人々を否定しているように読める人もおいでかもしれないので一応添えると
勿論そんな話では一切なくて。

やっぱりね、そうした概念だけが広まった結果、異性が好むものが好きだったり同性に憧れたりするだけで安易にその言葉に当てはめようとされがちな過渡期ではあると思っていて、そこへの抵抗なんですね。
先述のように実際まこと先輩の事を安易にトランスと言う人が居たりね(それも読後なのに何も伝わっていないんだという二重のそれで)。

それはトランスジェンダーの人がどうだとかそんな話では勿論なくて
単にどんな性自認性的指向の人だって自身がそうでない事を勝手に他者が「この人はこれです」と吹聴するのって駄目でしょ?という話でしかなく。
可愛いものが好きなだけの男性に、「この人は女性になりたい性的違和の人です」と勝手にレッテル貼ってるんですもの。

(あと単純にあのnote記事は、そうして作品紹介として適当な嘘を書いてるのにAmazon誘導して利益を得ようとしているのが最悪というのもあります。
一応通報しましたけど、前提として作品には第三者のnoteさんが創作物の登場人物の内面についてのそれが虚偽かどうかを判断し処置出来るかは微妙ですよね)

🌈
LGBTQ+って、要は昔は「普通ではない」とされていた事が、きちんと名前をつけられどこにでも居る大勢の人の一人であることを示されたに過ぎないんですよね。
“自分と違う異世界の人”などではない訳です。

それこそずっと人間は、「自分と違う」何かを畏怖や嫌悪し、そこに集団性と衝動性から沢山の悲劇が起きてきた歴史持つ生き物な訳で。
国が違う。
言葉が違う。
肌の色が違う。
宗教が違うetc(“性別が違う”すら)。
そんな嘗ての諍いの元への名付けと整理と同様のものでしかないはずなんです。

だから“性的少数者”とか“理解”とか“配慮”とか
そうした言い方にすら、私は違和感を覚えます。

例えば私の知人で、今は異性婚をしていて配偶者は特別であったものの本来同性愛者であるという人を実際に知っています。
逆に(というのも変ですが)、異性としか付き合った事がなかったのに今は同性の恋人が居てという人だって居ます。
どれ程にもそんなことは境界が曖昧で、「これが普通」とされる事以外を禁忌のようにされてきた世界が今は「色んな人が居るしあなたも色んな人のひとり(※多様性テーマと思われるポケモン最新作『ポケットモンスタースカーレット/バイオレット』の作中序盤から正にそれを示す言葉があり感嘆したものでした)」である事を沢山発信共有するようになっていて。

そもそも自分の性別らしさなんて今既に曖昧になってる世界じゃないですか。
例えば男性だって今時普通にお化粧をする。じゃあもうそれって別に性的違和云々言われる事でもなくなっていて。
例えば社会的な構造の話にしたって、性別で役割を決める事のナンセンスさと「個人がどうしたいか」を重んじられる方向にとうにシフトしていて。

そんな中でも、これまで長年の歴史で漠然と忌避されてきた自身のそれは何なのかに名前がつけられたという人達も居て、きちんと名前があるから堂々と立っていられるという話も解ります。
現在のLGBTQ+という名称が示す通りそれは、嘗て“LGBT>同性愛/両性愛/性的違和”だけであった“区別”に、クィアという言葉を加えてのその他様々を含んでの“多様性”を示すものになりました。

それは決して恋愛や性の対象を示す話だけでなく、本当に「一概には人を区別することなど出来ない」事の現れの言語化でもあるはずです。
ただ
どうしてもその言葉の始まりから、「“特殊であると捉えた”同性愛等の人達」を主に示すもののように扱われがちです。
初期には多様性が授業で扱われたニュースで「理解して認めてあげないといけない」といった捉え方をしてしまっている子供のインタビューを見た事がありました。
同時に、そんな言葉から入るものでなく「クラスにもそういう子居るし、別に誰が誰を/何を好きになったっていい」と自然と自身の暮らしの中で知れるようになった話も見ています。

『先輩はおとこのこ』単行本の著者コメントで「差別をなくそう!とかでなく」といったものがあります。
その通りに、まこと達は“特別とされる人達を示す名前🌈”の元に偏見と戦う訳ではなく、只々
「普通じゃないと言われるかも知れない」けれど、それでも「大切にしたいもの」を抱えて
「自分だけの特別」を見付けていきます。

ここでひとつ先述の、まこと先輩はトランスジェンダーではなくというのも、そうした名前は掲げないという意味でもなければ言葉遊びなどでも決してなくて
まず単に今定義されているトランスジェンダーの意味に沿っても実際違うものだからに過ぎません。
そこを、概念だけが浸透している中では安易にそうした言葉を宛行ってのカテゴライズがされがちな側面もあるという話でもあります。

noteでそうした杜撰な記事をひとつ見てしまったからといってそれが代表な訳では勿論なく、他サイトで沢山色んな人に様々届いていた事を知れたというのは、ネタバレありの前項目内でも触れた事でしたが
あちらの感想群の中に

「今ようやくLGBTにQが加わり、多様性が認められる時代になってきたけれど、そういう個性や好みを前面に押し出してウリにしたいわけではなく、目立たず静かにひっそり自分らしくいたい人には、まだまだ生きづらいと思う。」

めちゃコミック感想欄Sunnybrainさんの記述より

と書かれている方がおいでで、正に 正にそこなんですよねって。。

私もね
本当はもっとお化粧したり綺麗なお洋服を自由に着られるような暮らしに憧れないのかと云えばちょっと嘘にもなりますけれど
そういう事が面倒を生むのも知ってしまっているからこそ、自分の性別の範囲内で楽しむやりように落ち着いているというかですね。
それは別に我慢とかでなく、この装いが私の楽しみ方といいますか。
これですら人によっては“変わってる”と捉えられますけど
吊るし上げられないギリギリを攻めたいといいますか。
奇異の目と大きく戦うようなことを望まないといいますか..。

ぱいのこ映画を観に行ったからという訳でなく
ちょこっと爪を塗るのは私のお出掛け時の定番でして。。
(がっつり塗らずにポイントで簡単に
というのも意図的なものです

まこと先輩はあのビジュアルがあるからより、やりやすいとか以上に只々あの装いが彼らしい“普通”なんだと思うんですよね。
女装しているときの自分をちゃんと“可愛い”と思ってるはずで。(実際めちゃくちゃ可愛いですよね。。)
可愛くいられる自分をとても好きなはずで。
だからこそより それを
“普通じゃない”と他者から勝手に潰されることの恐怖と悔しさってなかったはずで。
彼ですらそうであった日々がどのように変化しゆくかを、未読未観の方は是非これからでも追って頂ければと思うのでした。
と、私の話からぱいのこの話に戻しまして。
この項目を終えたいと思います。

🌈

思ったのですが
正直私も思っていた“男の娘”という単語嫌悪視点での記事を拝見して、ちょっと私も色々語りたくなったのでもう少し。

正にそう感じるのを意図してのタイトルで、実際には“男の子”であるダブルミーニングでもある訳ですが
そのフックの為に本編冒頭の咲ちゃんが「男の娘」を言ってしまってるのが私今でもまぁちょっとまぁちょっと
あれではあるんですよね..。
先述のは、あの辺のその後の作風と剥離したノリ自体あれって話なのですが、実はこの発言もちょっとほんと ね。
(まことくんがウィッグ取ってお腹見せてカムするシーンを筆頭に、まずは入り口を切り抜きでバズらせたい仕掛けではあったんでしょうけど..)

そして触れないようにしてましたがこの話題なのでもう言っちゃお!

映画の本予告これ▽
テロップで文字にしてはっきりと、大切な最終章のここに至ってまことくんを【男の娘】って紹介してて
正直アニメスタッフへの信頼がガタ落ちした次第です(広報の問題かも知れませんけど監修..)。
え え、いや駄目でしょ..。

こういう話、カジュアルに消費してる層からすると「面倒な事を言ってる、可愛いんだから何でもいいだろ」という反応が出るのを直にも知ってしまっているのですが

(※該当作未観の人にはバレにもなりますが大切なことなのであえて記すと、[キュアアンフィニ]というプリキュアシリーズで初めてきちんと物語の中で男性でプリキュアに変身した人が居て
彼は自身に似合うからと女性服を着る意識持つ、あくまで“男性”としての内面を積んでいて、そうした事をちゃんと描いていたのに
放送後やっぱり一部で安易に“男の娘プリキュア!”って大騒ぎされていて。
それに対しちゃんとその安易さとズレ方を指摘するTweetも出て安堵もしていたのですが、よりによって相互内に「別に萌えれればどうでもいい事を」とそれを揶揄する人が居て。
という経験をした、まだ私がTwitterに居た遠い昔のおはなしです)

..ああ何か既にこの話はすればするほど面倒扱いになりそうなのですが、ちゃんと大切と伝わる人も居ることを信じて続けると
何て云いますかね
「自分の為に綺麗にしている女性をすぐ男受けがどうのと言うのは滅茶苦茶失礼」って概念は割と最近広まってる気もするのですが
簡単に言うとそういう事というか..うーん言語化が難しい。

可愛い男の子って、性別が男の子だからそういうジャンルみたいに勝手に消費するもんじゃなくて
何で普通に「可愛い..!」だけでいけないのかというか。
私は可愛いものが好きなので女の子も男の子も可愛い子はそれはドカンとヒットしてしまう訳なんですが
可愛いから 可愛いだけなんですよ。その子は。男の子なのに、とかそんなんじゃなくて。
そこをジャンルネタ扱いするの失礼さって伝わります..?というか
いや、理屈で正面から言う話でもないのかも
結局ストレートに言うとあれってポルノ的な消費意図でしかない訳なので
人の内面とかその人の在り様とかの話を真面目にしても仕方ないのかも知れませんねと萎みつつ、そうした一個の落とし所が視えたので書き出してみた甲斐もあったやも知れません。
おわり。

(※実社会での同性愛の抱える様々への思いだけでなく、創作物として女性同士の恋愛作品や名前のつけられない関係性も凄く好きな私ですが、フィクションに限っても「百合」って言葉からはもうずっと距離を取っていて。
あれも今もう消費的な安いジャンルレッテルになっちゃってるじゃないですか。
「男の娘」という言葉を掲げられる事の嫌悪はそれに近いかも知れません)
(でも“そういう系統の作品を探す”フックとして「言葉」があるのって便利なのは凄く判るんですよね..。現状それで探して自分の好きに辿り着くかというとどうかな問題は結局あれど)

とだけで終わるとあれかな
好きな可愛い男の子を挙げて終わりましょうか(???

あんスタくん始めた時、フックは間違いなく桃李ぼっちゃまだったんですよね。。性格あまったれのボンボン(ひどい)ですけどあの天才的なビジュアルを最大限に自覚してパフォーマンスに活かしてる強さがこの子をfineの一員たらしめているんだよなぁというのにとても惹かれました。
金魚ぼっちゃま可愛すぎて最初に完凸したのあれでしたね。。
物語として初代の学園抗争のシナリオの闇が好きだったので企業編になった『!!』でちょっと離れちゃったんですよね。

刀剣乱舞やってた頃、見た目だけで言うとダントツ五虎退ちゃんだったんですけど、性格が自虐的すぎて段々しんどくなってきて(それもあの子の個性なんですよね、それは解るの〜〜..;;)
逆に狙い過ぎだと思ってた乱ちゃんの強い自愛と自信に触れて見方が変わってあの子に大ハマリしちゃったのでした。乱藤四郎はおとこのこ!

乱ちゃんの話したついでに遥か昔Twitterで描いたものの流れて終わったお気に入り近侍漫画貼っていいですか? いいですよ(自問自答

おわり。珍しくコメディ。懐かし〜。。
審神者さんはずっとそのつもりでプレイしてるウチの創作の子です。トレーナーも彼女なのでライスちゃんに「お姉様」って呼ばれます🐎
これあれですね、ウマ娘リリース当時そっちにハマって冗談抜きに就任記念日すっ飛ばしてて
久々ログインしたら乱ちゃんにこれ言われたという実録漫画なのでした(
(最後のコマの台詞読む順判り辛いね)
(弊本丸また相当留守にしてるのですけど乱ちゃんの礼服画像見てしまって今そんなのが。。また戻って同じこと言われてこようかしら)
極乱ちゃん鬼かわですよね🎀
因みに部隊の薙刀枠は御覧の通り静さんなのでした。
可愛い子と綺麗な人が好きなのだな。。
(ルッキズムって云われそう

あと
性別知らなかった頃からサンリオ系で圧倒的推しなのずっとシナモロールさんなんですけど
男の子なんですってねという事でここに添えておきます。ホントにシナモさん圧倒も圧倒的にキュートですので。。。。性別聞いてもへぇそうなんだ..!というだけなのでした。

見た目だけで推してましたけど
最近では公式で松田聖子ソング歌うこの破壊力をあなたも喰らって下さいませよ(青い珊瑚礁🌊

安田顕さんと料理番組もやってるよ🍳

ピューロランドが在る多摩センター駅の男子トイレもちゃんとシナモさんなの


(※大脱線しましたがこれは先輩はおとこのこの記事です🌼


🐳記念撮影と劇場物販と日本橋探訪記

まずは恒例の創作のウチの子の映画観賞記念撮影など。

この映画なので前向きに明るく春を感じるコーデで。
(何かこの服というか写り方めちゃ胸目立ってますけどそういう特徴の子ではないです..

事前に物販チェックしていなくて(私はTwitterの頃にXを離れているので最新情報が雪崩込んで来る訳でもなく)
ですがむしろそれで当日あまりの盛り沢山に
何より劇中で印象的な“あのハンカチ”の商品化があったことにめちゃくちゃテンション上がったのでした。。

保存用と実際にハンカチとして使う用に2枚買えばよかった..
(うっとりこのハンカチを視るまことくんのお写真添えると尚グッと来る商品化..!
描き下ろしアクスタも可愛くてと諸々纏めて持って行って沢山ありすぎてパンフ忘れそうに。
(「パンフは宜しいですか?☻」と促してくれたレジのお姉さん有難う御座いました..❢

割と上映劇場少なくて、その上で丁度3月公開の『ネムルバカ』の特典付ムビチケ買いたくてムビチケ取扱劇場でもあるところをと条件絞って、今回はTOHOシネマズ日本橋に赴きました。

原作漫画からして滅茶苦茶“邦画”だなぁと思って読んでたので、正にそれを意識して描かれた作品と今回知ってさもありなん。クライマックスのあの辺りとか実写で大スクリーンで観たら絶対無茶苦茶感情フル揺さぶりされちゃうよ知ってて観てても絶対。。
描き下ろしステッカー良すぎる絵柄なのでもちっと大きいサイズだとよかったかな..。
ルカ先輩とイリスちゃんはいつかお互いの気持ちに向き合え..!!!
(この関係性をベイビーわるきゅーれの監督が撮る巡り合わせがまた。。

🎸
【後日追記】
観て参りましたよネムルバカ。滅茶苦茶良かったですし滅茶苦茶抉られましたしでがっつり記事書きましたので是非。。▽

🎸

日本橋は地域でドラクエイベントやっておりまして
劇場内にもスライムちゃんが💧💨

📚
私ぱいのこは電子書籍で所持してまして、でも最後らへんは連載版を完結まで追って読めたので最終巻は未所持だったんですよね。
この機会なので一冊物理で所持も良いと思い在庫捜しがてらの日本橋散策を始めました。

丸善のような大きな店舗もあるのでどこかにあるはずと思っていたのですが意外と全然見当たらず..。
最後はweb在庫検索で丸の内本店の方にギリあるのを見付けて東京駅方面まで歩いていったのでした。
でも道中色んな日本橋の風景見られてこれはこれで。

何かすんごいお金持ちデパートあると思ったらこれが噂の三越日本橋本店..!!

こんな入り口のデパートがあるかい(あるんです

ぱいのこ最終巻探し巡ってる間、やっぱり店頭で実本を漁るというのは電子書籍の利便性とまた違った不便なりの発見遭遇の機会でもあって。
これまた電子書籍で最終巻まで読了し物凄く良かった『違国日記』の紙の本を見付けて逆に新鮮な気持ちになってふと手にとって
帯にびっくり。
えっ えっ実写映画化..!!(tvアニメ化も同時に載っていたのですが私はやっぱりこっちに反応です..!

わ〜〜6/7か楽しみだなぁ絶対観に行こう..!!などと思いつつ帰宅後、もう予告編とか出てるよねと検索してみたら、
え あれ?
Blu-ray&DVDの告知..?

よく見ると2024年公開でしたもう終わってたというか全然知らなかったよ(Xを離れると新鮮な驚きと引き換えにこの情報の拾い漏れ

つまりもう配信ですぐ観れちゃう訳なのでと検索したらDMMTV独占だったのでとりあえず無料体験登録して観たのですが
いや めちゃ良かったです。。
一本の映画で纏めるのどこまでどうやるんだろと思ったら存外原作の様々をかなりしっかり盛り込んでいて。
楽曲もすんごい良くてサントラ買っちゃった。
この帯で「槙生ちゃんガッキーなんだちょっと可愛すぎない..?!(いや槙生ちゃんもチャーミングな人ですが方向的にというか)」となったものの
存外滅茶苦茶槙生ちゃん演じてくれてて
新垣結衣の本気を見た思いでした。
朝ちゃんの早瀬憩ちゃんは観る前からイメージばっちりで言うことなし。

この『違国日記』という御話は、それこそ“多様性”の物語なのですけど
あえてそういう風には云わない作品でした。
人は誰しもがまるで違う国の人で、自分も、あの人も、その人も。

両親を事故で亡くし“普通ではなくなってしまった”砂漠の中に一人居るような感覚に突然放り出されてしまった少女と
彼女を引き取る、人見知りの小説家の女性。
その共同生活を軸に、本当に様々で大切なことが
ヤマシタトモコさんの見事な表現力で綴られてゆきます。

同性の恋人が居る少女も登場するのですが
最終巻で語られるある言葉が本当に 美しいのに 抉られてしまって。

これはその言葉ではなく私のずっと抱えている想いですが
世界はどうして 個人が何かを好きだったり誰かを愛したりするそれだけのことを
“普通じゃない”にしたがって

..何かこう そういうのすら言葉にしようとすると安く聞こえちゃうし
当たり前の事を「何で?!」と声を上げるだけで眉を潜められる世界は今でもやっぱり根深くて
“法律”に足蹴にされる誰かと誰かの大切な想いもいつまでもそのままで
(異性婚での夫婦別姓の話すら長年こねくり廻されたまま、法律に保証された人達が“そうしたい人がそう出来るようにするだけ”の事をずっとずっと邪魔していて)

それでも
「明日は晴れるよ きっと」
ですよね。

📚
諦めて帰ろうかとも思ったぱいのこ最終巻も先述通りちゃんと最後の最後に見付けられましたしね..! って話は全然違いますけれど
それくらい自分の気持ちくらい自由に持つ他ない話のようでもあり。
処で丸善丸の内本店、地図見て建物に辿り着けてもどこに丸善があるのか滅茶苦茶丸の内オアゾの周り歩いちゃったよ(内部に四階ぶち抜きで入ってました

🍫
バレンタインデー公開の映画の記事
ホワイトデー来る前にやっと公開致します。

徒然綴って参りましたが、どなたかに何かしらでも届いて頂ければ幸いです。
お読み頂き有難う御座いました。

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