なりきり音読|第0回 リスニングはこれしかやっていない
英語というとスピーキングを思い浮かべる人が多いと思う。
もちろんスピーキングは大事だ。
でも私はリスニングの方がもっと大事だと思っている。
理由は単純だ。相手の言っていることが理解できなければ、返答のしようがない。
仮に最初の一言が聞き取れて返答できたとしても、相手がまた何か言ってきた時に理解できなければ、そこで会話は終わる。
逆に聞き取れれば、返答は単語一つでもなんとかなる。イエスかノーでもいい。数字だけでもいい。地名だけでもいい。それで会話は進む。
これは長年英語を使ってきて、常々感じてきたことだ。
1988年、ロサンゼルス国際空港。
入国審査官が矢継ぎ早に質問してきた。
滞在期間は何日か。どこに泊まるのか。金はあるのか。
全部聞き取れた。
だから答えられた。滞在日数は数字で答えた。宿泊先はホテル名を言った。金があるかと聞かれたのでイエスと答えた。それだけだ。
完璧な英語じゃなくていい。聞き取れていれば、要点だけ返せば会話は進む。
英会話の練習なんか一度もしたことはなかった。それでも通じた。
では私が何をやってきたのか。
なりきり音読だ。
リスニングの練習は、これしかやったことがない。マジで。
最初にリスニングのあるテストを受けたのはTOEIC。もう40年ほど前の話だ。
当時はインターネットもなく、音源は限られていた。それでも教材用のきれいな発音は好きじゃなかった。いつも映画で練習していた。
ネイティブの音が聞き取りたいなら、ネイティブの生の音を聞くしかない。当たり前のことだと思っていた。
私はアメリカ英語の発音が好きだった。好きというレベルではなかった。語学だとか考えたこともなかった。英語が上手くなりたいと思ったことさえなかった。
ただ単にあの音がかっこよかったのだ。
だからアメリカ英語に特化してなりきり音読をやってきた。
どんなものか、簡単に説明する。
好きな声を見つける。その人になりきるまで真似る。それだけだ。
「上手に読む」とか「感情を込めて読む」というレベルではない。本人になりきるまでやる。
好きな声を、本人になりきるまで精密にコピーすることで、英語の音のデータベースを頭の中に作る。
なりきり音読の核心は、発音練習ではない。
「この声になりたい」と思えるほど好きな声を、何度も何度も真似ることだ。
好きだから没入できる。没入するから、英語の細かい音まで体に入ってくる。
好きな歌手になりきって歌ったことがある人なら、わかると思う。
声の出し方、息づかい、間の取り方まで真似して、本人の音源にぴったり重なった時、ものすごく気持ちがいい。
なりきり音読とは、それを歌ではなく英語の声でやる練習である。
「正しい発音」ではなく「本人の音」を目指すのだ。
ここでいう正確さは、模範的な英語発音ではない。
本人の音にどれだけ近づけるかである。
中学生の頃、ロバート・デ・ニーロの朗読を死ぬほど真似た。FENのDJ、チャーリー・ツナの声を気が狂ったように真似た。マイケル・ジャクソンのスリラーのナレーション、ヴィンセント・プライスの息遣いまで真似た。
真似しているうちに、英語のリズムが体に入ってきた。
強く出る音、弱くなる音、つながる音、どこで切れるのか。そのリズムの流れごと体に入る。
そのリズムが体に入っているから、ネイティブの英語が聞き取れる。
詳しいことはいずれ記事にしたいと思っている。今、その内容をまとめている。
この文章を書いた背景はこちらの連載に。
📚 なりきり音読の原点を知りたい方はこちら
第1話 1988年、LAX──俺の英語はここから始まった → マックイーンの本物の声が聞きたかった。それが全ての始まりだった。
第2話「中学編――エポウ、て言うてるやろ」 → デ・ニーロの朗読を死ぬほど真似た中学生の話。
第4話「三種の神器──FEN、バイク雑誌、そして擦り切れたビデオ」 → 夜中にFENを聴き、チャーリー・ツナになりきった高校時代。
第7話「勝てば官軍」 → 「アナウンサーか」とネイティブに言わせた、その練習法の正体。
