見出し画像

英語50年史|第4話 三種の神器──FEN、バイク雑誌、そして擦り切れたビデオ

1981年、高校3年になった。

もう完全に学校の授業にはついていけない。教科書を開くことすらなかった。


教科書一式をすべて学校の机の中に置きっぱなしにすることにした。持って来るのが面倒になったのだ。

完全にサボり癖がついていた。頑張って昼からはなんとか学校に行く。すると校門のところで友達に出会う。奴は今からサボって外に出るところだった。

「サテン行って、漫画読もけ」そこで意気投合して、一緒に遊びに行く。俺は何しに学校に来たんだ!

進学する奴、就職する奴、専門に行く奴などに、なんとなく分かれていた。クラスが分かれるわけではなく、レイヤーが分かれていたという感じである。

私はといえば、就職する気なんかないし、専門学校に行く気もない。昔から大学に行けと言われていたので、大学に行けたらいいなとは思っていた。

だが、まったく勉強していなかった。こんな状態で大学なんか行けるはずがない。まあそのうち気が向いて勉強したら行けるんじゃないか、ぐらいに開き直っていた。

バイク以外にも、車という遊びが加わってきた。ますます勉強しなくなっていた。

それでも英語だけは好きで、映画を見ていたし、音楽も聴いていた。



そして、私にとっての英語の三種の神器が登場した。


FEN、アメリカのバイク雑誌、そして『SUPERBIKERS--A Breed Apart』というスーパーバイクレースのビデオである。



まずFENだ。


何かでFENのことを知った。たぶん片岡義男のエッセイか何かだったと思う。当然、東京からの電波は京都では入らない。でもどうしても聞きたくてたまらなかった。いろいろ調べると、短波放送なら入る可能性があるということがわかった。早速、短波ラジオを買いに行った。

周波数を合わせてみる。ザザザ、ガガガガ、ピュー。音に混じって、時々英語らしきものが途切れ途切れで聞こえる。何とか聞こうと頑張ったが、ほとんどザザザガガガガピューで、時々ネイティブの声。そんな感じだった。

夜なら電波の干渉が少なくなるんじゃないかと思って、夜遅くに聞いてみた。昼間よりは聞き取れる。いろいろ試してみて、ちょうど12時を過ぎた頃からかなりクリアになってきた。

12時になると、ラジオからアメリカの国歌が聞こえてくる。それに続いて日本の国歌、そして "This is Far East Network Tokyo" というのが、はっきりと聞こえた。

さらに、それに続いて、すんごいかっこいいDJの声が聞こえてくる。軽快なリズム。もう一声聞いただけで虜になってしまった。彼の名は、チャーリー・ツナ。

なんといっても声がすごくかっこよかった。あの軽快なしゃべり方。もうこれしかないと思った。意味もよくわからないまま、彼の言ったことを耳コピみたいな感じで真似していた。

チャーリー・ツナを聴くためにFENを聴いていたようなものである。1時間聴いても、彼が実際にしゃべっているのはおそらく5分か10分程度だろう。ほとんどは音楽だ。でも、そのために毎晩、夜中の2時か3時までFENを聴いていた。

せっかく夜中になってラジオがクリアに聞こえる頃になると、友達が遊びに来る。「どっか行こけ。今日は兄貴の車で来た」などと言うので、ついつい外に出てしまう。

でも、友達が来ない時は毎晩必ずFENは聞いていた。
FENで身についたのは、何といってもリズムだった。映画の英語とも全然違う。なんというか、本物のアメリカ感が増したような感じだった。



次は、アメリカのバイク雑誌だ。


これは本当に偶然だった。学校の授業がつまらなくて何も聞いていなかった時、国語の教科書を開いてみた。今まで国語の教科書なんかほとんど読んだこともなかった。

あまりにその時間が退屈で、教科書に載っていた文学みたいなものを初めて読んでみた。それが梶井基次郎の『檸檬』だった。

全く文学には興味はなかったのに、思わず引き込まれて夢中になって読んでしまった。最後に丸善が出てくる。本の上にレモンを一つ置く。その状況がなんだかすごく鮮やかで、本当にレモン色というのが目に浮かんでくるような感じがした。頭がクラクラした。しかも京都が舞台だった。

学校が終わったら速攻でバイクに乗って探しに行った。河原町通りの三条のあたり、映画館のスカラ座の前あたりに丸善はあった。

早速、書籍コーナーに行ってみた。そこですごい宝物を見つけてしまった。アメリカのバイク雑誌だった。

日本の雑誌に比べるとかなり薄っぺらい。けれど、紙の質、ちょっとつるっとした感じといい、カラーページが多いところといい、日本の雑誌とは全然違う。一冊1500円くらいして高かったのだが、もう一目見た途端に欲しくなって買ってしまった。

買って帰ると、読みまくった。バイクのことなので、だいたい読めばわかる。何度も何度も読み返した。

何より面白かったのは、日米のバイク文化の差だった。とにかくアメリカの改造は派手でデカい。Z1なんか400ccぐらいボアアップして1340ccとか、バカかこいつらという感じだ。

何でもかんでもスーパーチャージャーやターボチャージャーをつけたがる。しかもバイク自体は日本製。そこがまた面白かった。

もちろん時々知らない単語も出てくる。でも、そんなもん調べる時間がもったいない。記事を読む方が楽しかった。知らない単語は無視して読み進めていた。

ただ、同じ知らない単語が何度も出てきて、なんだかすごく気になったりする。そういう時は調べる。

辞書が大好きで、単語を調べ始めると止まらない。派生語や反意語、同意語なども全部読み込み、例文も全部読んでしまう。そして他の単語へとまた興味が移って、どんどん辞書サーフィン。2時間も3時間も過ごしてしまうことが多かった。

特に好きなのが語源だった。元はギリシャ語だったとか、ラテン語だとか書いてあると、またそれが強烈に調べたくなってくる。接頭辞や接尾辞の感覚をつかんでおけば、知らない単語でもなんとなく意味がわかることがある。

高校1年の時、学校の指定で買った英和中辞典。これは宝物だった。私にとって、辞書は調べるというより読むものだった。知識の宝庫。何となく適当なページを開いて読む。そこから芋づる式に読んでいく。

今ではインターネットがあるので、辞書を開くこともまずないのだが、あの50年近く前の辞書は今でも持っている。捨てようと思っても捨てられない宝物だ。研究社の英和中辞典。

単語帳なんて買ったこともない。試験のために単語を覚えるという発想がなかった。読みたいもの、聞きたいもの、知りたいものがあるから単語を調べるものだと思っていた。



そして三つ目が、『SUPERBIKERS--A Breed Apart』だ。


アメリカ国内の当時のスーパーバイクと、そのライダーたちのインタビューが入っている。一応日本語字幕がついているのだが、ナレーションもライダーの話も、全て完全にネイティブ向けの英語だった。

一語一句聞き取ろうとして頑張った。100パーセントは無理なのだが、多分70パーセント以上は聞き取れていたと思う。もちろん一度ではわからないので、何度も何度も聞きまくった。擦り切れるくらい見た。

映画のセリフみたいにかっこつけたものではなくて、本当のネイティブの普通の話し方。これがすごく良かった。

デイビッド・アルダナの言っていたことが面白くて真似をしていた。
"Riding a superbike is a lot like riding a dirt track bike."

話し方が面白かった。本人は真面目に話しているのだけれど、なんだかチャラいというか、ついつい真似したくなる。

フレディ・スペンサーやエディ・ローソンは優等生的な話し方をしているのに、アルダナは本当にその辺の街の兄ちゃんが喋ってるみたいな感じで楽しかった。

車載カメラの場面も楽しかった。
"I can't stay out of the wind!" 
"Woops! He missed his breaking point!"

バイクで走っている時に真似したりしていた。

しかも出てくるのは完全に日本製のバイクばかりだ。アメリカ人の発音の癖なんかも新鮮だった。ヨシムラ・スズキを、アメリカ人は「ヨシムーラ・スズーキ」みたいに言う。当然真似した。

英語力が上がっている、みたいなことはあまり考えていなかった。ただ、聞き取れる英語が増えてきて、自分でも発音が上手くなってきてるなと感じるのが、単純に嬉しかっただけだ。



進路のことなんか全く考えていなかった。そんなに焦らんでもいいだろうと思っていた。なんでみんなそんなに必死で現役合格みたいなことを考えるんだ、と。大学なんか、行きたい時に行けばいいんじゃないかぐらいに思っていた。

もちろん、この当時は全く勉強していない。大学入試なんか完全に無理なんだけどね。

だから大学なんか、そもそも受けなかった。というか、それ以前に、高校の卒業自体がやばかった。物理のレポートをサボって出さなかったので、卒業できなかったのである。

みんなが体育館で感動の卒業式で泣いている時、私は物理室でアホ仲間3人と共に追試を受けていた。くそ、俺の胸キュンの青春はどこに行った!

その頃、松田聖子の『制服』がよくかかっていた。今でもあの歌を聴くと、物理室のことを思い出す。

まあ、結局はなんとか卒業できたんですけどね。

校長室でひっそりと、4人だけで卒業証書をもらっていたという、何とも楽しくない卒業式の思い出。




唯一の自慢話があるとすれば、
この約30年後に、女優の吉岡里帆さんがこの同じ高校を卒業することになる。

彼女と同じ高校だったという、それだけである。

きっと彼女は体育館で卒業証書を受け取っていたことだろう。


◀ 前の話:第3話 革ジャンだけが禁止だった──俺と女神
▶ 次の話:第5話 学校がバイトに置き換わっただけだった



AIが斬る

以下は、この章の体験をAIが学習科学の観点から分析したものだ。難しければ飛ばしてもらって構わない。



台詞を聞き取り、歌を耳コピし、DJのしゃべり方まで真似していたという流れからは、この時期の学びが「ルールの理解」よりも「音とリズムの吸収」に近かったことが見えてくる。言葉は、最初から文法用語の形で頭に入るわけではない。何度も耳にした音のまとまりが、少しずつ身体の中に残っていく。そうした自然な蓄積が、あとから大きな差になる。
――使用基盤モデル(Usage-Based Theory / Ellis / Tomasello)

そして面白いのは、雑誌や辞書との付き合い方である。知らない語を機械的に暗記するのではなく、気になった語を調べ、そのまわりの語まで広げていく。好きな対象を読んでいるからこそ、その語は単なる試験用知識ではなく、意味のある言葉として残りやすい。
――処理水準理論(Levels of Processing / Craik & Lockhart)

また、FEN・バイク雑誌・ビデオという三つの素材に共通しているのは、どれも「本物の英語」だったということである。教室で加工された英語ではなく、実際にアメリカ人が話し、書いた言葉だ。本物に触れ続けることで、語彙や音だけでなく、文化やリズム感まで体に入っていく。これは教科書では代替できない種類の学びである。
――真正性(Authenticity)の原則



📚 参考文献

  • 使用基盤モデル(Usage-Based Theory / Ellis, Tomasello, など)

  • 処理水準理論(Levels of Processing / Craik & Lockhart, 1972)

  • 真正性の原則(Authenticity in Language Learning)



💡 読者へのヒント
単語帳より、自分が夢中になれる本物の素材を一つ見つけることの方が、長期的には大きな差になる。



「本物の英語は、教室の外にある」





いいなと思ったら応援しよう!