草原の体験――モンゴル旅行記:その4

草原の体験――モンゴル旅行記:その4
第一回は草原、第二回はゲル(羊)、第三回は馬の話をしたので、この辺りで最初に飛ばした僕が「モンゴルに行くことになった経緯」について書こうと思う。
先ず今回のモンゴル行きは、風の旅行社さんが準備してくれているツアーに乗っかっただけのものだ。しかし目の見えない僕が、新聞を読んでいたら、このツアーを広告欄で偶々見つけた、ということは有りえない。そこで次に登場するのが昇幹夫(のぼり・みきお)さんで、彼は大阪在住の産婦人科医なのだが、何故だか彼は日本人をモンゴルに案内することをライフワークにしている。
そして、この昇さんと僕の父が旧知の仲で、僕は父に誘われてモンゴルへ行くことになったのだ。そもそも僕は目が見えないので、最低限のサポートが無いと碌に旅行も行けない。その点、父には本当に感謝している。
さて以上は飽くまでも、どういった経緯で僕が今回のツアーを知るに至ったのか、という話であって「動機の説明」ではない。その為には僕の両親が前回のモンゴル旅行をした、2012年にまで時間を遡らなければならない。この時のモンゴル行きは風の旅行社も昇さんも全く関係無く、当時、岡山大学の教授だった岡崎先生のお誘いによる。当然、この時に僕は両親から「一緒に行こう」と誘われたが、この年は六月にスペイン旅行をする予定だったし、特に興味も無かったので、無碍に断った。
但し、この岡崎先生のツアーの集合場所が日本国内ではなく、韓国のインチョン空港なので、旅行音痴である僕の両親は自力ではスタート地点にすら辿り着けない。そこで僕は集合時間の数日前に韓国入りをして、両親とソウル観光をすることにした。丁度、この時にザハ・ハディットの東大門センターが建設途中で、それを隣のデパートからチャプチェを食べながら眺めたのを覚えている。

ソウルでは、ドイツ時代にプリースターゼミナールで学友であったチュンホーと一緒に四人で食事をした。それから僕は両親をインチョン空港に送った後に、身軽になってプサンへ向かう。何故ならユーゲントゼミナールで一緒だったヨーヨーが、そこでシュタイナー学校を設立したところだったからだ。
そして「事件」が起きたのは僕と両親が別ルートで帰国してからのことだ。
僕は両親が買って帰ってきた、お土産を見て愕然とした。それはモンゴルの伝統的な模様のついた、何でもない鍋敷きなのだが、その素材がフェルトだったのだ。この時に、僕は自分の固定観念の狭さに衝撃を受けた。何故なら僕は「モンゴル」と聞いて「羊」のことを思い浮かべなかったからだ。
もう少し正確に言うと、当時の僕にとって「家畜」とは差し当たり牛、豚、鶏だった。しかしモンゴルと言えば遊牧民なのだから、先ずは馬、次に羊やヤギを思い浮かべなければならない。結局、この時の僕の「敗因」は、家畜というものを余りにも定住型の人間の生活でイメージし過ぎていたことだ。こうして僕は両親からの誘いを無碍に断ったことで、羊と戯れる機会を、人生からひとつ失った。次に海外に誘われた時は、現地で家畜と遊べるかどうかを真っ先に考える、これが今回、モンゴルに行くことになった一つ目の動機だ。
二つ目の動機は2024年、それとは全くの別系列で遣って来る。この年の半ば頃、僕は前年の末から始めていたイスラム教の勉強に、ひと区切りがついた。僕は若い頃からキリスト教神学に親しんでいるので、いわゆるオーソドックスな西洋史というのは、その派生形として凡そ把握している。
即ちキリスト教が始まる以前にはギリシャ・ローマに由来する文化的伝統と、旧約聖書に代表されるユダヤの宗教的伝統が有り、キリスト教というのは、それらの「合いの子」として説明されるということだ。そして帝政初期に始まったキリスト教はヨーロッパにおいて主にローマ帝国領内にひろがり、西ローマ帝国の崩壊と同時に「暗黒」の中世に入る……云々。
そもそも二十一世紀の現代において「暗黒の中世」について語ること自体が全くアナクロニスティックであるが、それでも僕はこのルネサンス的な古い概念に固執して論を進める。と言うのも西欧中世が「暗黒」であったかどうかはさておき、ディオクレティアヌスからテオドシウスまでの一世紀で西洋世界におけるキリスト教の位置付けが反転して以降は、どう贔屓目に見ても西欧を「世界史の中心地」とは言えないからだ。五世紀以降、世界史の中心は明らかに東ローマ帝国に動いているし、七世紀以降は更に東、即ちイスラム教に注目しなければならない。
そういった意味で僕にとってのイスラム教というのは、西欧史では埋められない「世界史の穴」を埋めるために避けては通れないものなので有る。ところが日本においては、一般書を紐解いてイスラムに関連した世界史を学ぶことは難しい。具体的に言うと、日本にはウマイヤ朝だけを扱った歴史書は、一冊も無いのだ(ひょっとしたら国立国会図書館には有るかも知れないが、香川県立図書館にもアマゾンにも無い)。
よって、僕が上でイスラム教の勉強に「ひと区切り」がついたと書いたのは詰まり「一般書に関しては一通り目を通した」という意味である。この時点で僕の前には二つの選択肢が有って、ひとつは海外の文献でイスラム教を「縦」に掘って行くか、或いは「横」に、即ち別の時代か別の地域に目を移すことである。そして生来の面倒くさがり屋の僕が、ここで「横」を選択したのは言うまでもない。
イスラム史をチェックした時点で、ムハンマドからアッバース朝の終焉にかけて、即ち年代で言うと七から十世紀までを抑えたことになる。
そうすると次は十一世紀なので、ここで十字軍の時代の西欧に「戻って」来るのがセオリーなのだが、この辺りは既に知っている。
と言うことで、十一世紀移行で西欧以外に「世界史の中心」で有り得た地域を、僕は差し当たり遊牧民族の中央ユーラシアくらいしか思い浮かばない。
さて話は変わって、僕は2023年あたりには結構頻繁に百田尚樹のYouTubeを見ていた(だから彼が日本保守党を始めるに至った経緯や、結党後に爆発的に党員が増えていく様子を、僕はリアルタイムでフォローしている)。そこで彼はモンゴル人の歴史を書くことが自身のライフワークなのだということを、YouTubeチャンネルの中で再三言及しており、それからしばらくして週刊新潮での『モンゴル人の物語』の連載が始まる。だから僕は、この辺りから薄らとモンゴルのことが気になり始めていたのである。
そんなこんなで、半ば妥協の産物として中央アジア史や遊牧民族に関する本をアマゾンで山ほど買った矢先、父が僕の部屋に来て「哲生、来年モンゴル行かんか?」だ。これが2024年8月のことだ。
これは全くの余談だが、同じ頃に僕はイスラム思想研究家の飯山陽のチャンネルもよく見ていたので、日本保守党の初出馬であった東京15区の補選に関連して繰り広げられた、百田尚樹と彼女とのかなり激しいバトルに関しても詳しく知っている。要するに何が言いたいのかというと、同じ頃に僕の中でもイスラム教(飯山陽)とモンゴル(百田尚樹)の葛藤が有ったということである。
そして去年お夏辺りから僕はモンゴルの勉強を始めた一方で、東京15区補選のひと悶着が原因で、飯山陽と百田尚樹のYouTubeチャンネルを、どちらも見なくなってしまった。
ここで父をモンゴル旅行に誘った昇さんについても、折角だから書いておきたい。と言うかそもそも、昇さんなくして、今回のモンゴル旅行は有り得ない。

昇幹夫さんは御歳八十に届こうというご高齢ながら、実にお元気で現役の産科医師でもある。そして彼は日本笑い学会の副会長として、笑いが健康にもたらす効果をテーマに全国で講演活動を続けられている。どういう訳だか父をはじめとして僕の周りには「全国で講演活動」をする、元気でクセの強いお年寄りが多過ぎて困る。
さて昇さんのご出身は鹿児島で、九州大学医学部を卒業後、麻酔科・産婦人科の専門医として現在では大阪の病院に勤務されている。既述の日本笑い学会は、去年で三十周年ということなので、彼が四十代後半で立ち上げたということが分かる。
僕が伺って印象的だったのが、一日に九通の出生証明書を書いたという話だ。これが確か五十代半ばの時らしく、ご自身も「キャリアのピーク」と仰っていた。忙しいのは有難いことでは有るが、度を超えると「自分の人生」について考えざるを得ない。
こうして昇さんの「モンゴル狂」が始まる。確か2000年に初めてモンゴルへ生き、そこで「自分の前世は遊牧民だ」と感じられたらしい。まあ僕も前世は恐らく牛なので、その辺りは大差無い。それ以来、昇さんのライフワークは日本人をモンゴルに案内することになり、今回で実に24回目の渡蒙だと言う。
これは全く驚異的な数字で、何故なら最初が2000年で、途中コロナ禍の三年間は中断したと言うから、24回というのは毎年一回を超えていることになるのだ。奇しくも僕も2000年ドイツに留学し、四年間滞在したのちも恩師と学友に会いに複数回渡独している。しかし、そこにドイツ以外の欧州旅行を加算しても、僕の渡航回数は20にはいかないと思う。いや、せいぜい15回くらいのものだろうか。
確かに昇さんは「笑いと健康」の部門を担当しているが、彼が言いたいことは「人生、前向きに生きていけばなんとかなる」的な安易なメッセージではない。例えば彼は十年以上前から前立腺がんを患っており、それを公表もしている。腫瘍マーカーの値は4以下が正常値なのだが、ネットに転がっている情報によると彼の場合は年々上がってきて今では35か6あたりまで来ているらしい。これは確かに大きな問題ではある。一方で、老衰で亡くなった人のご遺体の実に八割から、1cm以下のがんが見つかっている、という事実が有るのだ。
詰まり昇さんのがんは、「病気」ではなく、誰にでも有る「老化」の一種だと考えることも出来るのだ。実際、老衰で無くなった人のがんを生前に発見して、それを必死で「治療」していたら、彼らは穏やかな死を迎えられたのだろうか?何れにせよ昇さんの「笑いと医療」に関しては多数の著書が有るので、興味の有る方は買って読んでみて欲しい。
そして今回のモンゴル・ツアーの参加者十一名は全員、こういった非常に個性的な活動をされている昇さんのお友だちばかりなのだ。或いは別の表現を用いるならば、このツアーは「日本笑い学会のクセの強い関係者」の為のものだったのだ。実際、会話の時にはダジャレを交えて話さなければならないと言う暗黙のルールが有るくらいだ。昇さんのことを「のぼりん」という奇妙な名前で呼ばなかったのは僕と父くらいだった。そして或る天気の良い夜には昇さんはアコーディオンを出して来て、キャンプ・ファイヤーの前で昭和歌謡を皆と歌ったりもした。
さて、この昇さんの「共犯者」が風の旅行社の高嶋さんだ。風の旅行社は「旅先での出会い・体験・知的好奇心を満たす旅を企画」している旅行社で、ネパール、モンゴル、チベット、ブータン、モロッコといった、どちらかと言うと「なんで?」と訊きたくなる目的地を得意としている。

この高嶋さんとは移動の車中では隣に座ることも多かったし、最初のキャンプ場では相部屋でもあった。だからモンゴルの基礎情報をはじめ、現地で必要な知識を色々と教えて頂いた。また高嶋さんがツアーコンダクターとして行った、様々な国に関する話も興味深かったが、特に印象的だったのはやはりコロナ禍の話だ。
感染拡大を防ぐために人の移動が制限される中、或いは「非常事態宣言」によって県境を跨いで移動すること自体が悪いことであるかの様な社会的コンセンサスが広がる中で、高嶋さんの居る旅行業界が壊滅的な打撃を受けたであろうことは想像に難くない。実際、彼は三年もの長きに亘ってバイトをして糊口を凌いでいたそうなのだ。
詳細に関してはプライベートなことも含まれるので、流石にここには書かないがバイトをしていく中でも色々と理不尽なことを体験されたみたいだ。そういった辛い思いが有ったにも拘らず、また懲りずに旅行業界に戻ってきた高嶋さんに、僕は彼の仕事への情熱を感じずにはいられない。
こんな高嶋さんの働く風の旅行社は「お客様のご要望には柔軟に対応」とのことなので、お問い合わせはウェブサイトまで。

さて今週は、僕が本当にお世話になった、現地の添乗員であるオドー君の話をして終わりにしたい。
オドー君は未だ二十代前半のモンゴル人の好青年で、三年ほど横浜エリアで働いていたこともあり、日本語もお上手だ。だから僕は彼から色んなことを教えてもらった。例えば前回、僕が馬乳酒を飲んでいるときには、こんな話を聞かせてくれた。
モンゴルの人は子どものころから馬乳酒を飲んでいて、例えば子どもどうしが遊びでモンゴル相撲をして、負けた方がグイっと一杯馬乳酒を飲むそうなのだ。それは別に「罰ゲーム」とかではなく、馬乳酒を飲むと強くなれるので、もう一回モンゴル相撲をすると負けた方が勝つ、ということが有るらしいのだ。詰まり、ポパイにとってのほうれん草が、モンゴル人にとっては馬乳酒なのだ。
そして昇さんがキャンプ・ファイヤーの前で昭和歌謡を上機嫌に歌っている間、オドー君は僕に家畜の糞を燃やす話をしてくれた。いうまでもなく、それはゲル内での暖房のことだ。オド君の話によると羊の糞、馬の糞そして牛の糞を燃料として暖炉に焚べた時の匂いは、それぞれ違うらしい。そして、それは本当に素敵な香りなので「哲生さんにも是非、体験して欲しい」と彼は言っていた。
前回、僕は近所に住んでいるガチの遊牧民にお会いしたという話を書いたと思う。そして、その時に僕は遊牧民の方が実際に住んでいるゲルの中に入ることも許された。そして、僕が最初に気がついたことは、ゲルの中全体が馬糞の匂いがするということだ。これは恐らくオドー君が言う様に、馬の糞を暖炉に焚べて、立ち上った煙がフェルトに染み付いたものだと考えられる。


そして僕は、その匂いが、先ほどご馳走になった、馬乳酒に付着した匂いと同じものであることが分かった。
そして僕が思うに、スーパーに売っている馬乳酒には、この匂いは付いてはいない。そうすると「モンゴルに行って馬乳酒を飲んだ」と言えるのは、この二つのどちらの馬乳酒を飲んだ場合だろうか?

モンゴル旅行記:その5🐏🐃🐎
🐪🐐
おめでとうございます、オドーくん🎉
オドーくんは2025年優秀ガイド賞を受賞しました!

うーさんと語るモンゴルの旅 (最終回)📻
4 - 気球に乗って
… 羊の解体を見たうーさんにその体験を語ってもらう。馬は友だち。羊は食べ物。家族より馬が好きな人にシンパシーを感じる家畜人間てっちゃん。モンゴル語ってどうなの?眩しいほどの満月だと天の川が見えない。気球に乗ったてっちゃん。風まかせのGoogleEarth …
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