草原の体験――モンゴル旅行記:その2

草原の体験――モンゴル旅行記:その2
前回で草原の魅力は充分に伝わったと思うので、今回からは具体的な旅程について書いていこうと思う。
僕は今年の八月、お盆の前に成田からモンゴルへ飛んで、現地で七泊した。旅の目的は「草原」なので、一泊したらすぐにウランバートルを西に出て、キャンプ場へ向かう。そこで二泊した後に別のキャンプ場に移動して三泊。それから、またウランバートルに戻って来て、一泊した翌日には成田行きの飛行機に乗っていた。
ここで「キャンプ泊」と言っても別にポールを立てたり、杭をうったりしてテントを張る必要は無い。キャンプ場にはモンゴルの伝統的な移動式住居で有る「ゲル」が最初から幾つも建てられていて、その中にはシーツの敷かれたベッドが有る。
またキャンプ場と言っても別に野外炊事場で飯盒炊爨をする必要は無く、食事用の大きめのゲルに行けば、プロの作った料理が三食出て来る。
そして、その横にはトイレとシャワーの使える施設が有るので、「キャンプ」と言うよりは「グランピング」と言った方が適切だろう(ひとつめのキャンプ場では、トイレにはウォシュレットが付いていたし、またベッドの枕元にはUSBが有るのでスマホの充電もバッチリだった)。
またキャンプ場にはWi-Fiも飛んでいて、ネットに繋がると、スマホの中の世界は日本に居る時と何も変わらない。折角、成田から五時間のフライトと、現地に着いてからの三時間のバス移動で「草原」まで来たのに、そこに有るのは「非日常」ではなく、何だか見慣れた「日常」に過ぎ無いものなのだ。
これは或る意味で、旅行の永遠のテーマだと言える。詰まり、日頃の生活を離れて「その土地にしかないもの」を体験したいのは事実だが、興味のない事柄に関しては可能な限り「日常」を持ち込みたい。要するに「いいとこ取り」をするのは、旅行の大前提なのだ。ところが、この快適さへの欲求が肥大化して、余りにも多くの日常を旅先に持ち込んでしまうと、今度は「風情がない」と不満を言う様になる。
念の為に言っておくと、モンゴルのキャンプ場は、それなりに「不便」ではあった。電気は発電所から送られて来たものではなく、風車やソーラーパネルで作った「自家製」のものなので、通電時間は限られていた。またシャワーもずっと温水が出るという訳ではなく、また水圧も非常に弱かった。そういった意味では、意図せずしてではあるが「アウドドア感」は充分にあったとは思う。

さて僕が最初に感動したのは、このゲルの居心地の良さだ。ゲルの構造に関しては、学生時代の地理の授業やテレビのドキュメンタリー映像を通して、かなり正確に理解していた積もりだ。しかし、その「棲み心地」となると、実際に寝泊まりしてみないと分からない。僕は当初「ちょっと頑丈なテント」くらいのものを想像していたが、五泊した感想は完全なる「家」だ。
ゲルの入り口は、かがまないと入れないくらいに低いので、中は狭いのではないかと先ずは不安になるが、実際に入って見ると内部空間は想像以上に広々としている。屋根が円錐状なので、中心部分では成人男性が手を伸ばしても、触れないくらいに天井は高い。それに対して周縁部分の天井は確かに低いが、そこにはベッドが置かれていて、そもそも歩き回る場所ではない。(ベッドに横たわって手を伸ばしても天井には届かない)ゲルの外に出ると、そこには無限に広い草原が広がっている。それが遊牧民にとってのリビングルームだとするならば、ゲルは「寝るところ」と「食べるところ」でしかない。トイレを「狭い」と感じる人はいないし、テニスが出来る位に巨大なリビングを持っているのは余程の大金持ちくらいだろう。だから「本来のかたち」で居住するならば、直径4〜6mほどの円形のワンルームは、「狭い」とはとても言えない代物なのだ。
またゲルの快適ポイントは、この「適度な広さ」だけではない。ゲルは構造上、地面に置いただけのものなので、或る程度は風で揺れることを想定していた。と言うのも僕がお世話になっている、林貴士さんという方は一時期ゲルに住んでいたことが有るのだ。彼は長野県の山奥でりんご農家を営みながらゲルで寝泊まりするという、何とも羨ましいワイルドな生活をおくっていた。ところが或る年、長野県なのに台風の直撃を喰らって、ゲルが倒壊して大変だったという話を聞いたことが有るのだ。
結論から言うと、この「風の心配」は全くの杞憂に終わった。確かに草原の風は四六時中、吹いているという訳ではないが、それなりに強い。にも拘らずゲルは全く揺れないばかりか、中に入ると外の空気が動いていることすら感じさせない。雨に関しても同様で僕は不運にもモンゴルで何回も雨に降られたが、特に問題は無かった(因みに僕は教科書に載るくらいの典型的な雨男だ)。確かに僅かに雨漏りはしたが、それも内部空間の快適さを下げるほど重篤なものでは無かった)。
次にゲルの構造の話に移ろう。ゲルの支持構造は、僅か四つのパーツに分解出来る。先ずは中心に二本の柱“パーツ①”が有って、その上にドラム缶よりも少し大きいくらいの直径の鉄製のリング“パーツ②”が有り、そこで屋根を支える梁(垂木)“パーツ③”の一端が固定される。そして梁のもう一方の端は、あのかがまないと入れない玄関の扉と同じ高さの木製の柵“パーツ④”によって支えられる。この木組みの柵が非常に興味深くて、容易に持ち運びが出来る様に、子どもの頃に遊んだマジックハンドと同様の、伸縮する格子構造をしている。
これを蛇腹式に折り畳むと横幅は一人で持ち上げられるくらいになり、縦は確か3mくらいになる。これを広げると「菱格子」が、ちょうど正方形になるところまで大きくなり、縦が1m弱、横幅が3m半くらいになる。そして、これを四つないしは五つ並べるとゲルの外壁部分の構造が出来上がり、この上端と既述の梁(垂木)を紐で固定すれば骨格の完成だ。
またゲルには大きなものと小さなものの二種類が有るらしく、木組みの菱格子の柵が前者の場合は五つ、そして後者の場合は同じものが四つ必要になる(詰まりゲルの直径が大きくなっても、円筒部分の高さに違いは無いのである)。そして小さいゲルの梁(垂木)の数が64本であるのにたいして、大きいゲルには81本も必要になる。当然、大きいものと小さいものではそれぞれに梁(垂木)の長さと太さは違うし、中央の鉄製のリングも、穴の数と大きさなどが異なる(よって共通部分は菱格子の柵だけということになる)。計算が得意な人ならば、木組みの柵を六つ使った「もっと大きなゲル」が有るならば、垂木の数が100本になることを想像するだろうが、そんなものは恐らく存在しない。
骨組みが出来上がると、次は外装だ。まず畳二枚分くらいの大きさのフェルトで、円錐部の下端から円筒部にかけてを覆う(こうすることで、構造的に最も弱い垂木と壁との接合部が守られる)。このフェルトの下端は地面に接しておらず、30cmくらい地面から浮いている。こうして空いた地面との隙間と、鉄製のリングの中心にある天窓によって、ゲル内の空気は常に循環している。
この円筒部を覆うフェルトは、斜めの屋根の上に「置いた」だけの状態になっているので、同じものを反対側にも置いてベルトで繋ぐ。そうすると落ちてはこなくなるので、他の壁のところでも同様に二枚セットで覆っていく。円筒(壁)部分の全てがフェルトで覆われたなら、未だ塞がれていない屋根の中心付近を、今度は三日月形のフェルトで覆う。こうして木製の骨ぶみは、完全にフェルトで覆われたことになる。
ここで家畜系YouTuberに憧れる僕はもう黙ってはいられない。何故ならフェルトというのは羊くんの毛から出来ているからだ。言うまでもなく、フェルトというのは羊毛を縮絨(フェルト収縮)させることによって出来たものだ。そして、こうやって動物の体の一部から出来た素材が、そのまま「家」の一部になっているというのは感動ではないだろうか。例えば西洋では、家を石材という鉱物から作る。日本をはじめとする東洋では、植物界から木材を取り、屋根瓦などは粘土で作る。そして中央ユーラシアの遊牧民は、動物界から得た素材を住居に利用するのだ。
僕は「草原のモンゴルで、どうやって木材を手に入れた?」という野暮なことは訊かない。その代わり、モンゴルの伝統的な住居であるゲルの、最も大切な「建材」は羊毛のフェルトであることはここで強調しておこうと思う。また驚くべきことに、壁に使う木組みの菱格子の軸には、ラクダの腱が使われている。近代以前ならまだしも、この部分に関しては単に木材が回転する軸として機能しさえすればよい訳だから、現代においてはボルト・ナットでも、木製のダボでも構わない筈だ。それを今でも動物由来の部品を使っていることには、遊牧民の心意気を感じずにはいられない。
さて骨格全体がフェルトで覆われた時点で、僕のゲルの話も終わりに向かっている。後は防水用の薄いビニールシートをかけて、その上から白い外幕で覆って円筒部分を紐で固定したら完成だ。この外幕は恐らく木綿製の帆布を複数縫い合わせて、ゲル全体を立体的に一枚で包める様になっている。
そう言えば「ゲル」ではなく、「パオ」ではないのか?と冒頭から気になっていた人もいたかと思う。別にパオでも良いのだが、それは中国語だ。漢字だと小籠包の「包」と書く。既に述べた様に、ひとつの家を布で包むのだから、悪くない名前だ。もし僕が、内モンゴル自治区に旅行していたら、こちらの呼称を採用していたかも知れない。
さてキャンプ場のスタッフは、僕たちの為に既に建っているゲルを一度解体して、再び組み直してくれた。色々と説明をしながらだったので随分と時間がかかったが、手慣れている現地の人ならば、解体で30分、そして組み立てるにも僅か一時間しか必要としないらしい。そして遊牧民は家畜の餌を求めて、夏には南に、そして冬には北へと移動する(と言うことは冬のモンゴルは、北へ行った方が暖かいのだろうか?)。よって毎年、二回ずつゲルの解体と組み上げをすることになる。そして冬用のゲルを立てる時には、骨組みは同じでも使用するフェルトの枚数が増える。だからゲルの本体は、木組みではなくフェルトだと考えることもできる(ここで羊くんの活躍を見てあげてほしいのだが、防寒対策として狼などの毛皮を張ることも有るそうなので、これは実に興味深い)。
そういえば方角の話が出たので補足しておくと、ゲルの玄関は必ず南向きに作られる。そうすると必然的に建物内の北側が一番の「奥」詰まり最も神聖な区画ということになり、仏壇が置かれたりする。因みに玄関から見て右側(東)が女性用の、また左側(西)が男性用の居住空間なのだが、これは流石に旅行者の僕たちには関係ない。
更に細かいことを言うと、基本的にゲルの中では常に時計回りに移動しなければならない。これは分かり易い様に、少し具体的に説明しなければならないだろう。先ず、あの屈まないと入れないゲルの入り口は、時計で言うところの六時の位置だとする。そして仮に、そこから入って九時のところに有る荷物を取ったら、また来た道を戻って出口に向かってはいけない。そうではなく十二時、三時と回って、初めて外に出られるのだ(よって三時のところに荷物が有ったとしても、動線は同じになる)。
またゲルに入る時には必ず右足からで、出る時には左足からという謎のルールも有る(逆だったらスマン)。こんな感じでモンゴル人は、日本で言うところの「験担ぎ(げんかつぎ)」を大切にしているみたいで、日常生活における事柄に関して、様々な「こうしなければならない」ということが有るらしい。
そんなこんなで、すっかりゲルの虜になってしまった僕は、帰りの飛行機に乗る前にウランバートル空港のラスト・ミニッツ・ショップでゲルのミニチュアを買った。素材は勿論フェルトで、近づくと羊毛の匂いがする。
モンゴルの遊牧民は動物から出来た家に住んでいる、まあ何とも羨ましい話だ。
モンゴル旅行記:その1
🛖モンゴル旅行記:その3🐏
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photo exhibition by kazuo takeshita
ゲルの解体と組み立ての記録写真です。

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