【大学教員のリアル①】自分の部屋があるだけでけっこう幸せ
「大学教員になってよかったことは何ですか。」
そう聞かれたら、私はかなりの確率でこう答える。
「自分の部屋があることですね」
研究室、と呼ばれるその空間。
狭くても、古くても、書類の山に埋もれていてもいい。
とにかく「ドアを閉められる自分の部屋」がある。
これは、想像以上に幸せなことだ。
自由度が高い、ただし“自己責任”つき
大学教員の仕事は、自由度が高い。
これは本当だ。
対面授業や会議がなければ、在宅勤務もできる。
出張と授業が重なれば、動画を作ってオンデマンド授業に切り替える。
最近は、対面会議でも「オンライン参加可」が当たり前になってきた。
一見すると、とても理想的な働き方に見える。
だが、ここには小さな注意書きがつく。
「すべて自己責任」
自由とは、誰も守ってくれないという意味でもある。
サボろうと思えば、いくらでもサボれる。
逆に、仕事を詰め込もうと思えば、無限に詰め込める。
気がつくと、
「今日は在宅だから楽だな」と思っていたはずが、
夜になってもパソコンの前にいる。
自由は、使い方を間違えると、なかなか手ごわい。
定年後も、雇ってもらえる可能性
大学教員という仕事には、もう一つ特徴がある。
定年後も、雇ってくれる大学がある。
しかも、国公立大学から私立大学に移ると、
給料が上がるケースさえある。
これは、若い頃にはまったく想像していなかった展開だ。
「年を取ると価値が下がる」と思い込んでいたが、
大学の世界では、経験年数がそのまま評価になることもある。
実は企業から大学への転職では想像以上の収入減になって、ものと収入になるのに結構な時間がかかった(笑)
企業での収入を大学ではロングテールで確保できるという見方もできる(笑)
人生、何が起きるか分からない。
少なくとも私は、「60代で給料が上がる未来」を
まったく予想していなかった。
そして、70歳超えでまで働けることも。
論文レビューが重なると、人は無口になる
楽な話ばかりではない。
大学教員の大変さが一気に押し寄せる時期もある。
卒論、修論、博士論文。
そこに学会発表、論文投稿のレビューが重なる。
このタイミングが来ると、
カレンダーを見るだけでため息が出る。
文章を読み、コメントを書き、
「ここはいい」「ここは厳しい」と判断する。
気を使うし、頭も使う。
この時期の教員は、
だいたい口数が減る。
そして、コーヒーの消費量が増える。
先週1週間がまさにそのピークで、黙々とレビューしては返すの繰り返しで、カフェイン中毒が心配だ。
今日明日はリハビリモード。
one to one が基本という現実
学生指導は、思っている以上に個別対応だ。
能力差。
メンタルの状態。
経済状況。
家庭環境。
同じ課題を出しても、
受け止め方も、進み方も、必要なサポートも違う。
だから結局、
one to one で向き合うことになる。
マニュアル通りにはいかない。
正解も一つではない。
教員は、教育の専門家である前に、
人間対応の現場責任者なのだと実感する。
それでも「幸せ」と言える理由
正直に言えば、
忙しいし、責任も重い。
気楽な仕事ではない。
それでも、
自分の部屋があり、
自分で時間を組み立て、
誰かの成長に立ち会える。
この仕事は、
静かに、しかし確実に、
人生の満足度を底上げしてくれる。
大学教員のリアルは、
派手ではない。
だが、なかなか味わい深い。
今日も研究室のドアを閉めて、
私はまた一人で原稿を直している。
それだけで、案外、悪くない。
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