【大学教員のリアル②】時間を自分で決められるという自由
「大学教員のリアル」第2弾です。
「時間が自由でいいですね」
たしかに、それは事実だ。
だが、この「自由」という言葉は、
思っているよりも、ずっと奥が深い。
会議と授業がなければ、どこで働いてもいい
大学教員の一日は、
授業と会議を中心に組み立てられる。
逆に言えば、
それさえなければ、どこで仕事をしてもいい。
研究室でも、自宅でも、
出張先のホテルでも構わない。
対面授業と出張が重なれば、
動画を作ってオンデマンド授業に切り替える。
会議も、
「今回はオンライン参加で大丈夫です」
という一言が、当たり前になった。
この自由度は、
一度味わうと、なかなか手放せない。
自由=楽、ではない
ただし、ここで一つ、
大事な注意書きがある。
自由=楽、ではない。
時間をどう使うかは、
完全に自分次第だ。
午前中は論文を書く、
午後は学生対応、
夕方は会議。
理想的な一日のはずが、
気づけばメール対応に追われ、
本題にたどり着かないこともある。
誰も「今からこれをやりなさい」とは言ってくれない。
自由とは、
自分で自分を管理し続けることでもある。
在宅勤務の日は、意外と仕事が進む
在宅勤務の日は、
実は、意外と仕事が進む。
私は、目覚まし時計に追い立てられて起きない。
少しゆっくり起床して、
体重を測り、
メルマガを読み、
朝ごはんをゆっくり食べる。
この「何でもない朝の余白」が、
頭と気持ちを整えてくれる。
慌ただしく家を出ないだけで、
思考の立ち上がりが、ずいぶん違う。
仕事に入る前に、すでに整っている
朝のルーティンが終わる頃には、
「今日はこれをやろう」という輪郭が、
自然と見えている。
そこから、仕事にとりかかる。
研究資料を読み、
原稿を書き、
学生対応の準備をする。
研究室より静かで、
誰にも邪魔されない時間。
この環境は、
私には合っている。
息抜きも、仕事の一部
集中が切れたら、
近くのカフェに行く。
美味しいコーヒーを飲みながら、
続きを考える。
あるいは、
少し散歩をする。
歩いている間に、
行き詰まっていた文章が、
ふっとつながることもある。
仕事と休憩の境界が、
ゆるやかに溶けている感じが、
心地いい。
家のことは、ほとんどしない
在宅勤務だからといって、
家事をしているわけではない。
家庭のことは、
主に夫が担ってくれている。
だから私は、
在宅でも「仕事に集中する」。
これは、
個人の努力というより、
生活の設計の問題だと思っている。
在宅勤務がうまく機能するかどうかは、
環境と役割分担で、ほぼ決まる。
自由は、慣れるまでが大変
大学教員の自由は、
向いている人と、向いていない人がはっきり分かれる。
時間を自分で設計するのが苦にならない人には、
この上なく快適だ。
一方で、
決められたスケジュールがないと不安な人には、
少しつらい。
自由とは、
与えられるものではなく、
使いこなすものだと思う。
おわりに
時間を自分で決められるということは、
人生の舵を自分で握るということでもある。
楽ではない。
だが、悪くない。
今日も私は、
「今は、これをやる時間だな」と決めて、
静かに仕事を始める。
その小さな判断の積み重ねが、
大学教員という仕事の、
確かな自由を支えている。
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