第5回幹部が動かないのではなく、“判断基準”が共有されていない─指示待ち組織を変える前に、後継者が整えるべきこと
承継して数年。
社長として、会社を変えたい。
もっと幹部に考えてほしい。
現場から提案が出る組織にしたい。
自分だけが考え続ける状態から抜け出したい。
そう思っている後継者は少なくありません。
でも実際には──
・幹部が自分から動かない
・何を聞いても「社長はどう思いますか?」になる
・会議ではうなずくが、実行は進まない
・現場から改善案が出てこない
・結局、最後は社長が全部決めている
そんな状態になっている会社も多いです。
このとき、ついこう思ってしまいます。
「うちの幹部は主体性がない」
「もっと考えて動いてほしい」
「いつまで指示待ちなんだ」
もちろん、幹部側に課題があることもあります。
ただ、承継後の会社でよく起きているのは、
幹部が動かないのではなく、
“何を基準に判断すればよいか”が共有されていない、
という状態です。
幹部は、考えていないのではなく“外すのが怖い”
後継者から見ると、
幹部が何も考えていないように見えることがあります。
でも実際には、
幹部も何も考えていないわけではありません。
むしろ多くの場合、考えています。
ただし、考えた結果、
「勝手に動かない方が安全」
という判断になっている。
なぜか。
過去に、
・先代の意向が強かった
・勝手に判断すると怒られた
・前例と違うことが通りにくかった
・失敗すると責められた
・現場判断より社長判断が優先された
そういう歴史がある会社では、
幹部や社員は自然と学習します。
「自分で考えるより、上に確認した方がよい」
「余計なことを言わない方がよい」
「決めるのは社長の仕事」
「こちらから提案しても、結局変わらない」
こうして、指示待ち組織は作られていきます。
これは個人の性格だけの問題ではありません。
組織の中に蓄積された“考えない方が安全”という文化の問題です。
“考えるな”文化は、静かに蓄積する
先代経営の時代に、
トップダウンで会社が伸びてきた。
これは中小企業ではよくあります。
創業者や先代が強く、
営業もできる。
顧客も知っている。
現場にも口を出せる。
意思決定も速い。
この形で会社が成長してきた場合、
社員にとっては、
「社長の判断に従うこと」が最適解になります。
それ自体は、悪いことではありません。
その時代には、それで会社が動いていたからです。
ただ、承継後に問題が出ます。
後継者は、
「もっと自律的に動いてほしい」
「幹部に任せたい」
「自分だけで全部決める会社から変えたい」
と思う。
でも幹部側は、
長年の経験から、
「最終的には社長が決めるもの」
「自分たちは確認を取るもの」
という感覚になっている。
つまり、後継者が求めている組織像と、
幹部が身につけてきた動き方がズレているのです。
だから、いきなり
「もっと主体的に動いてくれ」
と言っても、うまくいきません。
幹部からすると、
何をどこまで決めてよいのかが分からないからです。
幹部育成は、“任せること”だけでは足りない
ここでよくある誤解があります。
それは、
幹部育成とは「任せること」だ、
という考え方です。
もちろん、任せることは大事です。
ただし、判断基準が共有されていない状態で任せると、
現場は迷います。
例えば、値上げを検討するとします。
社長は、
「粗利を改善したい」
「将来投資の原資を作りたい」
「安売り体質から抜け出したい」
と考えている。
一方で営業幹部は、
「顧客を失いたくない」
「現場が説明できるか不安」
「競合に流れるのではないか」
と考えている。
製造やサービス提供側は、
「対応品質を落とせない」
「人員が足りない」
「急に方針が変わると現場が混乱する」
と見ている。
経理は、
「資金繰りを安定させたい」
「利益率を改善したい」
「回収条件も見直したい」
と考えている。
この状態で、
「各部門で考えて動いてください」
と言っても、方向が揃いません。
なぜなら、
それぞれが見ているリスクが違うからです。
だから必要なのは、
単に任せることではありません。
任せる前に、
“何を大事にして判断するのか”を共有することです。
KPIだけでは、組織は動かない
もう一つ、よくある誤解があります。
それは、
KPIを設定すれば組織が動く、
という考え方です。
もちろん、KPIは必要です。
売上。
粗利。
受注率。
回収期間。
在庫回転。
案件数。
リピート率。
生産性。
数字で見ることは重要です。
ただし、KPIだけでは組織は動きません。
なぜなら、数字は
「何を見るか」
を示してくれますが、
「どう判断するか」
までは示してくれないからです。
例えば、粗利率を上げるというKPIがあったとしても、
現場では次のような判断が必要になります。
・どの顧客には値上げ交渉するのか
・どの案件は受けないのか
・短期売上を落としてでも粗利を守るのか
・既存顧客との関係をどこまで優先するのか
・現場負荷が高い案件をどう扱うのか
・誰が顧客に説明するのか
ここまで決めないと、KPIは現場の行動に変わりません。
数字を置いただけでは、
幹部は動けない。
必要なのは、KPIの前にある判断基準です。
幹部が動く会社は、“正解”ではなく“基準”を持っている
幹部が動く会社には、
共通していることがあります。
それは、
社長の答えを毎回確認しなくても、
ある程度判断できる基準があることです。
例えば、
・粗利を守るためなら、売上を一部落としてもよい
・資金繰りに影響する案件は、受注前に確認する
・既存顧客でも、赤字案件は条件変更を提案する
・新規投資は、回収期間と撤退基準をセットで考える
・現場負荷が一定以上なら、納期より体制を優先する
・社員の不満は聞くが、全員納得を意思決定の条件にしない
こうした基準があると、
幹部は判断しやすくなります。
逆に、基準がない会社では、
幹部は毎回社長の顔色を見ます。
「これは社長が嫌がるかもしれない」
「先代ならどうしただろう」
「勝手に進めて怒られたら困る」
「一応、確認してからにしよう」
その結果、
すべてが社長に戻ってくる。
そして後継者は、
「なぜ幹部は動かないのか」
と悩む。
でも本当は、
幹部が動かないのではなく、
動くための基準が共有されていないのです。
後継者が最初にやるべきこと
では、後継者は何から始めればよいのか。
いきなり組織改革を始める必要はありません。
人事制度を大きく変える必要もありません。
幹部を入れ替える必要があるとも限りません。
まずやるべきことは、
社長自身の判断基準を言語化することです。
例えば、
・この会社で絶対に守るものは何か
・もう手放してよい過去のやり方は何か
・粗利をどこまで重視するのか
・売上と利益がぶつかったとき、何を優先するのか
・資金余力をどの程度残すのか
・新規投資はどの条件なら進めるのか
・社員の納得と意思決定のスピードをどう両立するのか
・誰にどこまで任せるのか
・どの判断は必ず社長が見るのか
ここが曖昧なまま、
幹部に主体性を求めても、組織は動きません。
社長の頭の中にある基準を、
幹部が使える言葉にする。
ここから始める必要があります。
「任せる範囲」と「確認する範囲」を分ける
幹部が動くようになるには、
任せる範囲を明確にすることも必要です。
例えば、
・30万円未満の改善投資は部門判断でよい
・粗利率が一定以上の案件は営業判断で進めてよい
・既存顧客への条件変更は事前に社長確認する
・赤字案件の継続判断は月次会議で扱う
・新規採用は部門提案、最終判断は社長
・新規事業投資は撤退基準までセットで提案する
このように、
どこまで任せるのか。
どこから社長判断なのか。
どの数字を見て判断するのか。
これを決めるだけで、
幹部の動き方は変わります。
逆に、ここが曖昧だと、
幹部は安全側に倒れます。
安全側とは、
「確認する」
「保留する」
「動かない」
です。
だから、指示待ちを変えたいなら、
精神論ではなく、
判断権限と判断基準を分けることが必要です。
最後に
幹部が動かない。
社員が考えない。
現場から提案が出ない。
そう感じるとき、
問題は幹部のやる気や能力だけではないかもしれません。
長年の組織文化の中で、
「考えるより確認した方が安全」
「自分で決めない方が失敗しない」
「社長の判断を待つ方がよい」
という構造ができていることがあります。
だから必要なのは、
もっと強く指示することではありません。
もっと細かく管理することでもありません。
まずは、
判断基準を共有することです。
もし今、
・幹部が自分から動かない
・会議ではうなずくが実行されない
・結局すべて社長に戻ってくる
・KPIを置いても行動が変わらない
・任せたいのに任せきれない
・幹部育成が進んでいない気がする
そんな状態が続いているなら、
それは幹部の能力不足ではなく、
“判断基準が共有されていない”だけかもしれません。
承継・第二創業・新規事業の現場で、年間400件超の相談対応を行っています。
60分の壁打ちでは、
・幹部が動かない本当の理由
・社長の頭の中にある判断基準
・任せる範囲と確認する範囲
・会議で共有すべき前提
・KPIと実行責任のつなげ方
・現実的に取れる次の一手
を整理しています。
後継者の経営は、
社長が一人で考え続ける仕事ではありません。
会社を動かすためには、
社長の判断基準を、
幹部が使える形に変えていく必要があります。
※事例は一部加工しています。実在の企業・人物とは関係ありません。
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熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士
承継・第二創業・新規事業の現場で、経営者が判断できる状態をつくる伴走支援を行っています。
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