区画整理して碁盤の目のように道路を整えるのと、むかしながらの迷路のような街なみと
はじめに
このところの散歩コースは川沿いを上流に向かって歩く。けっこう歩いたなとふり返ると、駅まえのそばの高いビル近くの住み処からまだそんなにはなれていない。正面はほぼ未知のせかいなのに、後ろは見知ったエリアにすぎない。夢と現実のあいだを行ったり来たりするような感覚。それもおもしろい。
きょうはそんな話。
こんなに広いエリアで
すでに20年以上にわたりこのあたりの区画整理がすすむ。着手した当時はまだ新築から10年経つかどうかの家もそろそろ30年近くで古ぼけてくるころ。中山間地のもとのわが家がそうだからなおさら、このあたりの家々を横目でちらりとみわたすと、そんな時期の家もありそう。
ここは駅前からはじまった区画整理が徐々に広がりを見せ、ここ数年はかなり思い切った広さでとり壊しがすすむ。さしわたし何キロあるだろう。じゅうぶん飛行場がつくれそうなぐらいありそう。
そこそこ近くにはそんな飛行機をつくる場所があったと聞く。たしかにそうだろう。見通しがきく。そんな時代からすでに何度か家々は建て変わっているだろう。
歩きながら
家をとりこわしたあとにはむかしからの曲がりくねった道がつづく。周囲の方々のため利便性を維持できるように、今のところ一部を生かしたまま使われている。いったいどこへつながっているのだろうと興味が湧く。
川沿いの土手に通じるそんなひとつの脇道へと進んだ。広い平らな土地でもけっこう高低があるもの。その差がヒトの背たけほどもあろうものならば先は見わたせない。しかもところどころ鬱蒼とした大木をともなうやぶが茂る。
なおさら視界が思いのほかなく、どこへ連れて行かれるのかわかりにくい道がつづく。なかなかおもしろい。それでも遠くの高いマンションや学校の校舎などのおかげでだいたいの方角と位置はわかってしまうもの。
なるほどこう進んでいくとここへ出るのかと知れる。途中の旧道の一部はドリルをつけた重機やブルドーザーなどでかきみだされ、おそらくあらたな道や家の区画へとすがたを変えつつある。
まだらもよう
待ちきれずにすでに新しい道路の一部が完成しつつある場所もある。この道はどの方向へ進んでいくのだろうと先のほうを見つめてみる。その先はどうやら丘の上の大きな団地へと向かうようす。
こうして新旧まだらに織り交ぜてにぎやかな様相を呈している。設計図や完成予想図か何かと照らし合わせないとまずわからない。すでに完成したエリアを延長すると、ごく近くだけおそらくこうだろうと予想がつく。しかしその先は皆目見当がつかない。
おわりに
その余波で川沿いのあたりも工事が並行しておこなわれ、一部は自転車と歩行者の専用道路となった。道筋には小ぎれいに樹木が植えられて整備されている。すでにここには散歩やランニングする方々がちらほら。こうしてきれいになった場所もここちよい。自然とそこへヒトがあつまり利用される場所となる。
一方でむかしながらの風情はどこへいったのだろうというぐらいきれいすっかりなくなってしまう。すでに頭のなかだけにあるむかしの風景と、いまの急激な変化のあとの場所。よく利用してきたはずの駅前ですらぼんやりとしか思い浮かばない。
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