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甘さをもとめない庶民的なくだものを所望するのはもはや究極のぜいたくなのだろうか


はじめに


 先日にひきつづき、くだものについて。先日、店の棚にならぶ高価なくだものたちを素通りすると記した。肉魚以上の価格で買えないのとそれ以上に味を好まないから。

記事を読まれてこのヒトはいったい何を食べているのだろうとふしぎに思われているのかもしれない。そのあたりについてふれたい。

きょうはそんな話。

くだもの生産


 5年ほどまえまでくだものを生産していた。早生みかん、たんかん、ぽんかん、ネーブル、きんかん、スイートスプリング、甘夏、はっさく、ぼんたん、ゆず、もも、ブルーベリー、キウイフルーツ、うめ、ビワなど。その多くは昭和からの古い品種。こうしてみるとみかんの類が多い。たしかに周囲をみわますと叔父やご近所さんにみかんとお茶の農家が多かった。

そこそこあたらしいのはスイートスプリングぐらい。温州みかんと八朔の交配によるこの品種の商品名が、育種家や販売者のきもちや消費者の嗜好を代弁している。甘さを感じにくくなった両親が植えたもの。わたしは好まない。

たしかに販売所に出すと、こちらから売れて八朔やあまなつは売れ残る。それに対してわが家はいずれもすっぱいもとの品種の八朔のほうを好む。「八朔を切る」という父をようやく押し留めた。

やがて


 そののちみかんはなぞの病気?でぼんたんを除いてすべて枯れた。数十年吹いたことのない大風で桃はほとんど倒伏するなど、もはや販売どころか食べるほどもない。

昨年あたりからくだものは「買うもの」に変わった。新たに苗木を育てて実をしっかりつける頃までわたしの体力は残っていないだろう。くだものづくりはもうあきらめたといっていい。冬から初夏まで休みなく食べても食べきれないほどできていた。やむなく1日おきに販売所に売りに行くほど。

買う立場になって


 店に出向いて買うようになり、ため息しか出ない。作っていたころとくらべて店にならぶくだものたちは高級品種がほとんど。わたしがつくっていたようなくだものはほとんどならんでいない。

いまこうしてふりかえると、当時のわが家の果樹畑には周囲に従わないままの古い品種ばかりが残っていた。いま流行の甘い品種とはことなり、じつに素朴なあじわい。逆に食べやすくくりかえし食べても飽きが来ない。そんなくだものたちに出会えて「安価」に買える機会が店ではめっきりなくなってしまった。じつに残念。

おなじことは野菜たちにも言える。とうもろこしはスイートコーンでなく、むかしのもちもちして甘くない古い品種をひっそりはなれた畑でつくった。その理由はご近所のスイートコーンとの交雑をさけるため。めいわくをかけられない。販売所で「このモチモチがよくて」と買い求めにはるばる来られる方がいらしたのはうれしかった。

しかたがない


 はたらいただけ収益をあげることはむずかしいくだものたち。周囲はやむなく木を切るか、継ぐかして「甘い」といわれる高級品種に変えていく。とはいえ登場した品種は病気に強いとはかぎらないし、大風に耐えられるともいいきれない。それなりに世話をやき、たいせつにそだてる。

そしてようやく果樹が実りはじめる。それまでは持ち出しばかりで、その木からなにも利益は出ていない。やがて数年かけてわずかずつ利益を生みはじめる。

唯一の例外

 ももは例外的存在だった。西南地方ではたいへんそだてるのがむずかしいから。水はけがよい場所で、西日本の産地は瀬戸内など夏に雨が少ない地方がいい。それとくらべると当地はあきらかにハンデが多い。

したがって「◯◯のもも」と当地の露地ものと銘打つとあっという間に売れていた。酸味と甘味、香りと申し分なかった。熟してから収穫、そっとまわりを保護しつつ車で注意深く運び、収穫の数時間後には店にならべた。しかも季節柄、販売所の冷蔵のショーケースにいれてもらえる特別あつかい。わたしのつくるなかでは特別な存在だった。古い品種なのにぐうぜんよい味わいの実のなる木だった。

さらに父が長年にわたる経験でその木から接ぎ木を育成。それを横目で見ていた。そんなリスクの高い苦労の多いくだものはもうつくりたくない。剪定、摘果や袋がけなどの手間もかかる。もっとつくりやすいその土地に合ったそぼくなくだものがいいとつくづく思った。

おわりに


 やはりこの土地にはみかんのなかまがいちばん。杉林が北風をさえぎり海に面した陽だまりの土地。適地のはずなのにつぎつぎに枯れてしまった。

いずれもみかんの味はどれもシンプルでおいしかった。新鮮なくだものの味は酸味と甘味のバランスがとれており、かおりも採れたてが最上(もちろん追熟させるタイプの晩柑などもある)。その状態をいちばんおいしいと思う。高級品をいただいて口にしても、どれもわたしの舌はなにも反応しない。甘いだけの水っぽいものはもっともがっかりしやすい。

きょうも「庶民の味」を探して店をまわる。ごくたまに八百屋さんで「安いのにおいしい」古い品種の商品が見つかる。もはやこんな行動はぜいたくの極みなのかもしれない。


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