ひとりぐらしである程度の年齢ならば:固定給でもしごとがつづけられるほうがいいかもしれない
はじめに
この齢であらためて自営業の自由さを感じる。ヒトを雇わず最低賃金などを気にせずやれる。日々食べていければいい。おなじ年代で世間のサラリーマンの方々が再就職しようとすれば、そうはいかない。
雇い先しだいで給与は雲泥の差だし、待遇や勤務環境もおなじくちがう。もしも自分が雇われる身ならばどうだろうと考えた。雇われて給与をいただく状況よりも自営でおなじ収入のほうが圧倒的にいい。とりあえず独身でひとりぐらし。子育てはない。となると・・・。
きょうはそんな話。
世間はきびしい
そんな悠長とはいえないのが世間一般。考えかたはヒトそれぞれ。とはいえ自営業で身を立ててきたのであまり収入面を気にしなかった。むしろ健康面重視。はたらけばそれなりに入ってくるし、その反対もそう。つまりは自己責任かつ裁量の結果だし、収入としてどの程度をもとめるかは自分で決められる。
ひとりぐらしの身。収入が減ったからとて周囲にめいわくをかけるわけではない。たしかに税金を納める点では収入がすくないと、公共財やサービスを格安でつかわせてもらえてそれなりに感謝のきもちがわいてくる。
多少ふところがあたたかくなると、それなりに税金をこんなに納めるのかと考えてしまう。これはあたりまえで世のなかをスムーズに運営するにはそれなりに費用がかかるから、それを負担する役にまわるのは当然と言えば当然なのかもしれない。
世間とくらべて
あまりヒト様とどうこう生活をくらべるなどしない。意味があるとも思えない。したいこと・できることをやるうえでそんなに費用をかけないのがさいわい。というかこどものころとくらべるとあきらかに金をつかう行為をしなくなった。つまり物欲にからむことに興味や関心がない傾向が強まった感じ。
世間一般の方よりおそらく消費をしないうえに金をつかうギャンブルや趣味とも無縁。うっかりすると20~30年前のものを平気で着るし、食べものはむしろ以前より質素でいい。金の使いかたを知らないと言っていい。
誤解してほしくはないが「金をつかう行為」がわずらわしい。ヒト様や機械にかわりにやってもらう対価、あるいは楽しいと(世間の方々が)思えることをみずからのそばに引き寄せる対価、もしくは自分を必要以上に価値があるようにみせる費用などと思い込んでいる。
思い込みから
そのためサラリーマン当時は家族がありながら給与は今の半分でいいからもっとこの事業所の存続に費用を充ててはどうかと喉もとまで出かかっていた(ほんとうに)。もしそれを実行していれば(まわりが反対してできるはずはないが)いまのかたちとはちがう事業体になっていたかもしれない。
理想と現実はちがう。まわりめぐってその当時の報酬を抑えていれば、いまはむしろちがうかもといまさらふりかえっても仕方がないし、そのままやれば法律違反だろう。過去へはもどれない。
それでもバブルとその反動から立ち直れない状況がつづいているこのクニの現状を鑑みるに、そんな極端な手も思考実験としてはあったのかもとふと思う。せめて自営業でその方法を踏襲しようと実行したら、やはりうまくいった。むしろ「長もち」する事業に成功したわけ。ただし当然のごとく身入りはよくなくヒト様のビジネスモデルにはならない。
おわりに
ものは考えようだなと思う。それに反対するヒトビトが常にいる。となると自分だけで思うとおりにやるほうがいい。あくまでもわがままで極端をいきがちだが信念でやっているし、ほかのヒトビトがなかなかまねのできないやり方だと思う。
これはこれでいい。そんな生き方がしたかっただけ。それをやり通せれば本望。
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