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そろそろ夏のさなかに出歩く旅のために体力を養っておこうか


はじめに


 今後は遠出をする場合は車を使わず、他の交通機関を使うことに決めた。これだけでずいぶん気が楽になった。航続距離の短い電動車ユーザーになったのがきっかけ。

ふだんは往復15kmの通勤と、同30kmほどの両親の住処との行き来がほとんど。あとは年2回ほどのホテル避難だろうか。当然だが旅先まで車で向かう外泊はもはやない。その反動というわけでないが、乗り物満載の年1回の遠出の旅を画策中。

きょうはそんな話。

どこへ行く


 今まで寄りたいのに寄れなかった土地を中心に向かう。西日本に住むわたしは、どちらかというと、東日本にまだ訪れていない地が残る。ことしは伊豆から駿河湾の近辺。一度、途中下車したいなと思いながら実現できなかった東海道沿線。このあたりで堂々と途中下車して思う存分味わおうと思う。

どちらかというと観光名所よりは何気ないところに憧れる。ここにもふだんの生活があるというような場所。この国に1億人を超す人々が住まうことはなかなか実感できない。新幹線で車窓を眺め続けても沿線だけで数千万人がいると言われてもピンとこない。やはり列車を降りて、人々の息遣いが感じられる距離まで立ち寄り、はじめてここにも人がいると実感できる。

何を見る


 何気ないところとして旅をするならば、屋根瓦のならぶ街の民家や、作付け後の田園の稲の育つ様子を眺めてみたい。わたしはこれまで住んだところで、稲の生育を日々眺めながら仕事に通えたのはたった1か所だけ。棚田などはまだ見たことがない。しかも気に入っていたのに半年しかいることができず、後ろ髪を惹かれつつその土地(なんと大阪!)を後にした。

中学に上がったばかりの頃、引っ越した同級生の家に遊びに行った。その家のまわりは当時は一面の田畑だった。じつに羨ましかった。稲穂の国に生まれ育ちながら、育つ様子を見られないのはくやしい。マイナーな地のすみっこで暮らすかのようなどこかうしろめたさに似た気持ちがある。

一面に広がる田を維持されるご苦労と尊敬の気持ちが湧く。畑を6年ほど作ったにもかかわらず、水稲に対してはそんな想いが強い。そこにいるだけで心が洗われる充実感を味わえる。今回は一か所そんなところを織り交ぜようか。

何を食べる


 ここ数年、旅先で人に会う。半分はその目的も兼ねている。その土地を見知った人の案内で食べられるふだんのものを味わえるといい。何も名物でなく、その土地の普段使いの食べ物で十分。その地で暮らす人々が利用する店で、ここで暮らしているような感覚で買う。このところ手を伸ばしたくなるのは見たことのない納豆や牛乳など。見慣れないパッケージに惹かれてしまうし、旅の途上でこうした不足しがちな栄養素を体が欲しがるのかもしれない。

ホテルに戻ってそれらを食べるのはどうもそぐわないが、どうしてもそうしたくなる。昨年、ある土地の朝、小さな間口の古い民家風の惣菜店におにぎりが並んでいた。ラップにくるまれ、じつに素朴な見た目だった。何も考えずにたまたま目についたおこわ風のものを買い、昼に途中下車した先の公園で口にした。

まるで家で作るような手作り風で着飾った風は微塵もなくおいしかった。購入した店のようすを思い返すと、普段着の地元の方らしい人々が幾人か集まっていた。お弁当にするのかもしれない。きっと地元のなじみの店なのだろう。

普段のままで


 旅先ではよそ行きでなく動きやすい格好で過ごしたい。とくに海外ならばそのほうがいい。いかにも旅行者風だと目立ち、いろいろと良いことはない。街に溶け込むぐらい目立たなくなればなおいい。

今回も多少の雨でも動き回れる格好で2泊3日過ごすつもり。リュック1個にまとめて両手をあける。一番厄介なのがスマホの居所。ポケットに入れるには大きく歩きづらい。リュックの底に落ち込むと必要な時に取り出しにくい。皆さんどうしているのか。改めて考えると、人々がどうやって持ち歩いているのかよく考えるとわからない。

おわりに


 こうして旅をいろいろ画策するのは楽しい。とはいえあまり計画を立ててもそのまま実行できた試しがない。数カ所を思い描いて、後は気ままに動きながら興味の向いた行き先を決める。行き当たりばったりの自由さがあり、思わぬ小さなトラブルまで楽しさに変えられる程度が一番良さそう。


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