元の家から各教室分の文具がまたまた数箱分見つかった
はじめに
まだ使うだろうと思って買った1ダースの鉛筆。こどもたちが大勢来ていた教室として使っていた元の家の一室から出てきた。ほかにもホッチキスや定規、マジックペンや蛍光ペン⋯。ほぼ菓子箱分ほどの文具が出てきた。使い道がないので今の職場の大学へ持っていき、使えなくなったものと交換していく。
きょうはそんな話。
一番多いときは
リモートの教室を入れると、もっとも多いときで5教室、いや一時期だけ使った場所も入れると6教室運営していた。いまはネットと自宅のマンションの1室を教室兼用で使うのみ。必要な教具類は限られる。それまで使っていた各教室の文具類はかなり処分してさっぱりしたはずだった。
ところが文具類ですら節約を楽しみにするわたしは、まとめて買うとなかなか消耗しない。すでに教室を閉めようと心に決めた頃から、残る生徒たちに譲ってきた。そのほとんどはこうして処分したものと思っていた。ところがそれは単に目に触れる場所からいなくなっただけで、しまい込んだものの存在を失念しただけだった。その証拠にあちらこちらから出てくる。押入れの中の開けたことのない段ボール箱のなかとか、クローゼットの目につかない片隅とか。
たいていが
そんな中身はたいていが使い切れなかった文具類。先日まだ未使用のノートの束が出てきて、親しい学生などに配り使ってもらった。とにかくネットを除く5教室のそれぞれに文具は必要で、それぞれ同じものを準備せざるを得なかった。
こうしてよく使うものほど重なって存在する。プリントで教材としていたので、ホッチキスや修正テープ、蛍光ペンやクリアファイルなどはいくつも出てきた。それらの多くはもはやここにはないものと思っていた。
それぞれが
今回出てきたものの中身は未使用品ばかりとは限らない。各教室で手にして実際に使ったものも結構ある。それだけ各教室でわたしが立ち回った証と言える。使いやすくて愛用したものや、生徒たちが努力の末に理解できた際に使ったものもある。
ひとつひとつ思い出の品と言っていい。それらを使ったシーンがじわりと染み出してくるように思い浮かぶ。忙しくしている間でひとつひとつの物にそんなに意識が向かうことは少ない。これまでやってきたことを振り返る上で、そこで使ったものに改めてこうして目を向けると、これらの道具の古ぼけたようすから少しばかりはこの地の人々に貢献できたのかもしれないと思えた。
おわりに
愛着のある一部を除き、いずれも綺麗なものは上に記したものと同様に人にお譲りしようと思う。道具はつかってもらってこそ活きる。使わないままにしておくのはもったいない。
繰り返すが、こんなにたくさんの物を使って仕事をしてきたのかとやってきたことに驚いている。歳月を重ねるとこうなるのかもしれない。もちろんこの他に消費して今はもうない物たちも数多い。
それだけ大勢の人が関わったことは間違いないし、少なからずここでこれらの道具を使えたことは揺るぎない事実に違いない。
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