歯ブラシの形状や方式は磨きやすさの点でまだまだ見直せそうな気配がする

はじめに
毎食後にお世話になる歯ブラシ。この道具は見直しの対象にならないものだろうか。毎食後にさらに時間をかけて念入りに磨くように指導され、自分なりに実行しているつもり。そのわりに作業が捗るような形状とはかならずしも言い切れない。先日来、もっと良くならないかなと頭の隅にあり、ふと思いついた。
きょうはそんな話。
歯を磨く道具
祖母は歯ブラシのことを「ようじ」と言っていた。どうやら日本語の古い語にほぼ等しい。木をこまかく繊維状に細工していた「ふさようじ」などのクロモジやヤナギなどの木から作られた道具が江戸時代には使われたという。この地方でようじと呼ぶのはその名残かもしれない。
少なくともわたしが子どもの頃から形状はさほど変化していないと思う。木の代わりにすでにプラスチック素材だった。もちろん動物の硬い毛を使ったものもあったかもしれない(今もあるらしい)。
形状は
歯を磨くいう明確な目的がその道具にはある。それにも関わらず形態はさほど変化せずそのまま。果たして多くの人々はそれでこと足りると思っているのか。それとも不満をもちながらも仕方がないと使い続けるものなのか。正直にいうと指導されるまで漫然と他のことを考えながら磨いていた。そんなものかもしれない。
1年半前に歯科に歯と歯茎のメンテナンスに向かうようになり、以前にも増してこの道具を頻繁に使う。なかなかぴったりのものに出会わない様子を以前に記事にした。今もって確定版に出会ったわけではないが、以前よりはましと思われるものを見つけられたが、満足しているわけではない。
こうしたほうが
ここでは実用新案に結びつきそうなので、具体的に思いついて手を加えて実行してみた内容に触れることは避ける。かなり思い切って変えたほうが良さそうだということは少し前から考え続けていた。その試行錯誤で実際に自分の歯を磨いてみて、以前よりはかなり磨きやすい形状のものを作出できたと感じている。
それをやりつつすでに同じようなことを考えた人はいないものだろうかと思った。これほどふだん使いするもの。けっこう多くの人が考えつきそうなものだが。
あまりに身近すぎて灯台下暗しなのだろうか。それともわたしが思いつき、改良中のものではなにかデメリットが生じるのだろうか。後者についてはずいぶん気になり、自ら改良版を使ってみて、いや使う側にはデメリットよりもむしろ長持ちしてメリットになっているのじゃないかと思った。先願主義のこの国の方式なので、じっくりその点の「売り」になる部分の改良を進めたい。
長持ちするのは商売上、売る側にはマイナスかもしれないが…。たしかに2倍長持ちすると2倍の値段をつけるか、2倍シェアを上げるしかない。
おわりに
こうした発明は意外と思いつきそうな気がしてしまう。実用新案の例をもう少し調べてから提出するようにしようと思う。あるいは全くべつの考え方から磨くという観点から離れてしまうのもいいかもしれない。
もちろんこうした発想ではなかなか目的を果たすことは難しくなるかもしれない。デメリットもそれなりに出てきそう。こうした点を乗り越えられれば、実用新案よりさらに新規性を求められる特許に出願できるかもしれない。むしろ特許については何度か取得した経験があるので、こちらのほうがいいかもしれない。
こちらの記事もどうぞ
広告
