No.09:自分に向けるか他人に向けるか? 皆やっている「レッテル貼り」|時空ラボ
No.08では「感情的決めつけ」について説明しましたが、今回のテーマは「レッテル貼り」です。
これは自分や相手のことを「○○」だと決めつけることですが、レッテルを貼ることで自分がラクになる場面も珍しくありません。
ただ、これが弊害になることもあるのです。
◎楽だからレッテルを貼る
レッテルを貼るという行為はある意味、処世術といってもいいかもしれません。
例えばつまらないミスを犯したとします。
私も今朝、お風呂を沸かそうと思っていたものを間違えて床暖房のボタンをオンにしていました。
なんか部屋がポカポカするな(むしろ暑いな)とは思ったのですが……。
そうしたときに、なぜミスを犯したのかを深く考える代わりに、自身にレッテルを貼ってしまうわけです。
「自分はどうしようもない大馬鹿者だ」
ここまで思い詰めてしまうと、かなり「認知の歪み」が入っているのは分かるでしょう。
でも、レッテルを貼った方が精神的に落ち着いたりすることもあるのです。
ボタンを押し間違えた理由について、ああでもないこうでもないと検討するよりも、自分を大馬鹿者と定義した方が簡単です。
こうした決めつけも「認知の歪み」の定義の一つです。
極端な形で現れる「一般化のし過ぎ」といえますね。
◎他人に向けられるレッテル
実は、レッテルの対象は自分だけではありません。
「あいつはダメ人間だ」
「あの○○野郎!」
「奴には○○がお似合いだ」
このような感じで他人にレッテルを貼ってしまうことは誰しもあります。
説教臭い話はしたくありませんが、「レッテル貼り」の背後に潜む負の感情……これが必ずしも自分に正義があるわけではないことは、自覚した方がいいでしょう。
他人に向けられる「レッテル貼り」もまた「認知の歪み」なのです。
No.10で解説するのは「個人化」についてです。
「何もかも自分の責任だ」という思考に陥っていないでしょうか。
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