本当は話したくない女性トラブル 4
(またこいつか⋯)
私はうんざりした。
私には武術の心得があり、合気というものを実生活でも取り入れる様にしていた。
日々実践といえばいいだろう。
合気道における「合気」とは、一言で表すと「相手の力とぶつからずに調和し、一体となること」なのだが、目の前のこの男には意味がない。
なんせ初めから威嚇と攻撃。
挑発的に喚き散らす。
これが外ならばぶつからずにかわしてやり過ごす。
しかし、ここは逃げ場がない取調室。
(植芝盛平先生でもこれは無理だろうな⋯)
私はそんな事を思いながら男を見ていた。
それに目の前に鎮座する男に完黙する意味がない。
「完黙」とは、「完全黙秘」の略語。
警察の取り調べや裁判において、被疑者や被告人が終始一貫して一切の口を利かず、完全に沈黙を貫くことを指す。
だからだ。
(私は一体ここに何故いるのだろうか?)
自問自答しても答えが出ないので男に尋ねたいがそれもまともに出来ない。
なんせのっけから「おい貴様、ここをどこだと思っている?」
「警察署に連れてこられたら大人しくせんかーー」
(はぁー、またこれか⋯)
「おい貴様、俺は一般市民だぞ刑事ががその態度はおかしかろうがーー」
またもどつき漫才が展開。
「何を貴様ーー」
相変わらず私は貴様呼ばわりのようだ。
「公務員が一般市民にその言葉遣いは何かーー」
「さっさと何の容疑か話さんか」
私も大声で応戦した。
どれくらい時間が経ったか分からないが、今だに私は自分が何故取り調べ室に居るかが分からないし、その理由を聞いても教えてもらえない。
そんな馬鹿な話、信じられないだろうが事実なのだ。
ただ、職質をかけてきた警官の話が嘘でなければ元暴力団の男も、ここに連れてこられているはずだが、その様な話も出てこない。
例えば、元暴力団が地元民が「菱」と呼んでいる関係者で、私がその人間ともめたので問題がややこしくなっているかも知れない。
また、私が「菱」の対抗組織である「ひょうたん」の関係者か疑われているかも知れない。
「菱」とは神戸に本部がある有名組織。
「ひょうたん」とは幕末の俠客「会津の小鉄」こと上坂仙吉が結成した博徒系組織がルーツで、100年以上の歴史を持つ京都の有名どころ。
実は私のお迎え予定の人間が「ひょうたん」の関係者。
(その事を彼女が話した?)
だとしても元暴力団の男も私も、組の看板は出していない。
可能性はゼロではないが、その線はあるかも知れない。
初めから攻撃的な態度を考えると暴力団関係者と間違われているのではないかという推測は悪くないが、その様な事をストレートに聞いてもこない。
(だとすれば、私が古武術をやっている事が原因か?)
(いや待て、それが何の罪なるというのだ)
目の前で「貴様ーー」とか「おりぁー」と怒号を撒き散らされては集中して考えられない。
「だから、何の容疑か話さんかーー」
イライラが言葉になる。
パトカーで私を運んだ警官は、私の身体に直接接触して後部座席に押し込んでいるが、私は任意同行もパトカーの乗車も全ての警官の目の前で拒否をしていたが、強制連行されている。
普通に考えてもおかしな状態だった。
また、パトカーに乗せられてから、一人の警官が私を罵倒し始めたのでシート座席を蹴り上げ、「お前らまともに職務執行してない人間が偉そうに何言っとんじゃ」
そう言うと運転席に座っていた警官が後部座席に身を乗り出し「パトカーに乗ったら大人しくせんかーー」という身勝手な持論を大声で怒鳴り上げた。
「知るかそんな事」
「お前らの方が違法行為やろうが」
私も言葉を返した。
すると私の横に座っているもう一人の警官が私を抑えるように両手で私の両肩を抑えた。
どこの誰かも名乗らず、警察手帳の提示もしない警官がそもそもまともなわけではない。
時期的に考えれば従来の「手帳型」から現在の「パスケース型(身分証明に特化した形状)」へと変更する数年前だったと思う。
もしかして手帳形だったので見えなかったのかも知れないが、結果として警官の名前は聞いていない。
これでも私は一般的な成人に対してはさん付けをするようにしている。
それも相手は警官で最初から名前も名乗らなければ、警察手帳も出していない。
今更だがその事で私は怒られているのだろうかとも思ったが、そうでもないようだ。
ただ、私の言動に対しては大変お怒りの様だが、それはこちらも同じ。
少なくとも会話になるのならば、こちらも同じ様に会話で返す。
どつき漫才に付き合っているのは、心に余裕があるからだ。
ただ、この男も学習をしてきたのだろう。
2回目以降、ステンレス製の机を叩かなくなっていた。
私がこの男に対して、オウム返しで返している事も3回目になる頃には気づいてると思うが「貴様ーー」という怒号は相変わらず消えない。
その男が取調室を出ると次は定年間近の男。
結局二人とも名前を名乗らない。
進展があったとすれば2回目から定年前男がSAM雷さんと言ってきたことだ。
だから、警官の情報は刑事に伝わっている事が確定となった。
引き継ぎされて私はここにいるのだ。
しかし元暴力団の男の話しは一度も出なかった。
また、定年間際男に私がここに居る理由を聞いても要領を最後まで得られない。
(何の容疑なんだよ?)
何かしらの理由が分からないのに「大人しくしろ」や「詳しく話せ」と言われて答えられる人間が居るだろうか。
そもそも何の通報で私はパトカーに乗せられてかも聞かされていない。
完全にそこが抜け落ちている。
(もしかしてあれか?)
(ここに連れてこられ理由を私が聞かされていると思っているのか?)
そう考えると多少の整合性が見えてきた。
(いや待てよ⋯)
3度目の定年間近の男に尋ねてみた。
「あのさ、もう一度言うけど私はここに連れてこられた理由を警官から一切聞いていないんだけど」
定年間近の男の表情が少し変わった。
「歩道で男と話した後、帰ろうとしたら職質を受けてな」
私はここに連れてこられた経緯を話した。
定年間近の男は相槌を打ちながら聞いてくれたのは幸いだった。
話を聞き終わった定年間近の男は部屋を後にした。
当時は考えもしなかったが、1回の取り調べは約1時間。
それが6回。
外での警官とのやり取りなどを考えるとおそらくその時点で朝を迎えていると思う。
正直飲み物を飲んだ記憶がない。
もしかしたら飲ませてもらえたかも知れないが記憶にない。
私の記憶ではこの時点で水分を取っていなければ、この後警察署を出るまで水分を口にしていないし、食事も食べていない。
(あれこれ、長期戦か?)
なぜなら定年間近の男が出ていった後、誰も部屋に入ってこない。
今考えれば朝食とか朝礼とか。
考えても分かるものではないが、一般社会で考えればそんな時間になっていたのではないだろうか。
私は昔から腕時計をしない。
ネックレスに結婚指輪。
その手の物を身につけると気分が悪くなる。
そもそもは何かしらのアレルギーが原因だろう。
結婚式での指輪の交換は形式的なもので、式が終わると外した。
もちろん最初は努力してみたが、時計をつけるのも無理だった。
時計のベルトも革製にして少しはマシになったが、それでも結局つけなくなった。
そんな時にガラケーという物が出てきたので、時間はそれで確認する様にしていた。
そのガラケーも私物として警察が一時預かりしている。
それにこの部屋には初めから時計が置いていなかった。
警察署の取調室には、被疑者や参考人が時間を確認するための掛け時計や置き時計は基本的に置いていないらしく、何時間も取り調べが続いていることを意識させず、焦りをなくして冷静さを保たせないようにするためだとも言われているらしい。
(いやいや私は被疑者や参考人ではないと思うのだが)
現代のネットで調べるとそう書いているので、心の中で文章にツッコミを入れた。
さてさて、それからどれ位の時間が経ったかは分からないが、私は取調室を出て会議室の様な場所に移動させられた。
会議室の中には大きく移動式のホワイトボード。
折りたたみ式で茶系の長い机と緑のビニールが貼られたパイプ椅子があった。
そこに、3度私と吉本新喜劇をやった偉そうな男が中央奥に腕をくんで座っていた。
長机はロの字に並べられ、私は入口側の椅子に座らされた。
ただ、異様だったのは定年間近の男に、その他4名程の男が腕を組んで私の近くで立っているのだ。
(なんじゃこれ?)
私は映画でも見たことないような状況に陥っていた。
(えっ、会議室?)
全く持って状況が分からない。
ただ確かなことは窓の景色はもう朝だという現実だった。
いいなと思ったら応援しよう!
この度はありがとうございます!
いただいたチップは活動費に使わせていただきます!