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コロナ後遺症で障害年金を申請したら、最初の病院がラスボスだった

これは、コロナ後遺症で歩けなくなった48歳男が、人生ハードモードの中でなんとか笑いを見つけた話です。
しんどい状況でも、少しだけ笑って息をしたい人に読んでもらえたらうれしいです。



今回は障害年金受給申請のお話。
想像していた苦労とは違い、ラスボスは役所ではありませんでした。

ボクはコロナ後遺症になって、部長→契約社員に降格した。
休職期間が長いと解雇される人が多い中、雇用し続けてもらえただけでも幸運だ。でも以前とは、できることが違うので収入は半分以下になってしまった。

それは、大変困る。

ということで、障害厚生年金の受給申請をしてみることにした。

実はもっと前に申請を検討した時期があったのだが、
医師にも最近は審査が厳しくて受給はなかなか難しいと言われていた。
それにボク程度の症状では通らないだろうとも思っていた。
ましてやボクの場合、在宅で働けている。これはかなり受給対象から外れやすい。

しかし、それからしばらくして症状がずいぶん重くなってしまったのだ。
発症して2年も経つのにまた新たな症状が追加され、いろいろ重なって過去一というほどしんどい状態になってしまった。


…これはチャ〜ンス!


てな具合で受給申請することにしたのだ。

受給までの流れは、

①病院で診断を受ける
②初診日を証明する
③診断書を書いてもらう
④申請書類をそろえる
⑤年金事務所へ提出する
⑥日本年金機構が審査する
⑦結果が届く

となっている。

漢字が多くて見るからにめんどくさそうだ。
ましてや健常ではないこの身体ではなおのこと。

だいたいの人は社労士に代理してもらうことが多い。
下手に自分でやって失敗して受給できなくなるより、その道のプロにお任せした方が確率が上がるだろう。
自分もそうしようと思った。

で、社労士さんにお願いした場合の費用を調べてみると、、

成功報酬は2ヶ月分。
……?

等級によって違うらしいのだが、、

ボクの場合、一番下のクラスの障害厚生年金3級が受給できたとして2ヶ月分を計算すると……

14万円。

たかっ!

年間だと80万円くらい、そのうちの14万は大きい。

一生もらえるケース(四肢の欠損など)なら、検討できる金額かもしれないが、ボクの場合受給できても一定期間のみ。翌々年の誕生月に更新手続きが必要だ。その頃には今より良くなっている(たぶん)だろう。すなわち更新は難しい。

となると、そのうちの14万は大きい。

自分で手続きをすることにした。イバラの道かもしれないが、ダメ元でやってみよう。
幸いかろうじて脳みそは動く。PC作業も長時間でなければ問題ない。

それからはネットで調べる毎日。
…難しい。
すぐにつまづいて、遅々として進まない。
早速弱音を吐きたくなっているボク。

そもそもコロナに感染したのも3万円をケチったからだ(詳しくは一番下👇の別記事で)。
それもあったし、貧乏根性丸出しで挑んですべてパーになるより、社労士というプロフェッショナルにお願いした方が、金額は減るが確実性をとった方が良いのではないだろうか。

そうだ、ボクはいま大殺界真っ只中なんだし。


いろいろな社労士のホームページをみていると、「相談無料」というワードが良く出てくることに気がついた。

ほほう、無料で相談できる事務所もあるのか。
素晴らしい、弱者の味方だ。
だったら、とりあえず今つまづいている点について聞いてみよう。

一つの事務所に早速電話をして相談してみた。

なんだか雲行きが怪しい。途中から明らかにつっけんどんだ。
なるほど、勘違いしていた。
これは発注することを前提とした無料相談なのだ。
にもかかわらず、ボクは図々しくも自分でする手続きの疑問を解決するために相談していたのだ。
つっけんどんになるのも無理はない。常識のない痛い男になってしまった。。

といいながらも、全身に染み渡ってもう抜けない貧乏根性を発揮し、その後も他の事務所二ヶ所にバカなふりして無料相談をした。
やさしく教えてくれるところもあった。

よし、解決。

さて、流れを理解したところで、実際に手を動かすことになる。

まず最初にぶつかった壁は、【初診日証明】だ。

「病気やけがで初めて医師の診療を受けた日」を客観的に証明する手続き。
初診の医療機関で「受診状況等証明書」に初診日を記入してもらう必要がある。

これがこの申請においてかなり重要なのである。
この書類がないと始まらない。

医療機関によっては、郵送してくれるところもあり、
相場は3000円。無料のところもあるらしい。

ボクの場合、初診はPCR検査を受けた医療機関となる。

感染当時は大流行中で、どこの医療機関も大忙し。PCR検査を受けられる医療機関がなかなか見つからなかった。探しまくって、ようやく見つけた病院で受けた。

その旨を連絡すると、書類を取りに来てくださいとのことだった。
残念。郵送を期待したが、そうじゃなかった。
なにせ絶賛症状が強い時期なので。

体調の様子を見て、後日その病院に行った。
閑散とした院内。そういえばこんなとこだったっけ。
受付で「受診状況等証明書」を申請した。
この書類がないと始まらないが、逆にいうとこの書類に初診の日付さえ証明されていれば問題ないのだ。

待合でしばらく書類を待つ。すると、診察が必要ですと呼ばれた。
いや、初診日だけ証明された書類をもらえればいいのだ。診察は必要ない。
必要です。どうぞ。と。
待合から診察室に移動するのもしんどいし、病状の説明をして理解してもらうのは大変だし、たくさんのエネルギーが必要なのだ。出来れば避けたかった。
でも、「書類がないと始まらない」を人質に取られている。向こうもわかっている。
しんどい顔で診察室へ、杖をつきながらガクガクヨチヨチと壊れかけのASIMOのように入る。
中には医師とスタッフ。

医師「今日はどうなさいました?」
ボク「あの、コロナの後遺症でして…障害年金受給申請用の書類に初診日を書いていただきに来ました」
医師「は?私、あなたのこと診てませんけど!」
ボク「……?…以前、PCR検査で」
医師「あなたその後、受診してませんよね!だからあなたは私の患者ではありません!」

結構お怒りのご様子で。
音過敏の症状もあるので、医師の大声はまるで頭の中で爆竹をならされているようだ。

ボク「…PCR検査は初診日になりませんか?」
医師「だから、PCR検査の後、来てませんよね!」
ボク「スタッフさんから電話で結果をお聞きしたので…」
医師「その時、また来院してくださいとスタッフが言ったでしょ!」

電話でスタッフさんから陽性との結果を聞いたのは覚えている。
でももう一度来るように言われたことは覚えてなかった。
これは、ボクの落ち度かもしれない。だとしたら、医師の言うとおりだ。

ただ、ただだ。

ボクは病院に行きたがる人なのだ。

以前ギラン・バレー症候群になって以来(こちらも詳しくは👇の記事で)、少しでも体調を崩したり、なにか不調の心配があれば呼ばれてなくても病院には行きたがる性分になってしまったのだ。行って解決しないと気が済まない。
もし、もう一度来てくださいと言われていたら、そんなボクなら絶対に行っていたと思うのだ。じゃないと不安で仕方ない。

自分を信じるならば、スタッフの伝達ミスではないかと思われる。
しかし録音記録さえなければ、お互いに証拠はない。水掛け論だ。
となってくると、形勢不利なのはボクだ。
どうしても初診日の証明された書類をもらわなくてはいけないのだ。
受給に向けて、こんなところで立ち止まっていてもしょうがない。
先は長いのだ。もっと高い壁もあるだろう。


完全にひれ伏すことに決めた。


なんとか書いてもらうしかないのだ。
書いてもらうことが、このミッションでの勝利なのだ。

ボク「その節は、本当に申し訳ありませんでした。」

それでも医師の怒りは収まらない。
スタッフにも「お前どう思う?」とか聞いたりして。
スタッフはいつも通り(たぶん)うなずく。なんとも言えない空気が漂っていた。アウェイ感。
もう早くこの場が無事に終わってほしいと願うばかり。身体もめちゃくちゃしんどい。光過敏の症状もあったのでサングラスをしていたが、どうせ鼻につくだろうから外してヘコヘコと赤ベコのようにして逆らうつもりを微塵も感じさせないよう演じきった。いや、心の底から医師を尊重し非を認めた。
しばらく強い口調でご指摘いただきながら全て受け止め謝り倒していると、ようやく書類の話になった。

医師「……本っ当に特例でぇ、、今回は書いてあげます。わかったね?キミが来なかったのが悪いんだよ。だよな?」
スタッフ「(コクリ)」
ボク「申し訳ありませんでした。」

その頃には、申し訳ありませんでした教の教祖になっていた。
最後までプスンプスンしている医師を背に診察室を出た。

受給申請、こりゃ大変だな。

確かに社労士に頼むのは妥当かもしれない(でもこの病院の場合は本人が取りに行く決まりらしいので、頼んでいたとしても変わらない)。
病人がすることではない。

でもとりあえず、第一関門は突破だ。

受付で書類の確認を促される。
名前、日付を確認して、料金は……!?
高すぎる!相場の倍どころではなかった。
思わず受付のスタッフさんに聞いてしまった。
「普通このくらいの金額なんですか?」
「病院によって金額は違うので。」
だそうです。自由に決められるらしい。

想定外のこの出費はかなり痛いが、受給のためだからしょうがない。

まぁ医療従事者は大変なのだ。
ボクはこんなことを腐すような小さな器の持ち主ではない。
全て受け止めようではないか。おおらかに。OK牧場。

やっとゲットした。
家に帰ってようやく横になれた。あまりの疲労で布団に身体が沈むようだったが、この達成感。輝かしい戦果を眺めながら、酒でも飲みたい気分だ(アルコールは禁忌、そもそも下戸)。


……!?


治癒?


え、え。
ちょっと待って。


治癒?


書類を何度も見返した。
治癒に丸がついている。

どーゆーことっ????!!!!

後遺症が治ったことになっている。これで受給できるわけがない。

怒りで震えた。

思い出した!!
受付でスタッフさんに書類の確認を促された時、書類を半分に折って見せられて、なぜ折るのだろうと一瞬気になったのを。
名前と日付は確認した、治癒のところは折りたたまれていた。
わざと見せなかったのか!!あの医師の指示か!?
一瞬そんな考えも頭をよぎった。
いやいや、完全に被害妄想だ。
疲れていたのだ、きっと……。

くっそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
どうして強引に確認しなかったのだ、ボクよ!

もう一度、行かねばならない。
また教祖にならねばならない。
ふんぬ〜〜〜!

つくづく相性の悪い病院だ。
何度も言うが、ボクが悪いかもしれないことはわかっている。
にしてもだ。

ふと口コミを調べたくなり、見てみた。




………そっと画面を閉じた。




これが大殺界というやつか。




嗚呼……
ボクは治癒の件で再び相まみえなければならない。
気が重すぎる。体調を崩しそうだ。

一旦冷静になり、相手の気持ちになってみよう。
ボクはそういう紳士である。

うん、そりゃオレが悪い。
来いといって来なかったんだから。
突然来たと思ったら書類だけ書けと。
怒るのも無理はない。納得。


数日後、再び受診。

ボク「……何度も申し訳ありません。。」

これしか手はないのだ。

薪をくべたつもりはないが、医師の口調が前回と変わらずすんごい。
アンガーマネジメントが追いつかない。
また、15分くらい謝り倒して、やっと治癒から診察中止に修正していただいた。

涙を飲みながら、これがボクの勝利だと信じて。


待合で書類待つ間、若い女性患者が入ってきた。
「初めてなんですけど…」

(うわぁ、まじか………無念。)

私は貝になった。
なるしかなかった。
ボクの大殺界が、あの若い女性に伝染しませんように。
心の中でそっと手を合わせた。

書類を受け取り診察料を払い、もう二度と来まいと静かに病院を去った。

医療現場も大変なんだろうな、と改めて思った。
ボクも大変だけどねっ。


その後の受給申請については、
書類作成は丹念に、調べまくってぬかりのないよう色々と対策して審査にのぞんだ。
年金事務所の人たちはまるで天使のようで、ボクの用意した書類に感心し褒め称えてくれた。
さらには担当者からは「受給できるといいですね」と。完全に後光が差していた。


無事3級受給。


結局、第一関門がラスボスだった。

受給申請を考えている方、本当にためにならなくて、ごめんなさい。

ちなみに同じ時期に、姉も申請していた。
15年くらい前から目の病気に罹っていたのだ。
姉は社労士さんにお願いし、1級の受給が決まった。

「あたし重症だったらしいわ〜」とのことだった。

ボクたち私たちは、めでたく障害年金シスター&ブラザーとなりました。
なんともめでたい肩書きではないけれど、ありがたく治療と生活費に使わせていただきます。



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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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