闇 339(人生初の衝撃居酒屋『楽』編)
闇 339(人生初の衝撃居酒屋『楽』編)
2025年09月15日(月) 06時35分06秒
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2025/09/15 mon
前回の章

二千十五年十一月二十六日、待望のチャイナデート。
仕事が終わり早番との引継ぎを済ませると、俺はとっとと店を飛び出した。
坂本へ二万円貸さなければならない約束が面倒だが、数日分の鬱憤を今日は中国人女へたっぷりとぶつけてやればいい。
一年前の今日はちょっとした記念日だった。
ヨーロピアン十姉妹のチッチが亡くなって、一人ぼっちだったマゲ。
可哀相だったので、錦華鳥のベニとナミダを飼い始め、今日でちょうど一年が経った。
部屋へ戻ると、五匹の雛たちに薄っすらだけど体毛が生えてきている。

巣壷の左側の二匹は、親であるマゲの遺伝子なのか早くもチョンマゲらしきものが見えた。
横浜に来て五回目の休み。
まず風呂へ入ってから睡眠を取った。
目を覚ますと昼過ぎ。
二時間も寝れなかったのか。
腹も減っているし、食事へ行こう。
マンションを出て自転車には乗らず、横須賀街道まで出てみる。
目に入るバス停。
バスという乗り物に何十年も乗っていなかったので、勇気を振り絞って乗ってみた。
行き先は横浜駅のようだ。
乗り込んで空いている座席へ座ろうとすると、バスの運転手が「お客さん、最初に精算してもらわないと」と注意される。
慌ててスイカを当ててお金を払う。
初めてなんだから、もっと優しく説明してくれればいいのにな。
横浜駅西口まで向かい、駅前をぶらつく。
PCショップへ入り、ハードディスク三ギガを購入。
自分へのご褒美として。
このまま帰るのも味気ないので、近辺をブラブラしているとお洒落な感じの店を発見。

瓦?
変な名前だけど中々良さげな店だ。
外に置いてあるメニューを眺める。

日替わり定食七百八十円からで、ご飯味噌汁お代わり自由、そして生卵やとろろなどのトッピングも無料……。
しかもランチタイム五時まで。
駅前でこんな料金設定でやっていけるのか?
店内は落ち着いた雰囲気で女性客の方が多いようだ。
俺は週替りランチのカワラ和定食、豚の角煮を注文。

味はなかなか美味しく、小鉢の品数豊富。
アイスコーヒーもつけて、これで九百八十円は安いなあ。
また横浜駅来たら、ここへ来よう。
帰りは根岸線で関内駅で途中下車。
伊勢佐木モール沿いにあるパチンコへ二軒行き、そこそこ負けた。
おかげ様でエヴァンゲリオン嫌いになりました。
トボトボと伊勢佐木モールをひたすら進む。
おそらく関内駅とは逆方向のモールの終わり辺りに喫茶店を見つけた。

喫茶店コーリン?
コリン星とか言っている小倉優子のファンなのか?
しかし外見はれっきとしたレトロ喫茶。
小倉優子の欠片も見えない。
コーヒーでも飲みに入ってみようかな。

店内はカウンター席七つに、テーブルが四席。
小倉優子のポスターも無ければサインも無い。
おそらくこの店のほうが彼女よりも歴史はありそうだから、小倉優子はこの店をモチーフにして「コリン星から来ました、ゆうこりんです」とか言い出したのだろう。
メニューを眺めてみる。
ビーフカレーにハヤシライス。
スパゲッティーは五種類もあった。
ナポリタン、ミートソース、ボンゴレ、和風キノコ、ツナクリーム。
ミートソース…、いや、俺はナポリタンもかなり好きなんだよな……。
口の周りをケチャップで真っ赤にするぐらいナポリタンを頬張りたい気分になった。

先ほどのパチンコの負けが尾を引く。
このまま帰るのも悔しいので、ナポリタンを胃に収めてから帰ろうじゃないか。
プラス百五十円で飲み物までついてくる。
待てよ…、ミートソースとナポリタン一緒にいっちゃうか?
いやいや、さっき瓦でランチ食べたばかりだろ。
ここはナポリタンのセットに決めた。
伊勢佐木モールの果てなので、人通りも少なく店内は三人ぐらいの常連客しかいない。
多分近所の暇を持て余した老人たちの憩いの場なのだろう。
どうでもいい事を考えていると、運ばれてきたナポリタン。
ウインナーとピーマンと玉ねぎの入ったグダグダ系のパスタ。
見た目は正直あまり美味しそうではない。
しかしナポリタンには罪がないので、チーズとタバスコを掛けてから一口食べてみる。

「ん! 旨い!」
思わず声が出た。
うまいという感じを使うとすれば『美味い』と『旨い』がある。
ここのナポリタンは旨いが本当に似合う。
今まで食べたナポリタンの中で、一番美味しいかも。
恐るべしコーリン……。

これで六百五十円。
しかもサラダもスープもついてだ。
セット料金の八百円を支払い、俺は満足してマンションへ戻る。
ここも是非またこようではないか。
横浜は先日の麦草といい、このコーリンといい、侮れないお店が本当に多い。
六時までまだ二時間以上あった。
マゲたちと戯れつつ、部屋で大人しく映画を観て時間を潰す。
顔も思い出せない美奈との約束の時間が近付く。
自転車でホテルへ行くのも格好悪いので、俺はタクシーを使い日ノ出町駅へ向かう。
タバコに火をつけ、空を見上げる。
俺から彼女を探す事は不可能なので、向こうから声を掛けてもらうしか方法はない。
二本目のタバコに火をつけて煙を吐き出すと、肩を叩かれ「久しぶりね。会いたかったよ」とカタコトの日本語で声を掛けられた。
身長百五十五センチで細身。
胸は無いが、ブスではない。
小奇麗にして入るが、地味で茶髪のセミロング。
特徴としては鼻が妙に低い。
おでこと鼻の高さが同じくらいしかないんじゃないのか。
「美奈かい? 時間中々作れなくてごめんね」
「凄い寂しかった」
「俺だってもちろんそうだよ。今日は無理して美奈の顔見たかったから時間作ったんだよ」
もの凄い嘘の連発。
目の前にいるのに俺は、彼女と過去に会って話した記憶すら思い出せないまま。
たまたま酔って入った中国人パブで隣りについただけの女なのだろう。
勝手に気に入られ、電話番号だけを交換していただけ。
しかしこれで彼女の気分が良くなるなら、俺は何だって言うさ。
食事のあとは、この女をホテルでやっつけるのだから……。
「食事どこ行く?」
「ここから近いから歩いて行こうか」
「私、そんな食べられないよ」
「うーん、じゃあフルコースでなく料理は俺が適当に美味しいものを注文するね」
野毛のフレンチ料理のワイズへ。
チーズにオードブルにステーキをオーダー。

料理長お薦めの赤ワインを飲みつつ、料理を待つ。
「お酒弱いからワインちょっとでいいよ」
調理の様子を美奈が眺めていたので、横顔を隠し撮りする。

本当に低い鼻。
額と高さが均一。

俺は小山ゆう原作『がんばれ元気』に出てくる幼馴染ののぼるを思い出した。
いやいや、変な想像をするなって。
このあとこの女を抱くんだぞ?
「お待たせしました、チーズの盛り合わせになります」

四種類のチーズ盛り合わせにバケットが添えてある。
「俺ね、ブルーチーズ駄目なの。美奈さ、お願いしていい?」
「あなた好き嫌い多いね」
「君の事はとても好きだよ」
オードブルが置かれる。

「美奈さ、この魚の刺身というかカルパッチョになるのかな? 俺ね、魚類駄目なの。これ全部食べてくれない?」
「あなた、本当に子供みたいね」
「うん、君と会いたいという気持ちはね、純粋な子供の心と同じなんだ」
そしてメインのステーキ。

本当にワイズの料理は群を抜いて別格で美味しい。
「どうだい、美奈。美味しいだろ?」
「うん、美味しい。中国こういう店無いよ」
「日本だってここまで美味しい料理出す店は、ここだけだよ」
横浜で一番お気に入りのお店フレンチワイズ。
これまで増山敦子を始め、坊主さん夫婦と息子の怜君。
一人でも来た事あるが、インターコンチの森田と大貫とも。
高校時代の恩師榊先生の長女由香ちゃんも連れて来た事がある。
そういえば本命を連れて来たのって、敦子ぐらいか。
その日で別れてしまったけど……。
エレベーターの中で美奈を抱き寄せキスをする。
胸を弄ろうとすると「あなた気早いね」と止められた。
頭の中はセックス一色だったが、二階からなのですぐ一階へ到着する。
福富町方面へ向かいながらどのホテルへ入ろうか思案していると、美奈が話し掛けてきた。
「これから私の店行くね。福富町にある」
「え?」
「もっと前言ってくれたら休み取れた。あなた急。私、これから仕事ね」
「えー!」
やる気満々で部屋でシアリスまで飲んで準備してきたのに、それは無いだろ、セニョリータ……。
いや、確かに俺がいきなり時間を作ったからと焦り過ぎたのだ。
次会う時思い切り抱けばいいか……。
こうしてワイズのあとは、美奈の働く中国人パブへ向かう。
「赤ワイン、ボトルで頼むね」
「……」
先ほどはワイズの料理長がセレクトしてくれた上質の赤ワインを酔うからと言ってほとんど飲まなかったくせに、何だこの女……。
俺を金づる扱いかよ、鼻が低いくせに。
次も何もここでコイツとは終わりにしよう。
変に長居しても金を取られるだけ。
誰か知り合いに電話掛けてみるか。
美奈がトイレへ行っている隙に、横浜の知り合いを探す。
高橋満治の携帯電話へワンコールして切る。
インターコンチ森田の携帯電話へワンコールして切る。
彼女が席へ戻ってきた。
あと十五分くらいで延長の時間になる。
それまでに誰か連絡下さい……。
祈るような気持ちでタバコに火をつけ、天井へ向けて煙を吐き出した。
携帯電話が鳴る。
高橋満治からの蜘蛛の糸。
「岩上さん、連絡ありましたけどどうしましたか?」
「あ、高橋さん! いつも急にすみません。今日仕事が何とか休みになりましてね……」
「あ、それなら一緒に飲みましょうよ。ちょっと私が用事あるので、あと二時間後になってしまいますが」
素晴らしい、本当にナイスタイミング。
二時間時間潰すようだが、とりあえずこの店から脱出するきっかけは掴めた。
「そうですね、横浜戻って来てからまだ高橋さんとお会いしてなかったですからね」
「今、メモできるものありますか?」
「ちょっと待ってて下さいね」
俺は美奈へ紙とペンを用意してもらうよう伝える。
真金町の住所を言うので控えた。
「あのー、お客様、そろそろ延長のお時間になりますが……」
店のボーイが近付いてきて、延長の確認をしてくる。
誰がこんな店、延長などするか、ボケ。
「あ、美奈ごめんね。大学の教授がこれから会おうって連絡来ちゃってさ。ちょっと顔出しに行かなきゃならないんだよ」
確か医大生を教える塾の講師だったような気がしたが、面倒なので大学教授と彼女へ説明した。
「えー、あなたずっと今日一緒に居られると思ったのに」
ふざけんじゃねえよ、ボトルでワインなんぞ入れやがって、このクソ女が。
「また時間取れたら必ず連絡するからさ。今日はちょっと大事な知り合いと仕事の用件で合わなくちゃならないんだよ。分かってくれ」
「じゃあ今度絶対ね」
「ああ、分かっているよ。店員さん、すみません。用事できたので帰ります」
「それでは会計三万七千円になります」
「……」
この鼻デコ女め、いくらのワイン入れやがったんだよ……。
浅はかな自分を呪う。
黙って会計を済ませ、店をあとにした。
あそこで俺の機転は、結果自分を助ける事になった。
あのまま美奈の店にいたら、十万円を超える会計になっていたはず。
西通りまで歩き、ラ・イマージュビルへ入る。
エレベーターで四階へ向かい、自分の店へ行く。
中口がドアを開けると、客数は四名ほど。
「中口さん、今日から遅番でしたね。明日からよろしくお願いしますね。何か問題はないですか?」
「特に大丈夫ですよ」
「坂本は来てますか?」
「キャッシャーにいますよ」
俺はキャッシャー室へ向かい、坂本へ二万円を手渡す。
「すみません、岩上さん。お休みのところを」
「ちゃんと返して下さいよ」
「分かってますって」
どこか店に入って時間を潰すのも金が掛かるので、そのまま二時間を店にいて会話した。
途中で美奈から着信が何回かあったので、面倒だったから着信拒否設定にする。
これであの女と会う事は今後無いだろう。
ちょうど日が変わり二十七日。
タクシーへ乗り、高橋満治の言った住所を伝える。
あれ、大通り公園じゃん。
洋食屋トゥルービルの前を通り過ぎ、少し進んでからタクシーは停まる。
ただの明かりの点いた民家しかない。
両隣にスナックこみちと美容室があるものの、この時間帯なので閉まっている。

「あれ、運転手さん…、この辺でお店ってないですか?」
「お客さんの言った住所だとここですよ」
仕方なくタクシーを降りる。
何だよ、間違った住所教えられたのかよ……。
近辺を歩くも明かりの消えた外国人料理の店くらいしかない。
とりあえず電話を掛けてみる事にした。
「高橋さん…、言われた住所へ来ましたけど、何も無いですよ? 住所間違えてませんか?」
「今どこにいるんですか?」
「横に引くタイプのドアがある民家の前ですよ。どこにも店なんて無いですが?」
「ああ、そのドアを開けて下さい」
「は?」
「そこに私いますから」
意味がまるで分からない。
目の前にある民家のドアを開ける?
こんな夜中に失礼じゃないのか?
高橋は知り合いの家で飲んでいるという事なのだろうか?
恐る恐るドアを横に引く。
「あー、岩上さん! お久しぶりです」
店内はちょっとした飲み屋風の造りになっていた。
五名ほどの小汚いオヤジ連中が楽しそうに酒を飲んでいる。
その中に混じり、高橋満治が手を振っていた。

相変わらずサモハンキンポーそっくりだ。

ビール瓶ケースを逆さに置きその上に座布団を乗せた簡易な椅子と、市営プールの監視員が腰掛けるような背もたれ付きの椅子が並ぶ。

テーブルはケースを並べた上にベニヤ板を乗せただけの簡易なもの。
「……」
「岩上さん、座って飲みましょうよ」
妙にテンションの高い高橋に促され、ビール瓶ケースの椅子へ腰掛けた。
居酒屋でいいのかな…、その認識で……。
店内を見回すと壁に大きな黒板があり、チョークでメニューが書かれている。
唐揚げが三百円?
ジャーマンポテトが二百円?
コロッケ二つで百五十円?
ナポリタンが二百円?
え、何なの、このお店……。
横浜に来て…、いや、飲食店でここまで衝撃を受けたのはこれが生まれて初めてだった。

オムライス三百円……。
さんま塩焼き三百円……。
ペペロンチーノ二百円……。
値段設定ちょっとおかしいでしょ?
おかしいというか、変だよ、変……。
ドリンクメニューも異様に安い。
気になったのはコーヒー豆乳割り二百五十円。
コーヒー割りでなく、コーヒー豆乳?
聞いた事ないぞ?
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