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闇 356(桜のつぼみと雅編)

闇 356(桜のつぼみと雅編)

2025年09月27日(土) 07時33分07秒

テーマ:

闇シリーズ

桜のつぼみと雅編

2025/09/27 sta

前回の章


仕事が終わり部屋へ戻る。

いつものようにマゲたちの世話を焼くが、最近自分の胃袋を満たす事ばかり優先してこの子たちとまるで遊んでいない。
俺が幼少期遊び惚けていた親父と変わらないじゃないか……。

鳥籠に手を入れて、逃げ回るマゲマロと捕まえる。
セブンスターボックスの上にマゲマロを置き、撮影。

うん、とても可愛い!
その辺のアイドルなんて目じゃないぜ、マゲマロ。

でも未だ雄か雌すら分からないんだよな……。

父親のマゲの遺伝子を一番受け継いだ子。

ゲームセンターのUFOキャッチャーで小さな可愛いひよこのぬいぐるみをポケットから取り出す。

「はい、マゲマロちゃん。ひよこと一緒に撮影するから動いちゃ駄目だよ」

次は父親も撮影するか。
ぬくぬくと我が子たちに囲まれているマゲを捕まえようと手を伸ばす。
必死に逃げるマゲ。

「ほら、マゲマロとの比較の写真撮りたいんだよ! 逃げるな、マゲ」

何とか捕まえ、セブンスターの上にひよこを置き、すぐ傍にマゲを設置。

「はい、マゲちゃんチーズ」

写真を撮るのに成功。

今回のテーマはセブンスターとマゲマロ。
そしてチビひよことマゲマロにマゲ。

「しょうがない。今日のおまえたちの報酬だ、受け取りたまえ」

四本入り五百円もする粟の穂を三本取り出して、マゲたちの鳥籠へ入れる。
それまで巣壷でぬくぬくしていたくせに、一斉に奪い合いが始まった。
可愛そうなので隣りのベニとナミダの鳥籠にも一本入れてあげる。

「おまえら、マゲマロに食わせてもらってんだから、少しは感謝しろよな」

「ナァ、ナァ」
ナミダだけ反応を返す。

朝っぱらから小鳥たちと戯れてから仕事の準備を済ませる。
さて、今日もイワカミ工業の為頑張って行ってくるか。

早いもので三月もあと一週間でおしまい。
イワカミ工業設立から二ヶ月が経とうとしていた。

仕事帰り、腹が減っていたので何か食べてから帰ろうと横浜駅地下一階をうろつく。
マゲたちがあんな贅沢をしているのだ。
飼い主がちょっとくらい贅沢しても罰など当たるまい。

理想はデザート王国だが、あそこは女子率が多過ぎる。
周りの白い目を気にしながらの食事なんてもう嫌だ。
「あ、まだあのオヤジ一人でモリモリ食べに来たよ」なんて若い女から噂されたら、絶対立ち直れない。

ブルーライン乗り場手前にあるクイーンズパティオで、ローストビーフ屋を発見した。

ローストビーフ星?
変な名前だ。

しかし写真がとても美味しそうなので、この店に決める。

注文はもちろんローストビーフ丼。

これ作るのって温度調整との勝負で面倒だから、人が作ったものを食べるのが正しい姿である。
ローストビーフを胃袋へ収め、幸せを堪能した。

翌日二十四日の朝、またしても電車が止まり川崎駅へ迎えに来る志村へ迷惑を掛ける形になる。
駅員に聞くとたった今人身事故があったらしい。

駅構内は人でごった返し。
志村との待ち合わせ時刻がどんどん過ぎていく。

あとでタクシーで行くから済むような場所に職場は無い。
仕方なく電話をして状況を説明した。

「あとどのぐらい掛かるんすか?」
明らかに不機嫌さを隠そうとしない志村。

「人身事故なので、何とも言えないんですよね……」
「だいたいどれぐらい時間掛かるんすか? それぐらい言って下さいよ!」

「いや、駅の都合や処理にもよると思うんで……」
「岩上さん! いい年してんだからさー。そのぐらいすぐ答えてよ!」

「すみません……」

もの凄い屈辱感。
何で飛び込み自殺した馬鹿のせいで、俺が二十代半ばのガキにこんな説教されなきゃいけないんだ。
それでも自分のせいではないが非礼を詫びる。

彼が送り迎えをしてくれなきゃ、イワカミ工業が成り立たない図式。
その為なら十六歳年下相手でも謝る時は頭を下げる。
それが高橋俊の顔を立てる事にもなり、自身の生活の基盤を守る事にもなるのだ。

あとでフェイスブックに怒りの記事を投稿した。
心から思う本音をそのまま書く。

自殺するのは勝手だけどさ……。

これだけ以上の人間がみんな迷惑するんだ。
死ぬなら死ぬで、もっと考えて死ねよ。

この朝のラッシュの時間帯を選んでの飛び込み自殺。
人として最低だと思う。
本当に電車へ飛び込んで死ぬなんて最低の死に方だ。

自分が絶望し人生の終わりだからなんて悲観的なのだろうが、みんなは辛かろうが踏ん張って生きて通勤するのだよ。
もう死んでいくから周りにも迷惑を掛けてやる。
そこまで考えた上の行動かどうかは分からない。

そんな事どうでもいいから山奥行って誰もいないところで首を吊って死んでくれ。
死ぬ時まで人様に迷惑を掛けるなよ。


一回り以上年下の職人から小言を言われ続けながら、土曜日を迎える。

どうも志村は俺が逆らえる条件にないという事を把握して、ここ最近どうでもいい事でネチネチどうでもいい事を偉そうに抜かしてくる始末。
仕事中でも「おい、岩上!」と大声で呼び捨てをするようになった。

年配の職人が俺を気遣い、志村へ「年上相手にあんま偉そうにするな」と注意をするほどだ。
周りが気遣ってくれるからこそ、まだ救われた気になる。

しかし行き帰りは彼の送り迎えで二人きり。

「岩上は力あんの分かるけどさー、もうちょっと頭使ったら?」

「……」
「何怒ってんの?」

「いえ…、怒っちゃいないですよ」

プライベートで何の関係も無かったら、よく動くその顎へ思い切り拳をお見舞いして粉砕してやりたい気分だった。

どうも人身事故で時間を待たせてから、俺に対する態度が変わった志村。
感謝もあるが、憎悪も生まれている。

吉田塗装の車、そして経費もすべて会社持ちではあるが、こうして毎日現場までの送り迎えをしているのは彼なので、逆らうという事はイワカミ工業の終焉を意味した。

これまで年下の人間からここまで横柄にされた事があったか?
四十四年の歴史を振り返っても、新宿歌舞伎町のクソヤクザ秋田ぐらいだ。

不思議でしょうがなかった。
俺を小馬鹿にするのはいいが、相手が本気で怒った場合を想定できないのだろうか?

もうやめろって、そんな風に考えたらキリがない。
素人相手にこれまで鍛えてきた力を使うのか?
そんな事をしてジャンボ鶴田師匠は喜ぶのか?

全日本プロレスにいたという誇りを汚すなよ。
プライドなんて持たなくていい。
このような現状になっているのはすべて自分の責任。

はいはいと何を言われても笑顔で答えていれば、それ以上の理不尽さなど無いのだから。
多分一度目の収入が入り、心のどこかに余裕ができたからこんな風に考えてしまうのだ。

あの底辺だった頃を思い出せ。
新宿のクソヤクザから摂取されたいた頃より全然マシじゃねえか。

インカジで何百万も自分の金で補填し失った頃に比べれば、こんな事屁でもないだろ?

「じゃあまた月曜日に」

川崎駅手前で降ろされ彼の車が見えなくなると、電信柱へ思い切り拳を叩き込んだ。
当然割れて血だらけになる右拳。

うん、この痛みを忘れるな。
志村に対してではない。
自身の愚かさを忘れない為に。

この休みの間に早く切り替えないといけないな。

川崎から横浜へ着くと、たまには気分を変えて日ノ出町駅で降りてみる。
長者橋を渡りながら川沿いの桜を見るが、まだまったく咲いていない。

しかし例年行われる大岡川桜まつりの準備はすでに始まっていた。
そういえばもうそんな時期だったよな。
様々な近辺の店が川沿いにテントを立て、椅子やテーブルを並べている。

一年前俺はここでエイトセンターのスナックの変な女と知り合い、初めてインターコンチ最上階のカリュウへ連れて行った苦い思い出。
いくら酔っていたとはいえ、あれは完全な自分のミスである。

花束まで用意して臨んだカリュウ初デートは散々な結果だった。

橋から川の写真を撮る。
あれ、白黒になっていないか?

まあいいか、川のほとりを歩きながら二年前を思い出す。

あの時もそうだ。
まだインターコンチへ行く前であるが、高橋満治とここで飲んでいる最中出会ったスナックあいだのママ。
一緒に連れていためぐみは美人だったが、あのママは本当にとんでもないババアだった。

あの店で増山敦子を紹介してくれたまでは良かった。
しかしそのあとの本性がどうしょうもない曲者である。

高橋満治と初めてプライベートで飲みに行ったあの慌ただしかった日。
あの日で俺の横浜近辺の世界は広がりはしたが、皮肉な事に散々をする序章にもなってしまったのだ。

未だ思い出すあの頃の鮮明な記憶。

気分転換に一日休みを取る事にした。
先日レシエンで知り合った医大専門の講師である高橋満治から、何度か連絡をもらっていたのでちょうどいい。
何の予定も入っていないので、俺は高橋満治へ連絡をしてみる。
日ノ出町駅の大岡川で夕方に待ち合わせ。
彼は様々な店を知っていて、色々と俺に紹介したいようだった。
結果これまで料理をしていたが、いかに自身の作ってきたものの程度が低いものだなと思い知らされた。
一軒目に紹介を受けた野毛にある和食料理の『ぽあろ』からビックリする。
高級料亭でないと中々出ない八角の刺身。
新鮮な魚を出すのが得意な店のようだ。
続いて鹿肉の刺身。
こういうのをジビエ料理と言うんだったっけ?
見た目若干火を通してあるようで、叩きに近い。
何度もこして作ったというチーズ豆腐。
濃厚な味わい。
ホッケのフライわさびソースなど驚くものばかり出てくる。
大事な人できたら、ぜひ一緒に連れて行きたいなあと思える店だ。
「岩上さん、ここの店主は水木さんといって、北海道から横浜へ出てきてオーブンしたばかりなんですよ。私はこの店を応援しているので、岩上さんもよろしくお願いします」
高橋がトイレへ行っている間、俺が会計を済ませる。
新鮮でいいものを出しているだけあり、値段も一万円を超えた。
「水木さん、お会計を……」
「こちらの岩上さんがすでに済ませていますよ」
納得いなかい表情の高橋は金を出そうとしたが、いい店を教えてもらったお礼だと丁重に断る。
「分かりました。ここはご馳走になっておきます。次は私が出しますからね」
二軒目は川を渡った先にあるバー。
「ここのコールドチキンが最高なんですよ」
高橋は絶賛していたが、正直そこまでかと思う。
ただ場の空気を読んで合わせておく。
「岩上さん、次行きますよ」
「え、もうですか?」
高橋満治の飲み方は少々異質だった。
始めのぽあろだけゆっくりしていたが、次に行く店はだいたい一、二杯飲むと会計し、また別の店へ向かうのだ。
この辺ではかなり顔が広いようで、各店で様々な人たちが「先生」と高橋を慕う。
五軒六軒と河岸を変える内に、取り巻きのような人間が徐々に増えていく。
切符のいい高橋は付いてくる人たちの分までまとめて会計をする。
たかが一、二杯だがそれを五人六人分となると、そこそこいい金額になってしまう。
こっちまでご馳走になりっ放しも嫌なので、俺も次の店は全額払うが、高橋以外の人間たちの分まで金を出すのは複雑な心境だった。
「岩上さん、私とタクシー一台ずつ乗ってワンメーターくらいの距離なんで次行きますか」
この時で連れ歩く人数は八人に膨れ上がっている。
俺は名前すら知らない人たちとタクシーに乗り、高橋の乗るタクシーのあとを追う。
「ねえ、今何歳なの?」
隣りに座る男が声を掛けてきた。
「四十二歳です」
「何だ、年下か。あ、俺三つ上だからさ」
車は大通り公園に停まる。
横浜橋通商店街の近くだった。
降りる際、俺以外に三人乗っているのに誰一人タクシー代を払おうとする奴はいない。
偉そうな口を利いておきながら、タクシー代すら持っていないのかよ……。
仕方なくタクシー代を払い、車から降りた。
「岩上さん、この階段を上がったところです」
外の看板を見ると『アポロ』と書いてある。
店内は昭和の香りが漂うオールディーズなバー。
白髪頭の老人がバーテンダーをしている。
「あーはーはー」としわがれた甲高い声の笑い方が特徴的だ。
入口のすぐ傍にジュークボックスが置いてあるのが目に入った。
何だか懐かしいなあ。
キャバクラとかでくだらない金の使い方をするくらいなら、こうして色々な店へ行ってみるのもいいかもしれない。
「ここのバーテンダーのチャンさんは七十歳なんですよ」
「え、凄いですねー」
「チャンさん、こちらあのジャンボ鶴田のお弟子さんの岩上さんと言います」
行く店行く店で俺をそう紹介する高橋。
「高橋さん、そんな大層な者じゃないですから」
「ほら、岩上さんの存在はみんなを幸せにしてますよ」
格闘技界で俺など無名に等しい。
見合うような活躍一つできていないのだ。
アポロを出ると伊勢佐木長者町駅方面へ向かう。
こじんまりとしたバー『ボロチャリ』を紹介され、あれだけいた取り巻きもいなくなり、続いて福富町へ方面へ歩く。
ここまでで何軒の店を回ったのかすら数を覚えていない。
本当忙しない飲み方だな……。
まあ俺に対し良かれと思ったの行動なのだ。
福富町中通りにあるエイトセンタービルへ到着。
ビル内へ入って感じたのが、新宿のゴールデン街がそのまま一つのビルに収まったようなイメージがある。
今度時間ある時どんな店があるのかゆっくり探索してみたい場所だ。
三階建てくらいの古いビルだが、地下もあるようで高橋は階段で二階へ上がった。
『アンチポップ』と書かれたバーへ入る。
カウンター五席しかない狭い店内。
帽子を被ったマスターの他に太った客が一人だけいた。
「おー、高橋さん、いらっしゃいませー!」
「源さん、こちらジャンボ鶴田のお弟子さんの岩上さんをお連れしましたよ」
源と呼ばれたマスターは、俺より三つ年下だった。
隣りに座る客とも話が弾む。
太ったメガネを掛けた客は石川といい、彼も俺より三つ年下。
気さくなマスターとの会話で場は大いに盛り上がる。
「岩上さん、グレンリベットが好きなんですね? 今度入れておきますよ」
会計を済ませ、外へ出る。
時刻は夜中の三時を回っていた。
十軒以上行ったんじゃないのか?
その中で印象に残ったのがぽあろ、アポロ、アンチポップだった。
「岩上さん、最後にもう一軒だけ行きましょう」
高橋に促され大岡川を渡って再び野毛へ。
「こんな時間にまだ営業している店あるんですか?」
「ええ、阿武茶というお店がこのぐらいの時間帯からオープンするんですよ」
「あぶちゃ? 変な名前の店ですね。しかもこんな真夜中からオープンす
るんですか?」
真夜中に営業開始する居酒屋『阿武茶』へ到着。
ごく普通の居酒屋だが、カレーライスがメニューにあるのが嬉しい。
本音を言えばもう少し腰を落ち着けて飲みたかったが、今日一日だけでこれだけの飲み屋を回ったのだ。
中々貴重な体験だった。
睡眠を取ってからヨーロピアン十姉妹のチッチの様子を伺う。
時折出る独特な囀り声。
俺はデジタルカメラを構え、チッチの可愛い囀り声の撮影に成功した。
それにしてもこの子一匹だけじゃ、淋しいだろうし何だか可哀想だよな……。
近々ペットショップへ行ってみよう。
ちょっと最近無駄な金の使い道が増えてきた。
もうちょっとストイックにならないといけない。
基本的に仕事と食事以外は、部屋へなるべくいるようにしないと。

あの時何軒飲み歩いた?

しかもクソ生意気な水木の『ぽあろ』。
そして俺の金を汚いと抜かしたゲンの『アンチポップ』。

考えてみると高橋満治の連れて行った店からの始まりなのだ。

肝心のスナックあいだがまだだったか。
あれは大岡川桜まつりの時。

そういえば花見なんてした事がなかった俺。
帰り道なので、仕事終わったら大岡川のほうへ行ってみようかな。
店を閉めて大岡川へ向かう。
橋から見える川沿いの桜は満開になっている。
川沿いへ曲がり進むとテントが見えてくる。
これが平田の言っていた飲めるところか。
何だか横浜って凄いなあと感心した。
「あれ、岩上さんじゃないですか」
声を掛けられ振り向くと、高橋満治が一人で椅子に座り昼間から飲んでいた。
「ああ、高橋さん。ちょうど仕事帰りだったので花見に寄ってみたんですよ」
「それはお疲れ様でした。一杯飲んで行きましょうよ」
高橋の勧めで席に座り、酒を注文する。
人生生まれて初めての花見。
決して奇麗とはいえない緑色の川を眺めつつ、グラスを口元へ持って行く。
「高橋さん、この川って海に繋がっているんですよね?」
「そうですね」
「どのくらいの濃度で海水が混ざっているんですかね?」
俺の素朴な問いに対し、高橋は「そんな事言われたの岩上さんだけですよ」と笑いながら酒を飲む。
日ノ出町駅の長者橋から先にある黄金町の橋までずらっと一面に咲き乱れる大岡川の桜。
テントの先には様々な屋台が見える。
「また時間作って飲みに行きましょうよ、岩上さん」
「それが休みを中々取れないんですよ。もし休みが決まったら連絡しますね」
高橋満治と酒を飲みながら絶好の花見場所で酒を飲んでいると、背後から声を掛けられる。
「おー、あいだのママじゃないですか」
ダウンタウンのコントで料理教室の四万十川料理学校のキャシー塚本に扮する松本に似た感じの中年女性が立っていた。
「岩上さん、こちらは『スナックあいだ』をしているママなんですよ」
「そうなんですね。今度高橋さんと一緒に伺わせて頂きますね」
「あーら、お待ちしてますわ。この子もたまにいますから」
ママの横にいた子に視線が向く。
「めぐみです。よろしくお願いします」
年齢は二十代後半から三十代後半だろうか。
一見地味に見えるが奇麗な顔立ちをしていて好みだった。「良かったら連絡先交換しましょうよ」
本音をいえばめぐみと交換したかったが、とりあえずママとも仲良くなっておいたほうが後々いいだろう。
彼女らが去ると、酒をお代わりしながら桜を眺めた。
「今度、岩上さんにとっておきのお店を紹介しますよ」
「とっておき?」
「ええ、ニューグランドホテルの総料理長をしていて、定年してから道楽でフレンチ料理をしている店があるんですよ。野毛にあるんですけどね」
「へえ、それは楽しみですね」
この高橋満治のお陰で確かにこの周辺の世界が広がった。

期間は短いにしろ、因縁のあるスナックあいだ。

高橋満治紹介で感謝したのは三つの店だけ。

ジュークボックスのある『アポロ』。
野毛の素晴らしいレストランのフレンチ『ワイズ』。
そして激安居酒屋の『楽』。

あとはどうでもいいような店ばかり。
あの時ああいった金の無駄遣いが、今の俺の苦悩を招いている。

本当に金の遣い方だけは最新の注意を払わないといけない。
人間は考える葦であり、失敗したら同じ過ちを繰り返さないよう成長しなくては駄目だ。

できれば一回り以上年下の人間などから二度と舐められたくない。
ならば俺はまだまだ成長しなければいけないのである。

「あれ、岩上さんじゃないですか」

声を掛けられ振り向くと高橋満治が座って酒を飲んでいた。
激安居酒屋の楽であった以来か?

「どうしたんですか、一人で」
「いや、仕事帰り通り掛かっただけなんですよ」

「あ、紹介しますね。こちら私の大学時代の仲間の村田さんです」
「あ、はじめまして、岩上と申します」

「せっかくなんで一杯飲んで行きましょうよ」

これは用心して飲まないと洒落にならないな。
まあこうして出会ってしまったのも、巡り合わせなの合わせなのだろう。

まだ桜全然咲いてない中、こうして俺は彼らに捕まり、大岡川の桜まつりで飲み始めた。


花見というタイミングではないので、人の数はまだまばら。
俺は高橋らの座るテーブル席へ腰掛ける

「岩上さん何飲まれます?」
「仕事明けなので、ほんと軽くしか付き合えませんからね」

絶対長丁場になるのは過去の傾向から嫌になるほど分かっていた。
とりあえずけん制気味に先に一言伝えておく。

俺は小腹が減っていたので屋台のメニューを眺めてみる。

酒はほとんど五百円均一。
食べ物のメニューもこんな場所でよくここまで揃えたものだ。

みな千円以下の価格で、ちょこちょこつまむには程よい品が多い。
スコッチ系のウイスキーのロックに、お茶割りを注文。

「岩上さん良かったらこれも摘まんで下さいね」

テーブルの上には彼が頼んだジャークチキンだろうか?
せっかくなので一つ頂く。

俺が飲み終わると「岩上さん、あっちの屋台に美味しいつまみあるんですよ」と高橋が村田を連れて移動する。

ここで以前彼と飲み歩いた時の癖を思い出す。
高橋満治は何軒も忙しなく飲み歩くのが本当に好きなのだ。

だいたい一つの店で一、二杯飲むと河岸を変える。
大岡川沿いのテントだけで、もう三軒目。

「高橋さん、自分そろそろ仕事明けなので帰りますね」
「あー、待って下さい。一軒、一軒だけ岩上さんに紹介したい店があるんでせっかくだから行きましょうよ」

こうして帰るに帰れず四軒目は都橋商店街の交番の道を挟んだ向かいの店へ連れて行かれた。
アイリッシュパブのスナッグ。

本当にこの辺りの横浜の店をこれでもかというぐらい知っているものだ。

俺は二階の窓からの景色の写真を撮ってみた。

「ここのこのチキンが最高なんですよ」

上機嫌の高橋。
帰ろうとしても捕まり、五軒、六軒目と飲みは続く。

七軒目の店へ行こうと大岡川沿いを歩いていると、背後から声を掛けられた。

「あれ、お兄さんじゃない? 偶然ね!」
ヤクザ女の雅が女性二人連れで歩いていた。

「あ、雅さん。どうしたんですか」
「一緒に飲もうよー」

「いやいや、俺は仕事帰りでそろそろ帰ろうかと……」
「だーめ! 帰さないからね」

ガッチリと雅に腕を組まれちょっと嬉しい俺。

「よし、じゃあみんなで飲みに行きましょう!」

高橋満治が音頭を取り、七軒目へ突入。
福富町の橋の近くにある酒の種類が豊富なバーのクライスラー。

「あ、岩ちゃん、紹介するね。私の先輩の唯ちゃん」
「初めまして、岩上です」

「今ね、唯ちゃん家に転がり込んでいるんだ、私」
「へえ、そうなんですね」

色々な場所にとにかくボトルが置いてあるクライスラー。
中々ここまでの種類を揃えるのは難しいぞ。
珍しい酒を眺めているだけでも面白い。

「ねえ、岩ちゃんさー、ご飯ご飯っていつ連れてってくれるのよ?」

妙に絡んでくる雅。
二ヶ月近く真面目に頑張ってきたのだ。

明日の休みは雅と食事へ行く時間ぐらい作っても、問題ないだろう。

「じゃあさ、明日…、黄金町駅のほうになるんだけど、雅さんホテルのビュッフェなんてどう?」
「え、そこ美味しいの?」

「いや、美味しそうだなと思ってこの間初めて行ったら貸し切りだった」
「そこ行ってみようよ」

もう百合からの連絡は無いよな……。

「うん、じゃあ明日のお昼に連絡します」

こうしてヤクザ女の雅と日曜日はランチデートが決まる。

ひょっとして俺、この女を抱けるんじゃね?
ちょっとした下心。
放置しておくとどんどん大きくなっていく。

「ねえ、雅さん。ここ出たら、知り合いのバー顔出さない?」
「唯ちゃんは?」

「高橋さんたちと彼女盛り上がっているし」
「じゃ、二人で抜けちゃおうか」

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