闇 471(新宿川越博多横浜すぺいん風編)
闇 471(新宿川越博多横浜すぺいん風編)

2026/02/03 tue
前回の章
二千十九年九月二十二日、日曜日先勝。
仕事明け、山ゴネスが「最近冷たいすよー」と後ろから声を掛けてくる。
お土産を二つもあげているのに何が冷たいんだか。
さっさと西武新宿駅へ向かうと、まだしつこく飲みに誘ってきた。
まあ九州から帰ってきて一度も付き合っていない。
休みなので仕方なく一軒だけと前置きをして、一軒め酒場へ入る。
酒や串カツを注文し乾杯。

「ここの次どこ行きますか?」
また人の金を当てにして懲りずに誘ってくる山下。
九州での疲れがまだ残っていたのかもしれない。
普段なら笑って流せるところが妙にイライラしてくる。
コイツ、俺の一つ下なんだぞ?
こんな精神で大丈夫なのか?
冷静になって考えてみると、毎度毎度何故俺がいつも奢らなくてはならないのかに気付き、山下を怒鳴りつけた。
「おまえさ…、いい年こいて、当たり前に驕ってもらう気でいるんじゃねえよ! 四十七歳だろ?」
「いや、違うんですよ」
「違くない! これはおまえの人生の今後を思って怒っているんだ」
「二十代…、まあよくて三十代までだよな。山下のような甘い感覚で生きていけるのは」
「いや、別に甘い訳じゃ……」
「じゃあ、ここの料金はおまえがたまには払え。そのあと二軒目もおまえの奢りで行くぞ」
「そんな金無いすよ」
「何でだ? 給料の違いはあるにせよ、俺とおまえ、そこまで十万の違いもないぞ? 俺が金出すのはよくて、自分は駄目なのか? おまえが当たり前のようにいつも言っている事だろ?」
「……」
暗い表情になり無言になる山ゴネス。
少し言い過ぎたか?
いや、この馬鹿にはこのぐらい言わないと分からない。
それでもラッキーハウスの業務に影響があるのは避けたいので、テーブルの上にある伝票を取ってレジへ向かう。
会計をしながら俺も相変わらず甘ちゃんだなと反省しながら店を出た。
本当にあの馬鹿は困った奴だ。
まあさっきので少しは懲りてくれるといいが……。
いやいや、馬鹿は死ななきゃ治らない。
馬鹿は死んでも治らないとも言うじゃないか。
全然言い過ぎではないだろう。
しかも俺が結局奢っているし。
本川越駅に到着すると、あいつはまるで野良猫みたいなものだと結論付ける。
ん、そういえば埼玉りそな銀行の駐車場にいた野良猫ニャーニャーたちって、どこ行ってしまったんだろうな。
いないとは思うが寄ってみるか。
「……」
やはりいないよな。
そのまま歩きクレアモールへ入る。
突き当たり右手にある湯旅ビル。
その右手に猫の看板が視界に映った。
保護猫カフェ?
俺は近付き看板を眺める。
ひょっとしたらあの野良猫たち、ここにいるんじゃないのか?
階段を上ろうとして外へ戻る。

ここで保護されているなら、チャオチュールでもお土産に持っていくか。
一旦コンビニエンスストアまで行き、餌を購入。

再び戻り、店内料金などを確認した。
三十分だと六百円、一時間で千円。
どっちにするか?
まあ中にいる猫を全部見るのに三十分も掛からないよな。
二階まで上がり、ドアを開けて三階へ向かうのか。
昔はこの階に喫茶店『旅』があったんだけどな。
中々レトロな店で俺は好きだったけど、何で閉店してしまったんだろうな。
三階へ行き受付で料金を支払う。
ドアを開けるとニャーニャーたちが固まっているいる。
あの子たちはここにいるのかな?

俺は似たような柄の猫を探す。
あの子たちもきっと俺を覚えているはずだ。
この中にいたら、怒ってから一匹に一本ずつチャオチュールをあげよう。
雑種だから色合いで見つけるしかない。
ん、この子は?
似ているけど違う。
それでも俺の足元へすり寄って来たのでチャオチュールをあげた。

次第に集まってくる猫。
見たから来ているのか、匂いからかは分からない。
いきなり店内人気ナンバーワンになってしまった俺。
苦しゅうない、もっと近付きたまえ。
「何やってんですか!」
「え?」
メガネを掛けた女性店員が鬼の形相で背後に立っていた。
「店内に勝手に餌を持ち込まれちゃ困ります!」
「いや…、知らなかったものでして…。ごめんなさい。あ! そういえば埼玉りそな銀行の駐車場に野良猫が五匹か六匹ぐらいいたんですが、ここで保護されていたりしますか?」
「うーん、それは分からないですねー。それよりも餌を出して下さい。没収しますから」
「えー!」
「えーじゃありません! 早くチャオチュールあげるの止めて下さい!」
「……」
この女、きっと俺が人気出たからヤキモチを焼いているのだろう。
何て了見の狭い女だ。
きっと嫁の貰い手など無さそうだ。
こうでも無理くり頭の中で理屈付けしないとイライラしてくる。
俺は封を開けたチャオチュールをわざと時間掛けて手渡しつつ、残りをポケットへしまう。
買ったばかりのものをそう簡単に全部没収されて堪るかよ。
俺が帰ったら、それで自分が人気者になろうという魂胆が見え見えだ。
「これだけですか?」
「そんなの当たり前じゃないですか。何で好き好んでチャオチュール何本も持ち歩かなきゃいけないんですか」
俺が笑いながら言うと、返事もせずにメガネブスは去っていく。
何て性格の悪い女だろうか。
ふん、あんなクソアマに俺のチャオチュールを全部奪われるなんて冗談じゃない。
向こうは店側の人間。
言っている事は正論かもしれないが、口調が荒いんだよ、客に向かって……。
まあ取られたものは仕方ない。
まるで魔界村の勇者アーサーが一度攻撃を喰らって取れた鎧のようなダメージだ。
いや、どちらかというと剣を失ったようなものか。
お陰でさっきまで俺にすり寄ってきた猫たちは所定の位置へ戻り、呑気に眠っている。

毛並みの似た猫に近付くと、チャオチュールを持っていないおまえには用などないといった感じの目つきをむけられた。
こんな生意気な猫には、絶対にチャオチュールなどやる気は毛頭も無い。

それにしても本当に猫たちは群れて一緒にいるのが好きな生き物だ。
途中に募金箱を発見。
『野良猫の不妊・去勢手術のご協力お願い致します』
あのメガネブスが書いたのか?
汚い文字だ。
募金するのは癪に障るが、それでもこの子たちの為に五百円玉を入れておくか。

三階から見える窓の外。
向かいの建物の看板に思わず足を止める。
『博多劇場』?
一週間前に行ったばかりの場所なので、窓から眺めてみた。
博多串焼きにおでん、もつ鍋に鉄鍋餃子。
何か餃子が食べたくなってきたなあ……。

一匹だけ人懐っこい三毛猫がすり寄り指を出すと甘噛みしてくる。

何て可愛いんだ。
よし、この子にはチャオチュールをプレゼントしちゃおう。
ポケットにあるものから一本だけ取り出す。
「あー! またあげてんですね! 何でまだ持ってんですか!」
「あ……」
「あじゃありません! 早くそれをこっちに渡して下さい!」
「はい……、あれ?」
中々チャオチュールを離そうとしない猫。
俺は頭を撫でようとすると手を引っ掛かれ、血が滲む。
何て酷いところなんだ、セニョリータ。
客なのに店員に二度も怒られ、猫には引っ掛かれ……。
渋々開封したばかりのチャオチュールを渡す。
「まだお客さん持っているんでしょ? 全部出して下さい!」
この女何て酷い恐喝をするのだ?
俺、金払ってここにいる客であり、善意で猫へあげただけ。
しかも募金だってさっき五百円した良客だ。
そう考えると少しは気が楽に…、なる訳ねえだろ。
「やだね!」
「お客さん!」
俺は今反抗期の子供だ。
今はそれでいい。
だって客だもん。
「もう帰るよ!」
「じゃあすぐ退出して下さい」
まだ十五分ぐらいしかいないだろ。
そんな強制退去させるなら、半分の三百円返しやがれ。
靴を履き、すぐドアの前まで来ると、まだメガネは睨んでいる。
接客態度がなっていない女だな……。
「早く出て下さい!」
「うっせーな、このメガネブス!」
それだけ言うと俺はダッシュで駆け降りた。
頭を叩かれたら洒落にならない。
外まで出て追手がいないのを確認すると、俺はフェイスブックへ野良猫カフェの写真をつけて投稿する。
さすがに色々な人が見ているからな……。
休みなので猫カフェ来ましたよ。
チャオチュールすぐ見つかった。
これだけの短い文字だけにした。
おまえ、本当に作家かよとか思われそうだな……。
そしたらふん、こう見えて処女作でいきなり文学賞を取って本になった作家だよ」と、言い返す準備だけはしておこう。
このまま帰るには気分が悪過ぎる。
俺は先ほど気になった博多劇場の看板を眺めた。
いつの間にこんな店できたんだろ?
最近だよな?

いや、俺が九州へ行ったばかりだから、気になっただけかもしれない。
鉄鍋餃子二百九十円。
看板に出ている子も可愛いし、ちょっと寄っていくか。
上の看板にデカデカ出ていたメニューをそのまま頼もう。
まずは酒を注文。
そのあとでもつ鍋、餃子、串焼き、おでんは大根とちくわぶを頼んだ。

もつ鍋はやはりキャベツ。
博多の鍋とはこれが基本スタイルなのか。
白菜も可とかにすればいいのに。

鉄鍋餃子は出てきた時感動を覚えた。
九州で食べた餃子よりも、こっちのほうが美味そうだ。
柚子胡椒までオプションでついてくるのがポイント高い。
実際に食べてみると、想像通り美味しかった。
またこの店通っちゃおうかな。

博多鳥皮串。
元々皮は好きだからな。
まあこれは及第点。
「すみませーん、お酒のお代わりとトマトスライスも下さい」

大根とちくわぶのおでん。
俺はこの二つしかおでんでは食べる具材がなかった。
このちくわぶって確か大阪だと無いんだったっけ?
中々満足できた。
料金も安いしいい店を発見したものだ。
せっかくの休みだし、飯野君でも誘って夜は食事でも行くか。
彼に連絡をすると、夜ならちょうど予定が空いているようなので会う約束をする。
「飯野君どこか行きたいお店ってある?」
「そうですね…、前に行ったすぺいん亭なんてどうでしょう?」
「ラーメン三番のいる店ね。いいよ、じゃあそこで何時頃現地集合にする?」
「七時くらいでも大丈夫?」
「もちろん。俺も仕事明けで寝てないし、時間的にもちょうどいいよ。じゃあ七時にすぺいん亭で」
俺は彼との会話を終え、家に帰るとすぐ眠る事にした。
久しぶりに夢を見る。
横浜時代のものだった。
仲美を出ると、まだおじさんはパンク修理をしている様子だ。
俺は少し道を歩いて時間を潰す。
あのおじさん夫婦人がいいもんなあ。
暑い中やってもらっているからジュースの差し入れでもするか。
駅方向へ向かい、スーパーでアイスやドリンクを購入する。
オガワ屋サイクルへ戻ると、修理もちょうど終わっていた。
「おじさん、ありがとうございます。良かったら、これどうぞ」
「え、何よ?」
「暑いから差し入れですよ」
「何だよー、お兄さん悪いねえー。この間もうちで自転車買ってくれたしさー」
「いえいえ、ほんのお気持ちですから」
おじさんはアイスの入った袋を持って奥へ行くと、奥さんを連れて戻ってくる。
「お兄さん、いつも何かありがとうね」
「そんな大した事してないですよ。あ、まだパンク修理のお金払ってなかったですよね。おいくらですか?」
「今日はいいよ」
「そんな訳いかないですって!」
おじさんは奥さんの方を振り向き声を掛けた。
「おい、おまえ。アレ持って来いよ。冷えてるだろ?」
「あ、はいはい。アレね」

何故かオロナミンCのケースごと持ってきた奥さん。
「お兄さん、いつもありがとう。良かったらこれ飲んで」
「え、ちょっと待って下さいよ…。おかしくないですか? 俺はパンク修理に来たのに、修理代はいらないわ、オロナミンCを渡してくるわ……」
「いいんだよ。嫌じゃなかったら貰ってちょうだい」
何だかこの人たち温かいなあ……。
俺は誠意を受け取り深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
住めば都っていうけど、本当だよな。
横浜へ戻って来て矢田部やイワカミ工業の崩壊で嫌な目に遭ったけど、こういう人たちもいる。
「……」
二度目の横浜吉野町駅のエリア。
忌々しい記憶の中でも、唯一無二に俺を癒してくれた自転車屋さん。
いつだったっけ?
確か去年の暮か。
オガワ屋サイクルと麦草へ顔を出したのは……。
途中でタクシーを拾い、吉野町駅方面へ。
曲がる道を近くで教え、オガワ屋サイクルの前まで来た。

あれ?
シャッターが閉まったまま。
「運転手さん、ちょっとだけ待っててもらっていいですか?」
「ええ、どうぞ」
オガワ屋サイクルのシャッターには閉店したという手書きの貼り紙が貼ってあった。
もう辞めちゃったのか……。
お土産ぐらい渡しておきたいな。
俺は店の看板に電話番号が書いたままのを見て、電話を掛けた。
最初に岩上と名乗っても、自転車屋の奥さんは分からない。
そこで三年ぐらい前に新宿から来て、この近くに住んでいる小説家だと説明すると「ああ、オロナミンCのお兄さん」と思い出してくれる。
事情を聞くと、オヤジさんは腰を痛め寝たきり状態が続いた為、店を辞め現在は中村町で養生しているらしい。
まあ連絡が取れただけでもよしとするか。
セブンスターに火をつけ、ゆっくり煙を吐き出す。
もう一度ぐらいちゃんと会ってお礼を言いたかったなあ……。
おそらく生涯あの夫婦と会う事はもうないだろう。
もうちょっと早くに横浜へ顔を出しておけばよかったよ。
さて、そろそろ飯野君との時間だ。
酒も飲むだろうし、車でなくオガワ屋サイクルで買った自転車新宿トモ三号に乗って、すぺいん亭まで行ってみるか。
ティッシュで自転車のサドルを拭く。
俺がこっちへ帰ってきたのが二千十六年の十一月だから、三年近くもこれに乗っていなかったのか。
腰を悪くしてしまったオガワ屋サイクルのオヤジさん…、本当にごめんよ。
でもさ、歌舞伎町にほとんど行っているから活躍する場面が本当に無かったんだよ。
久しぶりの新宿トモ三号はタイヤの空気が抜けて運転しづらかった。
この辺で自転車屋ってどこだっけ?
あ、岩上整体の道の先に自転車屋『しも』があったよな。
自転車に空気を入れてもらい、金は要らないと言うのでお礼に何かドーナツでも差し入れしようかと、本川越駅へ向かう途中、突然の大雨。
え、何この土砂降りは……。
酷い話だ。
たった数分、しかも十数メートルの距離でここまでビチョ濡れになるか?
俺は駅ビルのペペでタオルを購入し、ずぶ濡れの頭を拭く。

皮肉な事に数分で雨は止んでしまう。
ちょっとさ…、俺が一体何をした訳?
山下に驕り、猫に引っ掛かれ、最後は土砂降り?
酷い休みだ。
もう時間が迫るから家に帰って着替える暇もない。
しょうがなく俺は月吉陸橋へ向かって自転車を漕いだ。
橋の手前まで来て気付く。
自転車屋のしもに、ドーナツ買うの忘れた……。
いやいや、さすがに遅刻はできないでしょ。
ごめんね、いつの日か空気を入れてくれたお礼はするからね。
妙に車通りが激しい月吉陸橋。
「……」
迂回して橋の下から行くか。
こうなるとすぺいん亭まで時間ギリギリになるのでスピードを上げる。
「おい、ふざけんな、チクショウ!」
思わず出る怒声。
あとちょっとで着くところで、またしても大雨が降ってきた。
せっかく拭いたのにすべて台無しだ。
ずぶ濡れ状態ですぺいん亭に到着。

飯野君は俺の姿を見て目を丸くしていた。

入口の横に置いてある大きなフライパン。
これは以前すぺいん亭がパエリア世界大会で一位になった時に使ったものだと、この店で働く加藤弓枝が話していたのを思い出す。
「すみません、岩ヤンがそんな濡れるなら、僕が車で向かいに行けばよかったですね」
「いやいや、飯野君、多分今日はそういう日だったんだよ。気にしないで」

彼を促して中へ入る。
すぐ加藤が気が付き笑顔で駆け寄ってきた。
「あら、飯野に岩上じゃない。ちょっと岩上はそのまま入って来ないでよね」
「この野郎! おまえ、同級生に向かってなんて言い草だ」
さっきタオルを買っておいて本当に良かった。
あらかた拭き終わると、俺は中へ入る。

入口すぐ傍にあるカウンター席を通り過ぎて先へ進む。

店内は独特の洒落た造りで、いつ見ても感心してしまう。
スペインの家や店は全部このような細かいレンガを砕いてから貼ったような家造りなのだろうか?

ただでさえ広いのに、この店は二階席まであった。
椅子やテーブル、照明など一つ一つが凝っている。
タオルを頭に被せたまま席へ座った。

「いらっしゃい、岩上はちゃんと拭いたの?」
「うっせー! とっととラーメンと餃子持ってこい!」
「スペイン料理にそんなのある訳ないでしょ!」
彼女の実家は親父さんが経営する『ラーメン三番』という店だったので、俺は顔を見る度そのネタで弄っている。

メニューを眺めながら飯野君へ声を掛ける。
「飯野君何食べたい?」
「僕はやっぱりあのポテトのオムレツですね」
「このトルティーヤっていうスペインオムレツだね。俺も大好き」

「はい、トルティーヤね。あとは?」
「うーん…、何かお勧めないの? チャーシュー麵以外で」
「だからそんなもの無いってば! じゃあさ、マドリード風コシードとか、ポジョ・アサードなんてどうかな?」
「テメー、日本人なんだから日本語使えよ、この野郎!」
「もう、相変わらず乱暴なんだから…。マドリード風コシードは豆と肉と野菜をスープで煮込んだスペインの家庭料理」
「じゃあそれと、あとは?」

「ポジョ・アサードは、スペイン風ローストチキンの事」
「じゃあ、それも。あとは何かないの?」

「二人共パエリアは食べるんでしょ? じゃあさ、私から一品サービスするよ」

「何だ? 特上の牛肉を使ったもんか?」
「馬鹿ね、そんなものサービスする訳ないでしょ! まああとのお楽しみね」
加藤弓枝が去ると、俺と飯野君はアペリティフにシェリー酒のティオペペで乾杯。
爽やかな青リンゴやアーモンドの香り。
普段中々飲まない食前酒である。
そのあとは赤ワインを注文し、料理を取り分けた。
「はーい、お待たせー。アルメハス・ア・ラ・マリネーラ。これは私からねー」

「加藤! おまえ、これただのアサリの酒蒸しじゃねえかよ」
「嫌ね、スペイン風アサリの白ワイン蒸しだよ」
「俺が魚類嫌いの知っててこの野郎!」
「あら、飯野に持ってきたんだもん、良かったら食べてねー」
「どうも、頂きます……」
「このクソ女! とっととラーメンと餃子持ってこい」
「もうそのネタいいから」
どこ吹く風の如く加藤弓枝は鼻歌を唄いながら去っていく。
女も四十八歳になったら、あのようなゴーレムのような耐久力がついてしまうのだろう。
まあ散々な休日だが、ここのスペイン風オムレツの美味さには救われた気分になった。
いつか絶対に、このポテトオムレツを俺も作れるようにパクてやる。
二千十九年九月二十三日、月曜日友引、秋分の日、秋分。
昨日はすぺいん亭でちょっと金を使い過ぎてしまったな。
反省の意味も込めて部屋で大人しく過ごす。
携帯電話でインターネットを眺めていると、ファミコン時代のクソゲー記事を発見。
「何だ、こりゃ?」

確かこの男って、憎き石原都知事のあと後任でやって、すぐ失脚した政治家じゃなかったっけ?
え、何この人タレントだったの?
朝ナマって何?
二千十六年を代表する著名人?
俺、全然知らないぞ?
まあある程度顔が売れてないと、都知事になんてなれる訳ないよな。
いかに俺が無知だったか…、いやいや、それは違うだろ。
考えても見ろ。
あの頃俺は、地獄めぐりの真っ最中だったのだから。
矢田部のインカジ時代?
それともイワカミ工業時代?
若頭三田のインカジ『ハッピー』時代?
戸田の旭総建工業時代?
二千十六年になってから川越へ戻る十一月までこれが全部数珠繋ぎで襲ってきたから、舛添なんて知る訳ねえじゃねえか。
もう九月も末に入るから、あれから三年近く経つのかよ……。
まったくこのクソゲー記事からの連想で、横浜地獄めぐりまで思い出すんだから、俺のトラウマも相当なもんだ。
「おい、智一郎」
親父が隣りの部屋から俺を呼ぶ。
面倒だが立ち上がり、部屋を出た。
「何よ?」
「天津丼食べたいな」
「……」
このクソ親父め……。
若い頃は散々岩上家の金で遊び周り、俺ら三兄弟が生まれても遊び周り、お袋が出ていくと加藤皐月と内緒で籍を入れて、その挙句四千万円の金を持っていかれた分際で、まだ長男の俺にタカるつもりか……。
「あと餃子も食べたいな」
人が節約しようと部屋で静かにしていたのに。
「……。分かったよ。炒飯は?」
「そんな食えねえよ」
「……」
本当にふざけた男である。
まあこの男の妹よりはまだマシか。
何せ弟だった貴彦と、内緒で養子縁組をするぐらいなのだから。
まだ川越にいる以上、必要以上に敵を作っても意味がない。
仕方なく外へ出掛けた。
天津丼の持ち帰りなんてどこでやってんだよ、まったく……。
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