闇 482(清原さん半端ないって編)
闇 482(清原さん半端ないって編)

2026/02/15 sun
前回の章
二千二十年一月二十五日、土曜日先勝。
明日の競馬はAJCCと東海ステークスのGⅡが二つ。
アメリカンジョッキーズクラブカップの略だったっけ?
最近少しずつ女運が上がってきているんじゃないか。
本命のけいこは駄目になったものの、二十歳の聡子とはキスしたし、今日仕事終われば二十六歳の優香とデート。
聡子効果で上げマンは実証された。
俺はラッキーハウスが暇になると、AJCC予想を開始。
何となく当たるような予感。
どっちも外したら、俺はGⅠしかやらないようにしますと、俺はフェイスブックで宣言をしたほど。
そのぐらい本能的に流れが来ているのを感じていた。
「岩上さん、今日休み譲ったんだから、帰りに一杯奢って下さいよー」
「嫌だね。とっとと帰るわ! しっかり睡眠取っておかないと、デートに響く」
「酷いすよー!」
山下から強引に奪った連休の始まり。
一目散に川越へ帰ると、ゆっくり夕方まで睡眠を取った。
気付けば薄暗い空間の中にいた。
奥に女性のシルエットが見える。
悲しそうな表情でジッと俺を見つめるけいこ。
駆け寄ろうとするも、目に見えない透明の壁が邪魔で近付けない。
何とかしようと拳で見えない壁を叩く。
次第に血まみれになっていく拳。
右手の親指を真横に突き立てた。
打突。
俺の強さの拠り所……。
身体を真横に向け、壁へ向かって親指を突き刺す。
しかし爪は裂け、第一関節が折れ曲がっている。
呆然とその場に立ち尽くし、親指を見つめた。
奥でけいこは泣き叫ぶ。
何もできない自身の力不足を嘆く。
目の前にいるのに近付く事さえできない俺。
無力さに打ちひしがれてながら、壁に両手をつき叫んだ。
「……」
目を開け、ガバッと起き上がる。
いつもの自分の部屋だった。
夢だったのか……。
何で俺はこんな夢を?
けいこの身に何かあったのか?
携帯電話を取り、彼女の番号を出す。
「……」
やめろって!
あいつは俺が待っていたのに連絡一つしなかった。
LINEは削除したものの、電話すらない。
もう諦めたのだ。
キャッチボールができない女に、いくら入れ込んだところで意味が無い。
それよりこれから優香と会うのだ。
気持ちを切り替えろって。
酔った勢いで口説いてみたが、けいこを忘れようとして無理に行動をしていたのは自覚していた。
いいじゃないか。
三十代のけいこより、二十半ばの若い女のほうが。
虚しくなりながらも、自身を納得いくよう考える。
抱けば、あとからいくらだって心など勝手に追い付いてくるさ。
俺はセブンスターを口に咥え、家を出た。
優香の店の前の湯游ランドのところで待っていると、地下から彼女が出てくる。
「どこ行きたい?」
「焼肉!」
「じゃあシンラガーデンにしようか?」
「え、ほんと!」
一緒に歩きながら妙に気乗りしていない自分が分かる。
どちらかといえば綺麗な部類ではあるが、思っていたより好みではなかったのだ。
明るいところで顔を見たせいか。
それとも酔ってそう都合よく思い込んでいたせいか。
店に着くと先に促し階段を上がる。
優香の形のいいショートパンツを下から見上げる形になり、スタイルいいんだなとジッと眺めた。
うん、別にこの女でいいじゃないか。
そんな勝手な想像をしながら席へ座る。
早速携帯電話を操作する優香。

客へ営業メールでもしているのだろうか?
俺はメニューを見ながらA5ランクの上質な肉を適当に頼む。

前回女性陣に好評だった焼きしゃぶが最初に運ばれてきた。

店員が目の前でサッと焼いて作っているのに、まだ携帯電話をいじっている。

よく顔を見ると、小さな皺が二十代なのにあるんだなと気になりだした。
一応客と焼肉屋に来ているんだから、目の前で操作するのはやめろよ……。
どうもこの手の礼節を欠いた行動は、昔から好きになれなかった。
最低限トイレに行くと嘘をついてでもやるべきではないのか。
「ほら、優香。携帯はあとにしなよ」
しんしんというどこの部位かすら分からない高級肉。

そしてかめのこなど、他の店ではあまり見ない肉も多い。

「美味しい!」
満面の笑みを浮かべる優香。
カメラを構えると、彼女はピースサインでポーズを取る。

内心ブスではないが微妙だなあと思いつつ撮影。
みんなに自慢しようとして、二十六歳の子とデートと銘打ちながらフェイスブックへ投稿したものの、思ったよりあまり楽しくない。
締めにチヂミを注文し、会計を払うと店を出た。

このまま必然的に優香のガールバーへ行く約束。
彼女の店は想像以上の会計を請求され、結構容赦ない女だなという感想しか持てずに家へ帰る。
まったく俺も何をやってんだかな……。
深夜、俺の投稿を見たのか九州のひろみが泣き叫びながら非難の電話をしてきた。
何で旦那も子供もいる女から、俺が他の女と食事へ行ったからと文句を言われなければいけないんだ?
二度目の博多旅行に時、俺の意見や気持ちはハッキリ伝えたつもりだ。
それでも自己都合な事を繰り返し、話にならないので相手にするのを辞めただけ。
頼んだ訳でもないのに何度もどうでもいい電話をしておきながら、通話料が十万円を二ヶ月請求来たというから、面倒なので有馬記念を当てたあと二十万を俺は振り込んだ。
その俺が、何故優香と食事した事で、ひろみから責められる筋合いがあると言うのだ?
溜まっていた鬱憤を吐き出すように怒鳴りつけ、強引に電話を切る。
その後もしつこくメッセージが届くので、面倒臭くなりブロックをした。
明日も休みだけど、連休なんて取らなきゃよかったよ……。
二千二十年一月二十六日、日曜日友引。
何の予定もない連休二日目。
「うわー!」
朝っぱらから小倉競馬の一レース、そして京都四レースを外し、四万負けた。
こんなどうでもいいレースに二万円ずつ賭けて、俺は本当にどうしょうもない。
朝十時になるとパラッツォに行き、シンフォギアを打ちながら時間を無駄に潰す。
当たりが来て最終決戦に絶唱?
勝ち確定じゃん。
でも連荘もせず、ダラダラ消化し数千円の負け。
レース結果を調べると、東海ステークスは外れたものの、AJCCは当たっていた。
当たってはいるけど、全体的な収支では二万円負け。
朝から変なレースへ金を突っ込んだせいか。
一着と二着の順位が逆だったら勝ってたのになー。
向いていないのだ、ギャンブルには。
もう地方競馬や平レースは辞めておこう。
いや、メインだけ見れば当たってはいるのだ。
弱気になるなよ。
結局のあと中山最終レースも賭けて外れ、地方の佐賀競馬までやってしまい、惨敗が刻まれる。
本当に懲りない俺。
馬鹿は死ななきゃ治らない。
昨日思い出したように見たけいこの夢。
あれはこうなる事の警告だったのだろうか?
何でも物事をこじつけるなって!
俺はけいことの関係にほとんど時間を費やしていない。
上手くもいっていないのだ。
つまり飯野君へ罪悪感を覚える関係性にはなっていない。
「……」
そういえばしばらく彼と会っていないような気がする。
必然的に俺から連絡するのを避けていたからだ。
同級生の飯野君に電話してみた。
「どうしました、岩ヤン」
「あのね…、競馬でまたばかやっちゃってさー」
賭け事に負けたというどうでもいい愚痴を言いながら飯野君に傷を舐めてもらってる時、何故かお好み焼きの話になる。
これからどうと誘うも、今日はこのあと予定があるらしい。
俺も現金な男だ。
けいことの一件はまったく口にせず、無関係な内容ばかり話し、物事から逃げている屑。
いや、彼女の件を彼に話したところで何が生まれるというのだ?
結果的に飯野君を無駄に揺さぶり、傷つけ、これまでの関係性を悪くしてしまうだけ。
いくら真実だからといって、すべてを伝える事が正義とは限らない。
競馬も終わった。
やる事がない。
ふて寝していたが、先ほど話題に出たお好み焼きの話題が頭の中で膨らんでいく。
鉄板の上でジュージュー焼くお好み焼き。
太麵の焼きそばも一緒にモダン焼きで食べたら最高だろう。
駄目だ。
こんな連休最後に燻ったまま終わりでいいのか?
いいわけがないだろう!
我慢できなくなり、一人でかぶやへ向かう。

加賀屋カフェの前を通り掛かると夜なので閉店している。
俺はヤスと金子修一に電話をするも、二人共出ない。
肝心な時に役に立たない後輩だ。

一人でハイボールとレモンサワー飲みながら、おにぎり、太麺焼きそば、豚玉を注文。

おにぎりを食べながら、鉄板で焼きそばと豚玉を焼く。

双方ともいい感じに仕上がる。

あ、一緒に合わせてモダン焼きにするんじゃなかったのかよ……。
まあいいや、この濃厚な甘辛いソースをふんだんに塗りつけた粉ものは、俺の荒んだ心を癒していく。
何故最近ギャンブルが調子悪いのか反省し、深く考えた。
結論…、今の俺にはソースが足りていなかったからだ!
川越の太麺焼きそばの歴史について、おそらく俺は五本の指に入るのではないか?
それぐらいの自負を持つほど、俺は深い関わりを持つ。
元祖といえる幼少期にあった連繋寺の焼きそば。
川越市営プール行く途中にあった駄菓子屋のみどりや。

先日カガヤカフェに行った際、加賀屋のおばさんからみどりやはもう閉店してしまったという情報を聞く。
小学生の頃からの付き合いだったあの店のおばさんも、痴呆症が始まり車椅子生活を余儀なくされているようだ。
最後に行った時のみどりやのおばさんの台詞が思い出される。
「あれ…、お兄さんの顔分かるのに…。何だか名前出てこないよ……」
その時は長い付き合いであるが、いちいち岩上だと名乗った覚えはなかったので、気にも留めていなかった。
だが、少し思い違いをしている。
『新宿クレッシェンド』が本になった時、俺は嬉しくてとにかく色々な知り合いに報告しに行った。
当時櫻井さんから初雁中学の校長がシミセンらしいと噂を聞き、俺は驚く。
久しぶりにモンゴリアンピンタのシミセンに会って、学校へ寄付するのも面白いだろう。
そう考えた俺は、初めて初雁中へ行ったのだ。
その途中みどりやへ寄った時、本を見せながら自慢をした。
だからその数年後みどりやがテレビ取材で取り上げるようになった頃、俺が行くといつもテレビの話をしながら俺の小説についても話すようになったのだ。
あのおばさんが痴呆症か……。
俺も今年の九月が来れば四十九歳になる。
もう若いなんて言われる年齢じゃないのだ。
いつまでも馬鹿やっている訳にいかないよな。
かぶやのソースをの匂いを嗅ぎながら、俺は焼きそばの歴史を途中まで回想し、みどりやの件で反省をした。
二千二十年一月二十八日、火曜日仏滅。
仕事帰り、クレアモールを歩いていると、突然声を掛けられる。
振り返るとラーメン十八番のおばさんが笑顔で立っていた。
川越市役所から裁判所へ行く通り沿いにある十八番。
「お久しぶりです。すみません、中々顔を出せなくて」
「それがさ、もううちの店、閉店しちゃったんだよ」
「え! 何でですか?」
「ほら、私たちももういい年齢じゃない。うちのお父さんも疲れちゃってねー。もう高齢だから静かにこれからは隠居だよ」
また一つ大好きだった店が、時代の流れによって……。
小学高学年の時、親父に連れて行ってもらった店。
あまりの旨さに感動し、それは十九歳になり免許を取った時真っ先にあのラーメン屋ってどこだっけと探し回った思い出。
ここの特製醤油ラーメンが本当に大好きだった。
「本当に残念です。あのラーメンを食べられなくなるなんて…。寂しいなあ、でも本当にお疲れ様でした。美味しいラーメンを何度も食べさせていただきありがとうございました」
「岩上君も元気でね。お父さんにどんどん似てきたよ」
親父に似ているか……。
いつからだろう?
そう言われて笑顔で流せるようになったのは。
若い頃はとにかく憎しみしかなかった。
それはしょうがない。
あの時の親父は本当に酷かったのだから。
二度目の横浜から逃げ帰るように地元へ戻り、親父と再会してからだ。
この妙な違和感は。
まだ俺がラッキーハウスで働き出す二千十六年の十一月。
自分で声を掛けて置きながら、もの凄い違和感を覚える。
そういえば俺は、こんなごく自然にいつから親父と会話をするようになったのだ?
四年前に憎しみの螺旋から抜け出すようにして、この家を出たはずなのに……。
今はもう出て行っていない加藤皐月の存在が、憎悪を増幅させていたのだろうか。
そうだ!
些細な会話から通常とは言えないまでも、会話が普通にできる親子関係になってしまったのだ。
お袋は死んだらしいし、親父も七十二歳になる。
真の元凶だった加藤皐月はもう出ていき、俺が川越に戻ってからは形跡すらない。
過去を追求するのは簡単だ。
だが、それによって何が生まれる?
一度でいいから何故加藤皐月のような守銭奴と、内緒で籍を入れ家に入れたのだと聞いてみたいところだが、もうおじいちゃんもいない。
核になる部分だが、そんなものを知るには時間が経ち過ぎていた。
パンドラの箱を開けたところで、この件に関しては希望も何も残っていないのだから。
誰一人何も得が無いのを知りながら、懸命に動く人間はいないだろう。
もちろん俺もそんな臭い物に蓋をする日本人の一人だ。
複雑な心境のまま部屋へ戻り、寝転んだ。
携帯電話で適当にインターネットをしていると、明日は川崎記念があるのを知る。
ケイティブレイブとチュウワウイザードが出るのか。
基本的に固くこの二頭で決まるんじゃないのか。
このレースの過去十年の配当を調べてみる。

やはりほとんどガチガチ決着が多い。
競馬を控えようと思ったが、ここはある意味流れを変える正念場になるかもしれないな。
二千二十年一月二十九日、水曜日大安。
自分なりのレース見解をフェイスブックへ投稿する。
本日の川崎記念。
本線1番ケイティブレイブと12番チュウワウィザードからは変わりませんが、不良馬場というのもあり、三連複は1-12から総流し。
8番オールブラッシュと9番ヒカリオーソどちらかが一着、ニ着になる組み合わせも買っておきました。
ここまでのレース結果を見ると、先行馬有利な気がしないでもないんですよね。
ただこのレースで言えば、頭抜けて強いのが1-12。
特に1番ケイティブレイブに勝ってほしいところですね。
一服休憩中にこの予想を書きあげ、タバコを揉み消す。
INキーを持ってホールへ出ると、山下が話し掛けてくる。
「明日何を買うんすか?」
「ケイティブレイブにチュウワウイザードしかないだろ」
「岩上さん、本当にケイティブレイブ好きすよね」
「二千年より前だったかな。昔騙馬でケイワンバイキングって馬がいたんだよ。何となくその馬が好きでさ、それを思い出すんだよね。名前も似ているし」
「ケイしか被ってないじゃないすか」
「うるせー、このクソガキ」
山下の尻を軽く蹴飛ばす。
店長の橋本が顔をしかめながら近づき、耳元で「仕事なんだから真面目にやって下さい」と注意される。
ラッキーハウスはこのくらいの会話ができるほど、以前と比べ暇になっていた。
毎日のように増殖していたナチュラルのスカウト軍団も、最近では南を始め数名程度が来店するぐらい。
ようやく数ヶ月掛けて、本来の店に形へ戻りつつあった。
最近では常にワイシャツ姿で来る太ったサラリーマン清原という客が、毎日のようにやってくる。
そこそこ勝負する客なので、おそらく普通の仕事ではないだろう。
通常のサラリーマンが十円レートのポーカーで、十万も使えやしない。
しかし彼は週に二回は来ていた。
記憶だと確か二年前ぐらいに来たのを覚えている。
何故そこまで記憶にあるかというと、二千十八年のワールドカップがあったから。
清原が来店すると何故かラッキーフルを連発し、勝率八割ぐらいあった当時の彼。
設定のできるゲーム屋において基本負けるのが当たり前なのに対し、反比例するかのように勝ち続けた。
この頃テレビではフォワードの大迫勇也の特集が頻繁に流れていた時代。
Jリーグに興味の無い俺ですら、ラッキーハウスに置いてあるテレビの画面に嫌でも目に入るほど世間の熱中ぶりは凄かった。
中でも思わず吹き出したのが『大迫半端ないって! あいつ半端ないって!』という高校時代のロッカールームでの対戦相手の絶叫ぶり。
また企業も悪ノリし、日清もCMでテニスの大坂なおみを使ったパロディまで始める始末。
店の金を持って行く清原が帰ると、いつも橋本はブツブツ文句を言っていた。
しかし橋本の態度に対し、俺は正直軽蔑する。
何故ならここは金を賭けで勝負をする賭博場でもあり、ただ清原の運が強いというだけの話なのだ。
そこで俺は清原が来やすい空気感を作らないと、このまま勝たれたまま店の金を持って行かれて終わりになると思う。
彼が来てラッキーフルを連荘して機嫌がいい時を見計らい、笑顔で「おめでとうございます、調子いいですねー」と話し掛け、客との距離感を詰める事にした。
始めは無口だった清原も、次第に心を開くようになりお互い冗談を踏まえながら話すような関係になる。
そして清原の調子が出始めると俺は言った。
「清原さん、半端ないって!」
これは連日テレビで放送されているものをパクって当て嵌めただけだが、これに無関係の周りの客まで思わず吹き出す。
店内には長年の常連客である日清に努める犬塚がいたのも影響していた。
大迫半端ないってに加え、日清の犬塚。
この組み合わせで俺は清原を繋げたのだ。
以来清原が調子いいイコール半端ないってという言葉がセットになる。
たまたま調子の良さが継続した清原も、今ではただのネギを背負った鴨。
それでもこれだけの期間を遊びに来れるのは、見合う収入があるからこそ。
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